第8話
「大きな家ですね。」
思わずそう口にしていた。
周囲の家と比べても一回り……いや、二回りは大きく見える。綺麗に手入れされた一軒家で、自然と視線を奪われる。
「ああ、両親が大枚を叩いて建てたらしい。遠慮せず入ってくれ。妹には軽く事情を伝えてある。」
そう言われ、虎助の後について引き戸の玄関をくぐった。
「お邪魔しまーす。」
まず目に入ったのは小さめの下駄箱。
玄関を上がった先には上へ続く階段があり、その脇を通る廊下は奥まで伸びている。廊下沿いには、いくつもの戸襖が並んでいた。
下駄を脱ごうとして、はっとする。
ウリ坊の存在を思い出し振り返ると、当たり前のように玄関の中までついてきていた。
「すみません……。この子、外にいたほうがいいですよね。」
他人の家に動物を連れて入るなんて初めてだが、犬猫でもなく猪だ。迷惑に決まっている。
ウリ坊を抱き上げて外へ出そうとするが、ぐっと身体を捩って抵抗される。
「連れなんだろ?布を持ってくるから少し待っていてくれ。」
「フンッ!」
ウリ坊が勝ち誇ったように鼻を鳴らす。
腑に落ちないが、家主がそう言うのなら……と納得することにした。
ほどなくして、虎助が湿った布を手に戻ってくる。
「これで足と身体を拭いてから上がってくれ。」
「ありがとうございます。」
先程とは裏腹に、大人しく身体を預けるウリ坊の足と身体を丁寧に拭く。
そのとき階段のほうから足音がした。
誰かが降りてくる。
「おかえり。……その子がお客さん?」
穏やかな声。
振り返ると、柔らかな雰囲気を纏った綺麗な女性が立っていた。二十歳くらいだろうか。虎助が話していた妹だろう。
「ああ。あと、この猪も連れだそうだ。」
「まあ……」
女性は目を丸くしたあと、すぐに微笑んだ。
「初めまして。先生が戻られるまでお世話になります。大沢瑞生といいます。この子は……猪の、ウリです。」
連れだと言っておきながら名前がないのも変だと思い、とっさに名付けた。
視線を落とすと不満そうにこちらを見ている。
「まあ、かわいいお客さんね。」
女性はくすりと笑った。
「妹のコハクです。自分の家だと思ってくつろいでね。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
「コハク、部屋まで案内してやってくれ。俺は少し出かける。」
「うん、気をつけてね。」
虎助が外へ出ていくのを見送り、コハクがこちらを振り返る。――一瞬、表情が抜け落ちていた……気がした。
「さあ、瑞生ちゃん、ウリちゃん。部屋に案内するね。」
そう言うコハクの表情は、とても柔らかなものだった。
「はい、お世話になります。」
ウリを抱き上げ、コハクの後について廊下を進む。
長い廊下をしばらく進んだ場所にある一つの戸襖の前で、コハクは足を止めた。
「この部屋を使ってちょうだい。厠は向かいよ。」
指差された扉には「使用可」と書かれた木札が掛けられている。
「使うときは木札を裏返してね。昼餉の前には呼びに来るわ。疲れているでしょうから、それまではこの部屋で休んでいてね。」
「本当に、何から何までありがとうございます。」
「いいのよ。それじゃあまた後でね。」
そう言ってコハクは廊下の奥へと戻っていく。
その背中が小さくなるのをぼんやりと眺めていた。




