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3. シェリル(3) 真に愛するのは

「第二夫人を迎えるですって……!?嫌よ。絶対に嫌!!」


 結婚して三年が経っても、私たちには子供が出来なかった。

 ロートン侯爵家の親戚筋や派閥の者たちが「このままでは跡継ぎが……」と零しており、夫や義両親がなんとか窘めている状態らしい。もっと頑張ればと閨事に励んでも成果はなかった。どんなに愛し合っていても、こればかりは神の采配だ。


 だからといって、アレックス様にもう一人妻を用意するなんて。夫が自分以外の女性と閨を共にするなんて……。そんなの、許せるわけないじゃない。

 

「私たちがもっと頑張ればいいだけでしょう?」

「だがもう三年経つのに出来ないだろう?医師の診断では問題が無かった。つまり相性の問題だ」

「そんな……それなら、養子は?」

「ロートン侯爵家は代々直系の跡取りに継がせるしきたりなんだ。分家からの突き上げも煩くてね。どうか理解してくれ。君が正妻なことに変わりはない。他のお願いなら、なんだって聞いてあげるから」


 夫は勿論、義両親からも「愛し合う夫婦ならば乗り越えるべき壁だ」と説得され、私は渋々第二夫人を迎えることを了承した。

 

「貴方が愛しているのは私だけよね?その第二夫人に、心を移したりしないって約束してくれる?」

「勿論だ。今までも、これから先も、俺が真に愛する人は一人だけだ」

 

 それが愛する夫の為ならば、辛いけれど耐えるしかないわ。私はアレックス様の正妻なんだもの。

 

 但し、以下の三つを守ることを条件として受け入れて貰った。

 

 ――第二夫人は本邸ではなく別邸に住まわせること。

 ――正妻と顔を合わせないようにすること。

 ――閨事は月に一回とすること。


 それは私のせめてもの抵抗だった。

 子供を作るならば閨事は月一回で十分。普段は何もしないのだから、別邸に押し込んでおけばいいでしょう。これなら私が第二夫人と顔を合わせる事も無いわ。

 


「頭が痛いの……お願い、行かないで」

 

 納得したつもりだったけれど、いざその時になると心が掻き毟られそうなくらい辛かった。だから夫が別邸に行く日が来るたびに体調が悪いと仮病を使った。

 

 「仕方ないなあ、シェリルは。今夜は傍に居るから」と優しく微笑む夫に安堵し、その胸に顔を埋める。

 

 やっぱり、アレックス様には私だけいればいいのよ。他の女なんて抱かせてなるものですか。

 



 だけど私の妨害もむなしく、第二夫人は懐妊した。既に安定期に入っているらしい。アレックス様は仕事だと偽って別邸を訪れていたのだ。

 

「シェリル、出てきておくれ」

「嫌よっ。閨事は月一回の約束だった筈でしょう?嘘吐き!」

「済まない。どうしても子供は必要だったから」

 

 私は部屋の鍵を閉めて閉じ籠もった。アレックス様が何度も外から呼び掛けたが、応じるつもりは無い。

 約束を破った事も許せない。でも何よりも、後から来た女が夫の子供を身ごもったことが許せなかった。私はこの三年、何度もアレックス様と愛し合っているのに……。

 

「せめて食事だけでもしてくれ。このままでは君が倒れてしまうよ」

「じゃあ部屋の前に置いて行って。私を裏切った貴方の顔なんて見たくないわ」

「……」


 溜め息と、彼が立ち去る足音が聞こえる。

 

 それからというもの、夫との間には隙間風が吹くようになった。アレックス様は以前より増して多忙となり私と共に過ごす時間はほとんど無い。お義母様もお義父様も産まれてくる孫に夢中で、会話は赤子のことばかり。私はただそれを、黙って聞くだけだ。



 私が泣こうが喚こうが時は満ち、第二夫人は無事に男の子を出産。跡継ぎの誕生に邸内は喜びに沸いた。

 派閥の貴族たちが続々と祝いに訪れたが、義両親やアレックス様が対応するため私は呼ばれない。


 寂しかった。アレックス様の正妻という立場に変わりはないのに、私は要らない人間になったかのように感じる。


 何でこうなったのだろう。愛する夫と優しい人々に囲まれ、皆に愛されて幸せな結婚生活を送っていた筈なのに。

 ……分かり切ったことだ。全てはあの赤子のせい。あの子が、皆の愛情を私から奪ったのだ。



「赤ん坊はどこ?」

 

 私はこっそりと別邸へと入り込んだ。誰も私を構わないから、屋敷から抜け出すのは簡単だった。


「来客の予定は伺っておりませんが」

「私はアレックスの正妻、シェリルよ。自分の屋敷へ入るのに許可は要らないでしょう」


 年嵩の侍女と押し問答の上、私は赤子のいる部屋に案内させた。

 ゆりかごに寝かされている子供のそばに居るのは乳母らしき女だけで、母親の姿は見当たらない。


 憎い筈だったその子をひと目見て……私は釘付けになった。

 アレックス様そっくりの金髪と碧い瞳の赤ん坊が、明るい陽光の中できゃらきゃらと笑っている。

 

 何て愛らしいの!

