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4. シェリル(4) 罪の在処

 聞き間違いかと思った。

 そんな筈はない。いつも優しい瞳で自分を見つめてくれた夫が。毎日愛を囁いてくれた夫が――私を愛していないなんて。


「ど、どうしたの……。冗談よね?フェリシア様より私を愛しているって、求婚してくれたのは貴方じゃない」

「そう言わされただけだ。君の父親に」

「え?レスターのお父様に?」

「そうじゃない。君の実父、グローヴズ公爵だ」

 

 グローヴズ公爵……確かこの国でもトップクラスに力のある貴族だと、家庭教師が言っていたわ。結婚式のときに一言だけ会話を交わしたことがある。そのくらい、私には関わりの無い人だ。

 

「えっと、何でグローヴズ公爵が出てくるの?」

 

「は?」とアレックス様が大きく目を見開いた。


「シェリル。もしかして、本当に君は知らなかったのかい?知らずに、俺を欲しがっていたのか?」

「一体、何のこと……」

「ははははは!」

 

 夫が突然笑い出した。腹を抱えながら笑う彼を私は呆然としながら見つめる。


「君は本当に知らなかったのか。それなのに、男爵令嬢に過ぎない身で侯爵家の令息を望んだのか……ははっ。シェリル、君は何て滑稽で……愚かなんだ」

「だから何なのよ!私が何を知らないって言うの!?」

「君はエレインとグローヴズ公爵の不貞の結果、出来た子供だ。レスター男爵はそれを知った上で、君の母親を妻に迎えたそうだ。というより押し付けられたんだろうな。グローヴズ家はレスター家の寄り親だから」


 エレインお母様が不貞?私がお父様の子じゃない?

 情報量が多過ぎて付いていけない。固まる私を余所に、夫は口の端を歪めながら言葉を紡ぎ続けた。

 

「グローヴズ公爵は君の母親がレスター男爵の妻となった後も不貞関係を続けていたらしい。そして彼女亡き後、母親そっくりの君に陰から様々な援助をしていた。俺との結婚もその一つだ。政略ではあるが、俺とフェリシアは幼い頃から信頼し合い、本当に愛し合っていた。そこへ君が割り込んだんだ」

 

 シェリルがアレックスに惚れ込んだことを知って、グローヴズ公爵は愛娘を娶るようにロートン侯爵家へ圧力を掛けた。王弟である公爵に逆らうことは出来ず、自分は泣く泣くフェリシアと別れてシェリルに結婚を申し込んだ――と夫は語った。

 

「う、嘘よ。私はお父様の、レスター男爵の子供よ。だってお父様は誰よりも私を愛してくれたもの。実の子供じゃなかったら、あんなに可愛がってくれるわけがないわ!」

「確かに君は随分甘やかされていたようだが、それを不思議に思わなかったのかい?長子ならば本来跡継ぎとして厳しく育てられる筈だ。なのに勉学も行儀作法も強要されなかったろう。それに君に買い与えられた豪勢なドレスや装飾品……男爵家の資産で買えるものではないと、気付かなかったのか?」

「資産なんてよく知らないし……ドレスならお義母様やメリンダだって、買ってもらっていたわ」

「それは君に買い与えられた物と、同じ品質だったのか?」


 私は口を噤んだ。お父様が私に買い与えてくれた物が、お義母様やメリンダのそれとは比べ物にならないくらい高価であることは分かっていた。でもそれは愛情の証だと思っていた。お父様が、誰よりも私を愛してくれているからだって。


 だけど本当はお父様ではなく、グローヴズ公爵がお金を出していたということ……?


「君は本当に何も見えていなかったんだな。あのお茶会で君を助けたことを何度悔やんだことか。あの時声を掛けたりしなければ、俺もロートン侯爵家も君の我儘に巻きまれることはなかったろうに」

「そんな……そんな言い方をしなくったって……」

 

 私の中の何かが、みしみしと音を立てる。

 あのお茶会のことは、『初恋の人』との大切な思い出だ。それを、貴方に――貴方にだけは否定されたくなかった。

 

 周囲の音が何もなくなる。聞きたくないのに、夫の言葉だけが無情に私の耳へと届く。

 

「君がまだ公爵家の令嬢ならば、俺も政略結婚と割り切って君を尊重したろう。しかし君は表向き、男爵家の令嬢に過ぎない。俺がどう噂されていたか知っているか?『阿婆擦れ男爵令嬢の色香に迷って婚約者を裏切った軽薄な男』だ!それがどれほど屈辱的なことか、君に分かるか?両親も俺も、社交界でどれだけ肩身の狭い思いをしてきたか……。全部、君に目を付けられたからだ」


「君は身の程を知るべきだったんだよ。メリンダ嬢のように。侯爵夫人など夢見ることなく、学院で君へ声を掛けてきた令息たちの誰かへ嫁げばよかったんだ。尤も、彼らとて君を正妻にするつもりだったかどうかは怪しいが。愛人にするつもりだったかもしれないな。貴族の正妻となるには君は余りにも能力が不足しているし、何せ『阿婆擦れ女』だからね」

「あ、阿婆擦れなんて酷い!私はずっとアレックス様一筋だったわ。他の男性とそういうお付き合いなんてしたことなんて無いもの」


 確かに学生時代に男の子たちと親しくしたことはあったけど、あくまで友人。肌を許すどころか、手を触れた事も無い。初夜で生娘だったことを、アレックス様だって知ってるはずなのに。

 

「例え真実がそうであったにしろ、周囲はそう見ない。君は『男をたぶらかす貞操観念の緩い女』と思われていたんだよ。何せ寄ってくる男たちを嫌がりもせず、周囲に侍らせていたんだから」

「それは皆、友人だと思っていたから」

「中には婚約者のいる令息もいた。知らないだろうが、彼らの中には婚約を破棄された者もいたんだよ。君を訴えようとしていた令嬢もいたが、全部グローヴズ公爵が黙らせたそうだ」


 頭の中がぐるぐると回る。あの親切な男の子たちが婚約破棄?私を訴えようとしていた?

