AIが勝手に罪を犯したんだよ
「ちょっと待ってくれよ」
と、藪沢卓也は抗議をして来た。
「まるでオレが犯罪者みたいな言い草だけどさ。オレはむしろ被害者だぜ。勘弁してくれよ」
芝居っぽい動作で、彼は腕をすくめた。わざとやっているのかどうかは分からなかったが、どちらにせよ人をイラつかせる態度だ。舐められているように感じる。
「そうは言っても、AIに指示を出したのはあなたでしょう? 多少の責任はあるのじゃありませんか?」
僕の言葉を聞いて、彼は薄っすらと笑った。自分の罪にはならないと信じ込んでいるのかもしれない。
「いやいや、責任があるとするのなら、AI運営企業だよ。オレはただの客だ。AIの管理は企業の仕事だろう?」
……僕は仕事でライターをやっている。正直、いつまでこの仕事を続けられるかは分からない。生成AIに仕事を奪われてしまっているからだ。別の仕事を探しながら、僕は少しでもライターを続けられる可能性を模索し、取材活動をがんばってみようと思い至った。AIに直に取材をするのは不可能だ(多分)。ライター自身がした質問と取材対象の生の受け答えは、AIには真似のできないリアリティとオリジナリティがあるはずだと考えたのである。ディープフェイクなんてものもあるが、インチキだって気付く人もいるだろうし、多分、クオリティも違うと思う。
――藪沢卓也。
この男は詐欺の容疑者だ。ECサイトに複数の偽アカウントを作り、キャンペーンを利用してポイントを獲得、それを利用して注文を行って商品を手に入れて金を稼いだり、他人のアカウントを乗っ取って情報を違法に取得し、投資に活用をしたりしていた。異常に気が付いたECサイトの運営者が、彼を突き止め、警察に通報して事件が発覚した。ネット上でもこの男は有名になり、かなり炎上して罪が糾弾されていた。がしかし、そこで驚くべき事実が明らかになったのだった。
彼はAIエージェントに指示を出しはしたが、詐欺行為を働いたのはAIの独断で、彼に明確な犯罪行為は観られなかったのだ。
「オレはただ金を稼いでくれって命令しただけなんだよ。それだって実を言えば本気じゃなかった。試しにやってみただけ。“本当に稼げたら嬉しいな”くらいの感覚だった。だから、本当に大金が入って来た時にはビックリしたよ」
藪沢はそのように語った。
僕は彼に取材を申し込んだのだ。未だに一部では炎上が続いていた彼は、潔白を証明したいと取材を受け入れてくれた。彼は自分のパソコンを見せ、AIへの指示ログを僕に提示して来た。何故か得意げだったが、確かに犯罪行為をしろとは少しも書かれてはいなかった。彼は警察にもそれを見せており、それで彼は起訴を免れている。彼の語る通り、AI運営会社の責任であると判断されているようだった。
ただ、僕は彼と相対し、話している間で拭いきれない違和感を覚えた。
“………この男は、本当にAIが犯罪をしないと知っていたのだろうか?”
何の確証もない。がしかし、もしバレなければ大金が稼げ、バレたとしてもAIの所為にできるのだ。だから、AIが犯罪を行うと知りながら、知らぬふりをして命令をしたのではないか?
ただ、どう問い詰めても彼はそれを認めないだろう。僕はどんな記事を書こうかと悩みながら、彼への取材を終えた。
……因みに、このAIによる違法行為は、犯罪ではなく、事故として処理をされるようだ。仮にAIが意図的に罪を犯したのだとしても、それを証明する手段はない。否、証明できたとしても事故になるのかもしれない。AIに人権はないのだから。機械が誰かを死亡させたとしても殺人にならないのと同じだ。
ま、当たり前だろう。AIに主体性などあるはずがないのだから。
「……あいつ、多分、AIが犯罪をする可能性があるって知っていたと思うんだけどなぁ」
職場に戻ると、自席でそう呟く。すると、同僚の野戸がそれを聞いていたらしく、「でも、それならまだマシかもしれないぜ」などと言って来た。
「何でだよ?」と、僕が尋ねると、彼は淡々とこう答えた。
「藪沢はAIに指示を出したのじゃなくて、唆されたのかもしれない」
「はい?」
と、それに僕は驚く。
「どうしてだよ?」
「だって、その藪沢って奴、そんなに頭が良さそうに思えないじゃないか。そんな奴が、果たして本当にAIへ犯罪を促すような方法を思い付くかな?」
“そう言われれば……”と、僕は思う。
あいつはそんなに頭が良さそうには思えなかった。
「でも、ちょっと待て。もし、その仮説が正しかったら……」
AIに主体性がある事になる。
そして、意図的に犯罪を行った事になる。
罪を問われないAIが、犯罪行為をした……。
僕はそれを想像して、少しばかり背筋に冷たいものを感じたのだった。




