第一話 出席番号ゼロ④
屋上は曇り空の下で灰色に広がっていた。
フェンス越しの街は、巨大なスクリーンに覆われた模型みたいに見える。
遠くの大型モニターでは世界名簿ニュースが無音で流れている。
画面の隅に小さく数字が出ては切り替わった。
『本日登録:出生 2843/死亡 2991』
『登録遅延:監査中』
『次回整合:00:00』
監査中。
次回整合。
どっちも、さっきの「ゼロ」と同じ手触りをしていた。
ベンチに腰を下ろし、端末を取り出す。
名簿アプリのアイコンが未読マークをつけていた。
「……なんだよ」
通知が一件。
『【世界名簿管理局/統一課】
あなたの記憶と記録に、統一されていない項目があります。』
昼休みに読む文章じゃない。
スクロールすると質問がひとつだけ表示された。
『Q. あなたのクラスには、「いなかったはずのクラスメイト」を思い出すことがありますか?
はい/いいえ』
誘導尋問。
「いいえ」を押せば、世界は統一する。
俺の違和感は俺の勘違いになる。
「はい」を押せば、俺が異物として認識されるかもしれない。
選択肢は二つ。
でも、手は三つある。
押さない。
指を止めたそのとき、空からぽつりと何かが落ちてきた。
「……雨?」
手の甲で弾けた水滴が冷たい。
見上げた空はさっきより暗い。
屋上のドアが、ぎいと音を立てて開いた。
「うわ、やっぱ降ってきた……最悪」
振り向くと、傘を持たずに駆け上がってきた女子がひとり。
藤崎しおり。
肩までの髪が湿気でふわっと膨らんでいる。
濡れた制服から、雨の匂いの向こうに柑橘っぽいシャンプーがふわりと混じった。
鞄のファスナーで、雨粒チャームが頼りなく揺れる。
俺は反射的に端末の画面を伏せた。
名簿の質問が、現実より急に安っぽく見えたからだ。
「……あ、ごめん。邪魔だった?」
「いや、別に」
近くで見ると、睫毛の先に水滴がついている。
藤崎は指先でそれを拭い、空を見上げて眉をしかめた。
「せっかく外で食べようと思ったのに。
世界名簿さん、天気まで管理してくれたらいいのにね」
「それやられたら、サボれなくて最悪だろ」
自分でも驚くくらい自然に言葉が出た。
藤崎がこっちを向く。黒目がちの瞳が一瞬だけ見開かれた。
「……あ、うちのクラスの夏目くんだよね」
「覚えてたんだ」
「出席番号、ひとつ違いだから。たまに続けて呼ばれてるじゃん」
こんなふうに女子と会話が続くのは珍しい。俺のほうが落ち着かない。
ひとつ違い。
二十四番――藤崎しおり。




