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伽藍堂は先生  作者: あ行
友人
6/25

6本音

 ガラガラ

 格子が空いた音がした。先生が帰って来たんだわ。あれ?もうそんな時間?

「先生、おかえりなさい。」

 先生は「まだ起きていたの。」と不思議な顔でわたしの方をご覧になられているうちに、ご友人さんが口開いた。

「わはは!お前、先生と呼ばせてるのかい。お前は教師が嫌いなのに。」

「違うよ。よもぎさんがそう呼んでくれているんだよ。」

 先生はご友人と一緒に帰って来ました。このご友人さんとちゃんと会ったのは初めてで、前より高貴な浴衣を召しています。

「よもぎさん、ごめんだけど一晩だけこいつを泊まらせようと思うんだ。こいつ、宿へ向かおうにも千鳥足で……」

「まだ酒はあるんだろう?」

「あるよ、よもぎさんお願い。」

「はい……!少々お待ちを。」

 耳が愉快になって眠気も吹き飛びがら、わたしは台所へと歩いて行った。

「先生、ご準備が出来ました。どうぞ。」

「ありがとう。」

「それでは……」

 わたしが部屋から出ようとするとご友人さんが、

「お嬢さん、僕らと呑もう。」

 と、手招きされたのでわたしは困ってしまいました。

 先生の方に助けを求めても、先生は二人の間を見つめてちっとも助けてくれません。

「ははは!愉快だ愉快。よもぎちゃん、」

 先生はなんともなく、日本酒を嗜んでいた。いつもの先生である。

「はい……、なんでしょう。」

「僕ね、小説家なんだ。僕は幸せ者だ。何百、いや何千、何万という小説のなかから、僕の小説を貴重な時間をかけて読んでくれているんだ。僕は運がいいだけ。幸せさ。僕の小説を、世界を好きと言ってくれる人がいて、それは小説家の本望さ。ほんとうに幸せさ。」

「小説をお書きになるのね。」

「うん、今書いているのは"湯呑み酒"という小説を書いていてね。そのうち傑作が出来るぜ。なぁお前も小説家になりたかったんだろう。」

「その話はよそう。」

 先生は顔色ひとつ変えずに、前のようにただ笑っていた。

「そう!こいつぁ、いい文を書くぜ。名作だ!!いっぺん読んだ方が良かろう。」

「……は、ははあ。」

 先生の小説を読んだことがあるなんて、言えない。

「いやぁ、しっかしよもぎちゃん。美人さんだねえ。」

「いえ、そんな……」

「奥さんがいないんだったら、僕が貰おうかな。」

 助けを求めて先生の方を見ても、先生はただ「はは。」と笑って、怒りも嫉妬も見えません。

「こいつぁ、いい奥さんになりぁ。」

「もう呂律が回ってないじゃないか。水でも飲んでおけ。」

 先生は本当に笑っているだけだった。青が深い浴衣を着て、小さなお猪口(ちょこ)を片手で持ちながら、目を細めて笑っていた。

「いいんだよ。せっかく美人さんと呑んでるんだから。それで、結婚はしないの?よもぎちゃん。」

「しますとも。」

「いつに。」

「そりゃ、わたしだって考えますもの。わたしの周りだって、次々と結婚していくもんですからこう見えて内心、焦っているんですよ。先生。」

 先生の本音を知りたくなった。この場を使えば、婚約者がいるか分かるかもしれない。

「よもぎさんのご両親はなんと。」

 案外にも普通な返しだった。知り合いに返すような、愛想笑いで挨拶を交わすような感じだ。

「わたしのお父様はもう亡くなっていて、お母様はその件については何とも。ほら、わたし、五人兄弟の末っ子だから、きっと見放されているんだわ。」

「そんな事ないとも!!世界にたった一人の娘だぜ?そんな事ないとも。」

 先生はどうなんだろう。

 よもぎはチロっと先生の方を見た。

 やっぱり、無機質に笑っている。

 わたしが勝手に恋をしているだけか。

――――――――――――――

 後日。いつの間にか、先生のご友人はお帰りになられていた。

「ご友人さんは、いつ、お帰りになられたの?」

「よもぎさんが寝てからすぐ。」

「あら、そうなの?わたし、ちっとも気付かなかったわ。またお会いできるといいですね。」

「もう会わない。」

 先生はずっと遠くを見ていました。

「何故です。」

「あいつはずっと僕のことを下に見るんだ。いつも僕と比べて。そりゃ、僕だって悪いところがあったけれども、もういいんだ。」

「……じゃあ、もう、」

「うん、金輪際会わない。相手だって分かっているよ。」

 それから先生は、ご友人さんの事を一切話さなくなりました。

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