 この子なら愛せる。産んだのが誰であろうと夫によく似たこの子ならば、私の子として可愛がれるわ。

 

 どこに行ったのか知らないけれど、赤子を放っておくなんてロクな女じゃない。

 そうよ。正妻は私なんだから、私が引き取って育てるべきだ。

 

「その子を渡しなさい」

「奥様の許可なく連れ出すことは出来ません!」

「私はロートン侯爵家の次期当主夫人よ。解雇されたくなければ言う事を聞きなさい」

 

 それでも赤子を抱えて離そうとしない乳母と揉み合いになった、その時。

「お止め下さい、シェリル様!」という声と共に、誰かに腕を掴まれた。

 

「え……?何故、貴方がここに……」

 

 走ってきたのだろう、息を荒くしながらも私の腕を離さない女性の顔を見て、私は息を呑んだ。

 その顔を見忘れるはずもない――フェリシア・ハルフォード伯爵令嬢。

 

 私が固まった隙に赤子へ駆け寄って抱きしめた彼女に、乳母が「奥様」と呼びかける。


 私はようやく理解した。名前すら知らなかった、第二夫人の正体を。


「ふふ……そう、そうだったの。貴方だったのね……」


 私の中に、どす黒い感情が沸き上がる。

 

 ――あの時から、貴方が嫌いだった。

 学院の感謝祭のパーティで、私はアレックス様と寄り添うフェリシア様の姿を見た。

 互いの瞳の色の装飾を身に着けて、見つめ合う二人は本当に仲睦まじそうで……それを目にするのが辛くて、私は会場を飛び出した。今でもあの時のことを思い出す度に腸が煮えくり返る。


 そして今また、彼女は私の前に現れた。幸せな生活を壊す異物として。

 この女が憎い……心の底から。

 

「どうしてまた私の邪魔をするの……!貴方なんかこの家には不要よ。今すぐ出て行って!」


 私は我を忘れてフェリシア様へ殴り掛かった。

 何故、どういう経緯で彼女がロートン侯爵家に迎えられたかなんて、どうでも良い。ただ、この目障りな女を追い払いたかった。



「何てことを……。大事な跡継ぎが怪我でもしたらどうするんだ!」


 本邸から駆け付けた使用人たちに連れ出された私を待っていたのは、アレックス様からの叱責だった。


「それより、フェリシア様が第二夫人ってどういうことなの!?私は何も聞いてないわ!」

「第二夫人の事は一切聞かせるなと言ったのは君だろう。……他に居なかったんだ。俺と年齢的に釣り合う令嬢は既婚か、婚約済み。それ以外となるとかなり年下になってしまう。それにフェリシアは俺のせいで瑕疵がついて、良い縁談が見つからなかったから責任を取る意味もあった」

「っ……だったら、もういいでしょう。子供は出来たんだから。フェリシア様と離縁して!」

「何を言う。子供には母親が必要だ」

「私がいるわ!正妻は私なんだもの。跡継ぎは私が育てるのは当然でしょ?」

「シェリル。君はまだ、侯爵夫人としての教育も終わってないじゃないか。教養の足りない者に、大切な嫡男を育てさせるわけにはいかない」

「酷いわ、そんな言い方しなくたって……」


 涙を流しても反応しない夫に酷く苛立った。いつもなら、私が涙を流せば彼は優しく抱きしめて慰めてくれるのに。


「とにかく、あの人は嫌なの!私を愛しているならフェリシア様を追い出して。……それとも、もう私を愛してないの?」


 当然、彼は私を愛していると答えるだろう。

 いつものように、「分かったよ、俺のお姫様」と答えて言う事を聞いてくれるだろう。そう信じていた。

 

 だけど夫は、冷たい眼で私を見下ろすだけだった。

 あの目には見覚えがある。感謝祭のエスコートを拒絶した時の……あの時と同じ、感情の籠らない目。


「君を愛したことなんて一度も無い。俺が真に愛するのは、この世でフェリシアただ一人だ」


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