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伽藍堂は先生  作者: あ行
生徒
3/25

3偽り

「先生!来てくれたんですね。」

「まぁ。」

 曖昧な返事をする。僕と女生徒は、訳のわからない石段に腰をかけた。

「これを聞いたら、本当に私に会わないと約束してくれますか。」

「はい、はい!」

 本当かな。

 蝉は竹藪の中で鳴いていた。

「それで、相談とは。」

「えぇっと、わたくしね、自分の意見を素直に言えないの。」

「ほう。」

 案外にも真面目な相談だった。

「他の人の意見を聞いてね、わたくしもそうじゃないかって思ってしまうの。思ってもいないのに。」

「へぇ。」

「捻じ曲げてしまうの。」

「ほうほう。」

「もう、ちゃんと聞いてますか。」


「先生。」


「聞いてますよ。」

 僕は真っ直ぐ立った竹を見ていた。

「先生、先生。わたくし、先生のことが好きなの。」

 袖を強く引っ張られた。

「ごめんね。」

「違うの先生。わたくし、見たの。先生、女と歩いてたでしょう。あれは誰?」

「私の細君ですよ。」

「噓だ噓だわ。ハッタリだわ。そんなことないもの。先生はわたくしだけを愛しているもの。」

 バタッ

 いきなり地面へと押された。アリが石の階段を登っていて、髪の毛が地に垂れた。

「先生、わたしのこと好きでしょう。」

「いいえ。」

「じゃあ、誰か好きなの?あの女?噓だ、先生は馬鹿ね。わたくしはそんな先生でも愛するわ。大好きよ。骨の髄から脳みそまで何もかも好きよ。貴方が根ッからの悪人だって、人の血を呑んでいてもいいわ。花を踏みにじっても、貪っていてもいい。先生が死体になられたらわたし、先生の肉を食してその跡を追いますもの。わたくし、先生と一緒に阿呆になりたいの。」

「そうですか。」

 女生徒を押し除けた。途中、抵抗してきたけれど、軽い力だったのですぐに起き上がれた。

「もうこの辺でいいですか?私のことは諦めて下さい。」

「待って!!待ってよ!!!」

――――――――――――――

「先生。」

 夜。今夜も虫の音が心地よい。

 先生の部屋へとお邪魔する。先生は蓄音機で音楽を聴きながら、買ったばかりの小説を嗜んでいた。

「ご友人からお手紙です。」

「……ん、あぁ。ご苦労さん。」

「先生、大丈夫ですか?」

 先生は今日、帰りが遅かった。

「……うん。大丈夫だよ。心配しないで。よもぎさんは自分のことだけ考えて。」

「そのような事には参りません。先生の体調はわたしの体調です。」

「あはは、そうかい。なら、いつまでも元気でいなきゃなぁ。」

 ラッパから音楽が流れている。

「…………、」

「まだ寝ないのかい?」

「いえ、もうそろそろ寝ようかと……。」

「そっか。」

 先生はいつもそっけない。わたしは先生が、遊郭や飲み屋など行ったところを見たことがなかった。知らない内に行っているかもしれないけど、先生はそう言った贅沢は余り好まない方だ。

