第1話 出席番号ゼロ
好きになった子の名前が、世界から先に消えるなんて。
そのときの俺は、まだ一ミリも疑っていなかった。
◆
朝のホームルームは、いつもモニターから始まる。
黒板の横に埋め込まれた薄い画面に、クラス全員の名前が並ぶ。
出席番号一番から三十番まで。欠席は赤、遅刻は黄色。
「はい、静かにー。出席取るぞー」
担任の水町が、タブレット片手に教卓へ立った。
指先で軽くスクロールすると、教室前のモニターも同じように流れる。
〈世界名簿〉と同期されたクラス一覧。
先生は名字で呼ぶ。だけどモニターはフルネームを淡々と表示する。
番号と名前が、同じ釘で壁に打ち付けられているみたいだった。
「一番、青田」
「はい」
文字が青く光る。
『出席』が刻まれる。
便利だ。
正しい世界だと、みんな信じてる。
でも――正しさのほうが、たまに肌に合わない。
番号は一度貼り付くと簡単に剥がれない。
進学しても、就職しても、死んでも、形を変えて残り続ける。
俺の番号は二十五番。
席順と番号は連動している。
うちの教室は番号が蛇行する。だから二十五番の俺の右が二十四番で、前が二十六番――そういう変な決め方だ。
少なくとも、その日まではそうだった。
名簿が決めた配置。文句を言う相手もいない。
「二十三番、夏川」
「はい」
「二十四番、藤崎」
「……はい」
右隣から控えめな返事が返った。
モニターの文字が青く光る。
二十四番 藤崎しおり
名字だけで呼ばれてるのに、フルネームのほうが目に焼きついた。
“しおり”。頭の中で読んだだけなのに、舌の裏にざらりと残った。
ページの端みたいに。
「二十五番、夏目」
「……はい」
反射で返事をした、その瞬間。
黒板横のモニターの文字列が、一瞬だけ乱れた。
二十四番――藤崎しおりの行が、青く光ったまま白く抜ける。
二十四番 ――
青だけ残って、文字だけ剥がれた。
空白の奥に、硬い形が差し込まれた気がした。
一文字だけ。たぶん「中」。
掴め、と頭が命令する。
掴めたら、何かが分かる気がした。
でも次の瞬きで、画面は整う。
二十四番 藤崎しおり
「……あれ?」
声にしかけて、喉の奥で止めた。
理由は分からない。ただ、今ここで口にしたら俺のほうが“異物”になる――そんな直感だけがあった。
舌の付け根が、冷える。
世界名簿は間違えない。
間違えるのは、いつも人間側。そういう前提で世界が組まれている。
教室はいつも通りだ。
誰も見てない。誰も気づいてない。
気づかないふりが、いちばん安全。
「二十六番、成瀬」
「はーい」
前の席から軽い返事が返ってきて、空気が戻る。
戻ったのに、俺の胸の奥だけが落ち着かない。




