第一話 出席番号ゼロ⑤
俺は鞄のチャームに目をやった。
「それ、取れそう」
「え? ……あ、ほんとだ。やば」
「直しとけ。落とす」
「大丈夫大丈夫。落ちるときは落ちるし」
「開き直りすぎだろ」
藤崎が肩をすくめた。
その笑い方が、教室の騒がしさとは違って、少しだけ静かだった。
「ずるいのは世界名簿のほうでしょ。全部、棚卸しされてるみたいでさ。……ずるくない?」
その言い方が妙に刺さった。
棚卸し。数字。監査中。ゼロ。
全部、同じ箱に入る。
雨が強くなり、屋上の床に水玉が弾け始める。
「やば。ほんとに降ってきた」
「傘ないの?」
「ロッカーに置いてきた。読みが甘かったなー……」
藤崎はフェンスにもたれかかり、街とモニターを順番に眺めた。
「こうやって上から見るとさ、全部“誰かの一覧”って感じしない?」
「……名前が付いてるぶんだけ、ちゃんとしてる、みたいな?」
「うん。そう。ちゃんとしてる世界、みたいな」
俺は息を吐いた。
「便利だとは思う。
けど――全部覚えられてるって思うと、ちょっと気持ち悪い」
「だよね」
藤崎はあっさり頷いた。
「私も、ちょっと怖い。
安心するのは、名簿に名前がちゃんとあるうちだけでしょ?」
その一言が胸の奥に刺さった。
「……名前、消されたらどうなんのかな」
藤崎がぽつりと言う。
「退学とかじゃなくてさ。
最初から、いなかったことにされるのかなって」
成瀬の冗談と同じ種類の話。
でも藤崎が言うと冗談に聞こえない。
俺は何も言えなかった。
藤崎は自分で首を振って話を切る。
「ごめん、暗かった」
「いや……分かる」
雨音に混じって、藤崎の笑いが滲む。




