お猫様は知っている
我が輩はユウチャンのペットである。名はニャンタロー。本名は別にあるが、ユウチャンがニャンタローとしか呼ばないので、今はそう名乗っている。
我が輩はアイキュー百万くらいの超賢いお猫様である。
賢いが、時として予測不可能なこともある。
あれはいつもと何ら変わりなく、蒸し暑い真昼時であった。突如として地球に巨大隕石の落下が予測されたのだ。
避けようにも壊そうにも、余りにも巨大で地球への影響は免れない。
生物は母なる星を捨て、宇宙への脱出を余儀なくされた。
脱出までの猶予期間はあったが、全ての生命を脱出させられるほどに充分な時間は残されていない。未曾有の大騒ぎになる地球を尻目に、我が輩はごたごたに紛れて一匹用ロケットに乗り込み優雅に脱出したはいいものの、余裕かまして居眠りしているうちに、うっかりブラックホールに吸い込まれてしまったのだ。
それから何秒か何年かしてポンと宇宙に放り出された我が輩は、宇宙を彷徨う我が輩をたまたま見つけた動物界脊索動物門哺乳網霊長目ヒト科ヒト属ホモ・サピエンス種、俗称人間の識別名ユウチャンなる者に拾われた。
ユウチャンに連れられ向かった巨大宇宙船での人間達の会話からして、今は我が輩が居た時代から、地球が太陽のまわりを六五五〇万周ほど転がった未来へタイムスリップしてしまったらしい。
ロケットは壊れ帰る当てもない。仕方なく、ユウチャンのウルトラキュートなペットとして日々惰眠をむさぼるのであった。
人間は愚かな生き物である。我が輩がこんなにも意思疎通を図ろうとしているというのに、奴らは我が輩を狭い檻に入れ、よく分からん茶色い食べ物を持ってきたり頭を撫でたり腹に顔を突っ込んだり、まるで言葉が通じない。知能が低い生き物である。おまけに貧弱。こんな生き物が、今では地球を支配しているらしい。時の流れとは残酷なものだ。
人間は愚かであるが故に、その生態は理解不能。人間同士でも連携が取れていないのか、ユウチャンは時折一人で我が輩に会いに来ては、涙を流していた。
「ニャンタロー、あのね、あのね、友達がまた死んじゃったの。アイツらにやられて、何も残らなくて……!」
暗い部屋で、ユウチャンはすすり泣いた。
ユウチャンもそうだが、この船の搭乗員は皆幼い。
成体の人間は、地球の地下深くで地球を侵略せんとするアイツらに対抗するためのロボットを作っているらしい。
ロボットを操縦するには大量のエナジーとやらが必要。そのエナジーとは、アイツらが地球にやって来た以降に産まれた人間の幼体にしか備わっていない謎の力らしい。よく分からん進化の仕方である。
侵略者に対抗できる戦力が幼体しか居ないので、幼体が戦いに駆り出されては命を落としている。人間にとって、幼体は何に変えても守るべき存在ではないのだろうか。
やはり、人間の生態は理解不能だ。
ある日珍しく檻から出され、宇宙船の展望デッキに連れられた。
ユウチャンに抱えられ、青く輝く星を眺める。何か大陸の形は違うし緑が極端に少ないが、あれは紛れもなく母なる星、地球である。
仲間達は無事脱出できたのだろうか、生を全うできたのだろうか。
戻れぬ過去に思いを馳せ、感傷に浸る我が輩の気持ちを台無しにするかのように、大音量の警報が耳をつんざいた。
檻の中で何度も耳にした、アイツらが現れた合図だ。
急いで我が輩を檻に戻そうと踵を返すユウチャンの腕の中、窓の端にちらりと白い触手が見えた。
白い触手。
凹凸のない表皮。
無駄にデカい図体。
眼球が二つ付いているだけの、のっぺりした憎たらしい顔。
我が輩は初めて、ユウチャンの言うアイツらの正体を悟った。
アイツらはナンジャラピーヤ。我が輩の居た時代の、地球の支配者である。
ナンジャラピーヤはデカい図体のくせにやたら器用で、地球に文明を築き上げ、多種多様な道具を用いて他の生命を支配した。我が輩が地球を脱出した時に乗っていたロケットも、ナンジャラピーヤが作った物だ。
我が輩はアイツらのペットであった。同種以外の命を軽んじる傾向にあるナンジャラピーヤに媚びるのはそれはそれは苦痛と屈辱を伴ったが、まだ愛でられる対象であるだけマシだ、と同じ家屋で飼われていた恐竜と何度励まし合ったことか。
ともかく、ナンジャラピーヤは我が輩とは因縁浅からぬ関係であった。
今は人間が地球を支配していると聞き、ナンジャラピーヤはとうの昔に地球を去ったのだと油断していた。
地球を脱出した種が新天地から戻ってきたのか、我が輩のようにブラックホールに吸い込まれたのか。理由は分からぬが、長い時を経て今、旧時代の支配者が母なる星に帰ろうとしているのだ。
我が輩が言いたいのは、旧時代の支配者が現代にしゃしゃり出るな、ということである。
我が輩はナンジャラピーヤが嫌いである。故に、全面的に人間の味方であった。
ユウチャンの頭を悩ますアイツらの正体が分かったので、我が輩は人間に知恵を授けることにした。
ナンジャラピーヤの弱点は目の下である。
アイツらの目の下は多くの神経が通っていて、ここだけは放熱させる必要があるため皮が薄い。無論アイツらもそれは分かっているため、触手で防御されたりはするだろう。しかしここ以外の表皮はとてつもなく硬く、我が輩の全力猫パンチを以てしても傷を付けることは困難。
やはり目の下が最も狙いやすい急所と言えよう。
アイツらと戦う時はここを狙えと肉球でぽんぽんユウチャンの目の下を叩く。
警報が鳴り響く暗い部屋の中、ユウチャンは泣いているのか笑っているのか判別不能な表情をすると、苦しいほどに我が輩を抱き締めた。
「そうだよね、泣いてちゃダメだよね。地球のために頑張らなきゃ。ニャンタローのおかげで元気が出たよ。ありがとね、ニャンタロー」
それ以来、ユウチャンの姿は見ていない。
我が輩は地球防衛軍第六宇宙戦艦のペットである。名はニャンタロー。本名は別にあるが、搭乗員がニャンタローとしか呼ばないので、今はそう名乗っている。
我が輩は超賢いお猫様である。故に、人間が命を懸けて戦っている相手の弱点を知っている。倒し方を知っている。
しかし、我が輩はペットである。人間に我が輩の言葉は通じない。
今日も一匹檻の中、惰眠をむさぼるのであった。




