第一話 出席番号ゼロ⑥
チャイムが近づいて、藤崎は屋上のドアへ小走りに戻った。
「じゃ、戻ろ。濡れるし」
「……ああ」
ドアが閉まる直前、雨粒チャームが揺れた。
金具が一度だけ光って――
ぷつり、と小さな音がした気がした。
俺がそれに気づいたのは、ドアが閉まったあと。
足元で透明な何かが転がる。
咄嗟に屈んだ。
その瞬間、端末が震えた。
さっきの質問画面が、触ってないのに前面へ戻っている。
『Q. あなたのクラスには、「いなかったはずのクラスメイト」を思い出すことがありますか?
はい/いいえ』
反射で画面に目が吸われた。
ほんの一秒。
急いで足元に視線を戻す。
透明はベンチの影へ滑り込んで――見えなくなっていた。
「……くそ」
拾えなかった。
じゃない。
見失った。
胸の奥が嫌な形で落ちた。
証拠は、残させない。
なら、残す場所を変える。
名簿アプリを閉じて、端末のメモを開く。
勢いのまま打ち込んだ。
ふじさき しおり
確定の瞬間、文字が一度だけ滲む。
次の瞬きで――白紙になった。
「……は?」
喉が乾いて、笑いも出ない。
指先が、紙に触れ損ねたみたいに空回りした。
もう一度。
今度は苗字だけ。
ふじさき
確定を押した瞬間、画面の上へ硬い一行が差し込まれた。
『照会不可:監査中(統一課)』
端末が静かになる。
屋上の雨音だけが残る。
俺は白紙のメモを見つめたまま理解した。
選択肢は最初から二つじゃない。
“はい”でも“いいえ”でもない。
押さない、でもない。
残ってるのは――覚える、だ。
この雨の日に笑った女の子の名前が、
クラスでいちばん先に、世界から抜け落ちるなんて――
そのときの俺は、まだ一ミリも疑っていなかった。




