24よもぎ
貴方と会った日も雨でした。私は、その頃ちょうど帰路をついたところでした。
貴方は木の下で、雨宿りをしていました。私も傘を所持していなかったので、下宿まで走って帰っていました。
私は貴方を見た途端、一目惚れをしたのです。惚れたのです。
しかし、私はまだ書生だった時分なので勇気が弱く、一目惚れをしても貴方に話しかけるのは心中にはなかったのです。
「ここは何処ですか。」
そう貴方に話しかけられて、嬉しさの余り、ずっと貴方の顔を見つめていました。
「雨宿りする所をさがしているのです。どこかいい所はありませんか。」
「それなら、私の下宿で一寸雨宿りしませんか。」
初めて会ったのに、下宿に連れて行こうとする行為が、のちのち後悔へと変わっていきました。この人は誰なのだ。なぜ初対面の私についてくるのだ。そう疑問に思いつつ、下宿につきました。
「ごめんなさい。ご勝手に……」
それに宿の主人にも、相談していないことでした。
「大丈夫ですよ。ありがとう。わたし、ちょうど宿を探していたのですから、最中に良い宿を見つけました。」
「旅の方なのですか。」
「いいえ。」
貴方は不安そうな顔をした。
とりあえず、私の部屋まで案内し、拭くものを手渡しました。貴方はぽんぽんと水滴を拭きながら、先程の続きをはなしました。
「わたし……家から逃げて来たの。旦那から逃げて来たのよ。」
「どうして。」
「釣り合わなかったの。それに、あの人は酒癖が悪いのよ。いつも帰宅すると、物に当たるの。だから逃げて来たの。これからどうしようかなんて、考えずに来ちゃった。」
貴方の言葉は子供のようでした。私はその言葉遣いに、心を奪われました。しかし人妻だった。
「僕の所で住みませんか。僕はもう時期、教師になる予定なのです。」
貴方は申し訳なさそうに、眉をひそませ「いいえ。」と断りました。
私は、かるい絶望を覚えました。
「もう雨も止んだようだから、この辺でお暇させていただくわ。」
玄関まで一所に行き貴方は「ありがとう。」と言ってどこかへ向かいました。
その夜はどうしても、眠れませんでした。貴方のことばかり、考えていたのです。
私は幾度か、恋をした、あるいは、されたことがありますが、すべて無へと変わりました。相手の悪い所をすきではいられなかったのです。
なので、もう人に恋するのはやめようと、心にひっそり誓いました。
しかし翌週も貴方のことは、離れられなかったのです。父からの縁談の話もありました。父の申し出も無視をして、授業中、貴方をなんども思い浮かべました。
私は勉強を終えて、散歩がてら町へ出かけました。歩きながら、貴方のことを考えていたのです。
突然、私は貴方のことを見つけました。貴方は掛け茶屋にいました。
私は貴方に話しかけようと試みると、どうやら一人ではありませんでした。二人でした。しかも男性と。
私は黙ってその場を去りました。
私は布団の中でかんがえました。もういっそのこと、婚約を享受してしまって、貴方と異なる妻といた方が、忘れると言うことへ熱心になれるのではないかと。
それから、何日か経たないうちに、私は部屋でキセルをふかしていると、宿の女中さんから「貴方に来客が来ている。」と言われました。私は友かと思いそのまま煙草をのんでいると、来客というのは貴方でした。
私は驚いて、危うくこの下宿を火の海にさせてしまう所でした。
「どうしてここに……どうして……」
「急なご訪問、ごめんなさい。どうかわたしの無礼を許してください。」
「何かあったのでしょう。けれども、なぜ……」
「わたし……お金が底をついて……。日雇いで頑張っていても、到底食っていけないし……。だから、その……以前、先生はもう時期、家ができるから、わたしを誘ってくだすったわ。」
私が貴方に、"先生"と呼ばれたのが、これが初めてでした。
「だから、わたしを泊めてほしいの。ずっととは言わないわ。お金がまた貯まったら、かならず恩返しいたしますから。お願い致します。」
「貴方は……他の好いた人がいるのでは。」
「夫はもう縁を切りましたわ。」
「旦那さんではなく……」
私は口を、もごもごさせました。ここで真実(貴方を掛け茶屋で目撃したこと)を打ち明けると、貴方に拒絶させらるるのではないかと、恐怖を禁じ得ました。そして、これは私の勘違いだったと知り、とても恥じました。
「分かりました。九月まで待ってください。」




