第7話
「すまん、待たせてしまったな。」
どれくらい経っただろうか。体感では短く感じたが、男は少し申し訳なさそうな顔をしていた。
「トーキョーもニホンも知ってるやつはいなかった。ところで、ここまではどうやって来たんだ? あの森の向こうから来たのか?」
一瞬、言葉に詰まる。
「……森の向こうかはわからないです。でも、気付いたら森の中にいて……そのあと、ここで寝ていたみたいで。正直、曖昧で……自分でも何が起きたのか……」
言いながら、自分の説明があまりに頼りないことが恥ずかしくなる。
「いや、いいんだ。」
男は首を振った。
「一人でよく耐えたな。」
そう言って、大きな手でそっと頭に触れる。
驚くより先に、胸の奥がじんと熱くなった。
(……あ)
涙が滲みそうになる。
「あ、すまない。嫌だったか。」
慌てて手を離す男に、首を横に振る。
「いえ……嫌なわけじゃなくて。昨日、森で一人だったので……少し、安心して……」
言葉の途中で声が揺れてしまう。
「……そうか。」
男は一瞬、言葉を探すように間を置いてから、ほっとしたように息を吐いた。
「それならよかった。」
その様子が少し可笑しく、涙混じりに笑ってしまった。
「そうだ。さっき言い忘れてたんだがな――」
「この集落で、子供たちに勉学を教えてる先生がいるんだ。今は用事で街に出てるが、あの人なら何かわかるかもしれん。」
「本当ですか!」
思わず声が弾む。
「確証はないがな。」
それでも、闇の中に灯りが一つ見えた気がした。
「……それと――」
男は少し言いにくそうに頭を掻く。
「この集落には宿屋はなくてな。先生が戻るまで、よければ俺の家にいないか。妹と二人暮らしで部屋は余ってる。綺麗な家じゃないが、野宿よりはマシだろ。」
一瞬、言葉が出なかった。
(……いいの?)
ここまでしてもらっていいのか。
拒む理由も、力も、今の自分にはない。
「……本当に、ありがとうございます。」
声が震えた。
「この御恩は、忘れません……。」
「恩なんて感じなくていいさ。賑やかになったら妹も喜ぶ。」
その言葉に、再び涙が込み上がる。
「そんなふうに言ってもらえて……ありがとうございます。お世話になります……!」
涙をこぼしながら、精一杯の笑顔を作った。
◇
男の後をついて歩く。
集落には畑が多く、人の気配が途切れない。
「農業が盛んなんですね。」
思わず口に出る。
「そうだな。この集落の殆どが農家だ。作物は物々交換したり、余れば町に持って行ったりしてる。」
話を聞きながらふと思う。
(……名前、聞いてない)
「あの、今更ですけど、お……私は大沢瑞生といいます。改めてよろしくお願いします。」
「俺は虎を助けると書いて、虎助だ。家名はない。好きに呼んでくれ。」
「じゃあ……虎助さん、ですね。」
「あと、無理しなくていいぞ。さっき俺って言ってただろ。」
不意に言われて、顔が熱くなる。
「っ……いえ、言ってません。大丈夫です。」
意地になって言い返すと、虎助は困ったように笑った。
「そうか。なら、それでいい。」
全く気にしていない様子に拍子抜けする。
そんなやり取りをしているうちに家が見えてきた。
(……大きい)
集落の家々とは少し雰囲気が違うが、深く考えることはなかった。




