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伽藍堂は先生  作者: あ行
友人
4/25

4呑み過ぎ

「……?原稿?」

 わたしは押し入れを掃除していると、古い箱に入っている紙の束を見つけた。

「すごい……たくさんあるわ。誰が書かれたのかしら?先生が買ったのでもしたのかしら?」

 題名は『もものはな』と筆で書かれていた。わたしが一番好きな花だったから、一寸(ちょっと)だけ読もう。

「…………きれい、」

――――――――――

「ただいま。」

「……!先生、」

 もうこんな時間だったとは……あれ?今日はお早いのね。

 急いで元のところに戻して、先生がいる玄関へ走った。

「今日は早よ、終わったんだ。」

「おかえりなさい。まだ夕飯の支度終わってなくて。少々お待ち下さい。」

 先生、ちょっと方言が混じってる。珍しい。

「分かった、小説でも読んで待っとくよ。あ、それと僕の友人から手紙来てたかな?」

「いいえ。」

「あ、そう。」

 先生は子供みたいに眉をひそませたまま、自室へと向かいました。

――――――――

「「ご馳走様でした。」」

 夕飯後、先生は珍しくお酒を嗜むようです。

「よもぎさんも呑むかい?」

「いいえ、わたし、酒はちょっと……」

「そう、お酒は人と呑む方が美味しいんだけどな。」

「じゃ、一寸(ちょっと)だけなら……。」

 先生を見ずにお猪口を差し出しました。先生はころころと猫の鈴のように笑っています。

「うん、一緒に呑もう。」

「先生、今日はどうでした。」

「今日はね……」

 虫の音を聞きながら、先生は上の階から持って来た蓄音機にレコードをかけました。月が出た出た、と陽気に歌っておられます。

「僕は今日ね、先生に君は恵まれているねと嫌味を言われたんだ。」

 と、先生は少し頬を赤らめて肘をつきながら、上目でわたしを見た。

「聞いてくれる?僕のはな()。」

「はい、わたしでよければ。」

「んじゃあ、今日はたっくさん呑もうね。」

 先生は幸せそうに、憂を帯びた笑顔をわたしに向けた。

「僕は教師が苦……嫌いだ。先生と言うものが嫌いだ。あの人、僕が一軒家を持っているからって、僕に嫌味を言ったんだ。羨ましいからって、毎日のように言われたら御免(こうむ)る。」

「ははあ、先生も色々あるんですね。」

「うん、そうなんだ。僕も先生だけどさ、教師である僕が先生嫌いなんて、可笑しいよなぁ……」

「…………、」

 わたしはどう答えたらいいか分からずじまいでした。なので先生が先に口を開けてしまいました。

「よもぎさんも今の内に不満を言っておけばいい。明日には忘れているから。」

「そんなにお呑みになるつもりですか?体を壊しますよ。ご両親から貰った丈夫な体なのに。」

「いいんだ。」

 先生は虚ろな眼をして、照明の光に唯、黒目当てられていました。

 次に先生は、「あ、そうそう。」と(くう)に指を差した。

「僕の家のことだけどさ、もしここに僕の兄弟が来たら門前払いしてくれ。いっそのこと、僕は死んだと伝えてくれ。」

「えぇ、どうして?」

「どうしてもさ。よもぎさんにはいつか僕の家のことを話すつもりだ。けど、もう少し待って下さい。僕の心の準備がまだかかりますから。もう少しだけ。」

「分かりました。いつまでも待ちます。」

「ありがとう。」

 先生はくいっとお酒を飲み干した。それを見て、わたしもちびっと飲んだ。

「……、」

 先生はお猪口を照明に上げ、ふふっと笑った。

「〜♩あんまり煙突が高いので、さぞやお月さんけむたかろ……サノヨイヨイ……♩」

 わたしはその歌に見惚れていると、急に先生はわたしの方をご覧になった。

「いい歌だね。」

「はい。ヨイヨイですね。」

「ふふっ。」

 わたしは先生を見て気になった。あの原稿は誰が書いたのか。作者の名前が書いてなかった。

「先生、」

「ん。」

 わたしは少し、どきっとした。いつもより目をトロンと見つめて、頬を赤らめて、ちょっとだけ口を微笑させている先生から色気を感じたから。

「なんでもないです。」

「そう。」

 聞きそびれた。

 すると、今度は逆に先生がわたしに問いた。

「よもぎさん、この仕事は好きかい。」

「はい、とってもいい暮らしです。」

 この生活はいつまで続けるだろう。

「良かった。」

 先生は格子窓からチロチロ見える月を眺めた。

「本当に好きな事を仕事にする人は才能があるね。僕には無理だ。ね。ほら、僕は嫌々教師をやってるんだ。好きな事を僕は根から好きではないかもしれない。飽きてしまう。それでも、好きなことは好きだ。」

 それから先生は笑った。

「けどあいつは出来た。」

「あいつ?」

「僕の友人。」

 わたしが、ご友人は何のお仕事をしてらっしゃるの?と聞こうとしたら、またもや先生が先に口開いた。

「いい気分だ。」

 先生は肩を揺らしながら、ころころ笑った。

「先生は小説をお書きにならないの?」

「……なぜ。なぜそう思ったのです。」

「だって、先生、小説好きじゃないですか。」

「書いてたよ。」

 先生は淡々と答えるので一寸(ちょっと)驚いた。

「そ、それはどこに?」

「ここにあるよ。ここの宅に。」

「え、」

 あの原稿は先生が書いた小説だったのね。わたし、勝手に読んじゃった。

「探して見つけて、読んでもいいけれど、僕に感想は必ず言わないでくれ。」

 どうしてだろう。あんなに綺麗な文章だったのに。

 先生はずっと遠くを見つめていた。

「……分かりました。」

「うん、約束ね。」

「けど、どうして……」

「あのような恥ずかしい小説に価値などないよ。読みにくいし、どうなっているか分からないし、あんな小説……あんな小説……」

「先生、」

 わたしはいつか先生の本当の名前を言えるのだろうか。

「先生、あまり自分を否定しないでください。」

「ご、ごめん。」

 先生は酒を一口、呑んだ。だいぶ酔いが回ってそうだ。そうで無いとわたしが倒れてしまう。

「……よもぎさん、もう呑めない?」

「えぇ、ちぃっと酔って来ました。」

「無理しなくていいよ。もうこの辺でよしなさい。」

「いいえ、まだ……まだ先生のお側にいます……。」

 視界がくらくらする。

 バタっ

「んはは、困ったね。どうしようか。」

 先生はよもぎに布団をかけた。

「〜♩好いて、好かれて、暮らすのなら……夢に黄金の花咲く。」

――――――

 わたしはこんな夢を見た。

「月が出た出た月が出た。ア、「ヨイヨイ。」」

 先生と一緒に祭りに行く夢。賑やかなのか、屋台があったかは分からないけど、二人で並んで歩いたのは確かだ。

 二人で笑い合って、歌って、幸せだった。

――――――

「ふふっ。〜♩サノヨイヨイ。」

『炭坑節』より一部引用

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