「何を読んでらっしゃるの?」

「これはね軀という本だよ。」

「からだ?」

「うん、恋の小説。」

「へぇ……!」

「読んでみる?」

「わたし、勉強はあんまりで……」

「小説は勉強じゃない。読んでご覧なさい。ほら、ここ。」

 先生はわたしに近づき、文章を指差す。指の影で後ろの黒い文字は消されていた。

「花……?」

「そうお花のこと。難しくないだろう?僕はまだ他に読みたいものがあるから、貸してあげる。」

「わぁ!それなら、わたしにも読めそうです……!ありがとうございます!読み終わったら感想をお伝えしますね。」

「うん、楽しみにしてる。」

 先生は猫の頬っぺたみたいにころころ笑った。

――――――――――――

 サッサッサ

 わたしは玄関前を箒で掃いていました。夏が後半だからといって、まだまだ日差しは強く、照っています。

「ふぅ……このくらいかな?」

「あのぅ、ここ先生の家ですよね?」

「……え、」

 地面から見上げると、前の買い物の時に、会った女生徒さんが門の前に立っていた。

「……えっと、」

 あの時、先生はこの子を拒んでいたので、わたしは返事をするのに躊躇しました。

 ガラガラ

 すると格子が開いた。

「ねぇ、僕のさ、烟草(たばこ)……」

「先生!」

「どうして……ここを……」

「先生、まだ話は終わっていませんよ。先に帰っちゃうなんて、先生は悲しいことするのね。それより、この女は誰?女中?」

「いいえ、彼女は」

 先生がわたしの肩を寄せて、女生徒に言葉を放った。ちょっとだけ、浴衣から線香の香りがした。

「私の(さい)です。」

「「え!?」」

「ね、よもぎ。」

 先生は私の耳元で「ごめん。」呟く。

 心臓がきゅーと熱くなる。

「は、はい……」

 今、わたしどんな顔してる?においは大丈夫?こんな事になるなら、もっとおめかししてくれば良かった。先生、

 よもぎは先生を見上げた。

「……っ、」

 見れない見れない。見れないわ。恥ずかしいったらありゃしない。

 いいえ、よもぎ。今はそれどころじゃないでしょ。先生をお助けしなくちゃ。

「なによ……先生はほら吹きね。偽りだわ。」

「偽りなんかじゃありません。私たちは愛し合っています。」

 先生……!いつにも増して、噓をついてらっしゃるわ。その言葉が現実になればいいのに。

「噓噓噓、全ッ部わたくしへの照れ隠しでしょう。」

「いいえ。貴方には一寸たりとも惚れたことがございません。ほら、ね。」

「え、」

 先生と目が合う。

 どうしようどうしよう。何を言うべき。本当のことなんか言えないよ。

「わたし、は、」


「先生のことが、」

 

「す」

「嫌!!!!もう嫌!たくさんよ。分かったわ、わたくしには"貴方"でその女には名前なのね、それに……それに……」

 女の子はその場に泣き崩れました。

「先生はわたくしに"本当"を見せてない。」

 入道雲が空に乗せられていた。

「わたくし、本当は……縁談の相手が嫌だったの、けどもう、親は承諾してしまって、」

「大丈夫ですよ。」

 先生はわたしの元を離れ、今度は女生徒の背中に手を乗せました。まだ、わたしの肩には先生の触った跡が残っています。

「きっとどうにかなりますから。その相手はきっと優しいですから。」

「なんで、そんな簡単に言えるのよ……!何も知らないくせに!」

「はい、知りません。しかし貴方は私に頼って来ました。だから、いざとなる時、人に頼れる力があると言うことです。私には出来ませんでした。貴方は頼る相手を間違っただけです。私は貴方のことを何も知らない。貴方のことを知る人に頼りなさい。」

「……う、ぅ、うわああああん!!!」

 わたしは見てはいけない心持ちになりましたので、その場を離れました。

 その後、二人はどうなったか知りません。

「ねぇ、よもぎさん。僕の烟草、知らない?」

「うぅんと、確か……こちらですか?」

「あぁ、ありがとう。やっぱり烟草は敷島が一番だね。」

 先生は隣でマッチを擦り、烟草をくゆらせた。

「…………、」

 湿った上唇と下唇に烟草を挟み、肺に煙を溜め、きゅっと口笛をふくように渦巻きを吹いた。

「もう大丈夫。君に危害はないよ。ごめんね、あんな事させちゃって。」

 先生はパチパチと鳴っている炭のような煙草の先端を見ながら、切ない目をして私にこう言った。

「嫌だったよね。もう、しないから。」

「いえ……!あれは誰でもそうしますよ。わたしだって、先生の立場でしたらそうするもの。」

 先生は顔を上げ、にこりと笑った。その拍子に髪の毛が、でこを流れる。

「そう?なら、良かった。」

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