 だって、私は悪くないでしょう?彼らは自ら私の傍にいてくれただけ。

 婚約破棄は彼らの都合だし、裏で手を回したのはグローヴズ公爵が勝手にやった事じゃない。

 

「言われていたら私だって……。でも、誰も教えてくれなかったもの!それでも私が悪いって言うの!?」

「誰にも真実を伝えられなかったのは確かに気の毒だ。無責任に外へ作った娘を甘やかしたグローヴズ公爵が悪い。下位貴族としての常識を教えなかったレスター男爵もだ。だがよく周囲を観察していれば、自分がどこかおかしいと感じることが出来たはずではないか?学院へ入ってからだって、周囲に下位貴族の令嬢は沢山いただろう?彼女たちの振る舞いを見て学ぶことも出来たはずだ。何も考えず、何も見ようとせず、ただ与えられる特権を享受して自らの意識を変えようとしなかった。それが君の罪だ」


 夫がふうと息を吐いた。先程までの憎しみの表情が消え、笑みすら浮かべている。だけどその微笑みは酷く嫌な感じがした。

 

「さて、これからのことだが……君には病気になって貰おう。ここまで聞いたんだ、君だってもうここにはいたくないだろう?そうだな、肺の病のため空気の良い所で療養中ということにしようか。領地に使っていない屋敷があるから、そこならば何不自由なく暮らせるはずだ」

「……身体に悪い所なんて無いわ」

「悪いが君に拒否権は無い。ここに置いておけば、いつまた君が息子やフェリシアに危害を加えるかもしれない。かといって今さら君を離縁して放り出すのも、寝覚めが悪いからね」


 私を追い出そうとしているのだと気付く。

 そしてきっと、本邸にあの女を入れる気なのだ。そんなの、認められるわけがない。

 

「嫌よ!私は貴方の正妻よ!ここにいる権利があるはずだわ」


 アレックス様の第一夫人は私よ。

 例え愛していないと言われようと、それだけは――それだけが、最後の矜持。

 

「君は侯爵夫人としての仕事が何にも出来ないじゃないか。フェリシアは既に次期侯爵夫人として母の教えを受け、執務にも携わっている。シェリル、もうこの館に君の居場所は無い。ああ、グローヴズ公爵に訴えても無駄だよ。彼は病気で余命幾ばくもないため、息子に跡目を譲るらしい。もう君を庇う力は無いだろう」



 $$$


 それからすぐに私はロートン侯爵家の領地の片隅にある館へと追いやられた。眼下に広がるのは田園ばかりで、華やかな王都の生活とは比べるべくもない。使用人は下働きが数人とカーラだけだ。

 

 

「ようやく出て行ってくれるのね」


 本邸を追い出される日、お義母様は満面の笑顔で私を見送った。

 

「そうだわ、貴方の使っていた部屋は全部家具を入れ替えなきゃ。男爵家の者が使っていた設えなんて、うちには不要だから」

「不要……だと、お義母様も思っていらっしゃったのですか?」

 

 「ええ、そうよ?」とお義母様はニコニコと微笑みながら首を傾げた。


「だって、貴方には本当に迷惑ばかり掛けられたもの。でも今日でそれも終わり!フェリシアが仕事を引き継いでくれるから、ようやく私も楽になるわあ」


 みしみしと、心がまた音を立てる。

 


 実家に助けて欲しいと何度も手紙を出したけれど。現当主であるメリンダから『関わりたくないので二度と手紙を送らないで欲しい。これは我が家の総意だ』という旨の返事が来たのを最後に、出した手紙が戻ってくるようになった。

 

 開封もされていない手紙を見て――ぽきりと心が折れた。

 

 

「シェリルお嬢様。食事をお持ちしました」

「食べたくないわ。下げて頂戴、カーラ。……ケホッ」

「何か口にされませんと、お身体が回復しませんよ」

 

 だって、本当に食欲が無いのだもの。何かをする気力もなく、一日中外を眺めてぼーっとしている。

 最近は体調が悪くて咳が止まらない。

 このまま私は死ぬのだろうか。この、誰一人訪れない寂しい場所で。

 

 愛されていると思っていた。だけど違ったのね。

 お父様も、メリンダも。ロートンの義両親も、そしてアレックス様も……誰も私を愛していない。

 

 何も見えない、見ようとしなかった私が立っていたのは、砂上の楼閣。

 

 ――何が悪かったのだろう。私はただ(みな)を、愛していただけなのに。


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― 新着の感想 ―
やさしい虐待の被害者ではあるが、これだけ疎まれてるとなると、そうとうやらかしている加害者なんだろうなぁ。
実の父親が終わってる。 男爵家での生活に監修入ってた可能性があるし、男爵は毒親なのか諦めていたのか。 シェリルには同情するけど、完成した性格の矯正は難易度高いけど更生の目は有るのか無いのか。 公爵家は…
えっ。何これ嫌だ辛い。シェリルがとても気の毒すぎる。何もしてこなかったかも知れないけど 何もさせてもらえてなかったのにこの仕打ち。アレックス視点も読む事で何か落とし所が有るのでしょうか。こうなるとお子…
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