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第4話

「……糞しかないじゃん。」


吐き出すように呟き、足を止める。

どれほど歩き回ったのか、体感では二時間以上は経っている。

着物に下駄という動くには不向きな格好だが、身体は驚くほどよく動いた。足取りも軽く、疲労らしい疲労を感じない。


ただ、成果はない。

見つかるのは獣の痕跡ばかりで、人の気配は一向に見当たらなかった。


(そう簡単にはいかないか)


封印だの何だのと言っていたあの男たちが、人の通る場所に捨てるはずがない。

人目につかない森の奥に放り出すことこそ、彼らにとっての「封印」なのだろう。


それでも諦めるわけにはいかなかった。

これだけ動物の痕跡があるのなら水場もあるはずだ。川が見つかれば……流れに沿って進めば、きっと人の住む場所へ出られる。


とにかく状況を切り開くきっかけが欲しい。

そう奮い立たせ、再び歩き出した。



(……まずい)


太陽は傾き、森の中に影が増え始めていた。

手がかりは何も見つけられていない。


正直、一日もあればどうにかなると思っていた。

また夜になると思うと――昨夜の闇とあの獣の存在が脳裏をよぎり、背筋が冷える。


不思議なことに、腹は減らず喉も渇かない。

一日中歩き回っていたにもかかわらず、汗ひとつかいていなかった。


恐らくこの身体、生きるだけなら問題ない――

だが危険な獣が徘徊する森で、何度も夜を明かす精神的余裕は持ち合わせていなかった。


焦燥に駆られ視線を彷徨わせる。

薄暗くなった森の奥に、かすかな灯が見えた。

獣の目ではない。

揺らぎのない、家の灯りのような光。


考えるよりも先に、足が動いていた。

あそこに行けば人がいる。


気づけば走っていた。

今日一日の苦労が報われた気がした。

身体は軽く、疲労も吹き飛ぶ。

闇に染まる前に人に会える。

――そう甘くはなかった。


前方から低い唸り声が響き、木陰から大きな野犬が姿を現す。

足が止まる。


数は四匹。

一匹なら突破を考えただろうが、この数では無謀だ。


それでも恐怖はなかった。

ここを切り抜ければ帰ることができる。

どうすれば切り抜けられるだろう。思考は冷静だった。


視線を逸らさずゆっくり後退し、木の陰へ身を寄せる。

足元の石を拾い、少し離れた木陰に向かって力いっぱい投げた。


ゴンッ。

ガサガサ、枝葉が揺れる。


野犬が反応する。

幸い、三匹はその音が気になったようで、音がしたほうへ走っていった。


残るは一匹。

一対一ならきっとどうにかなる。

このとき、うまくいきすぎていることに疑問を持つべきだったのかもしれない。


石を握り走る。

野犬が跳びかかってくるが、予測していた動きだった。間一髪でかわし、振り向きざまに石を投げる。


甲高い鳴き声。

石は足に当たったらしく、野犬はその場で跳ねた。


(ごめん……)


再び走り出そうとした瞬間――木陰から別の野犬が飛び出してきた。


なんとか避けたが、木の根に躓き体勢が崩れる。

踏ん張ろうと一歩、二歩と足を踏み出した。

――そこに地面はなかった。


浮遊感。

衝撃。

そして激痛。


(死にたくない……)


ゆっくりと視界は暗くなっていった。

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