12妹
「御免ください。」
小説を読んでいると、格子の外から誰かが呼んだ。声は高く女性っぽかった。
「はーい。」
格子を開ける。
ガラガラ
「こんにちは。」
「……!」
わたしは驚いた。
その女の人は先生の妹様であった。写真の中にいた人。朱色の大きなリボンが印象的で、つり目である。
「兄さんはいらっしゃる?いらっしゃるよね?日曜日だもの。」
「せ、先生は今外出中です。」
「じゃあ、中で待ってても良いかしら?」
先生はこの前に國へ帰っているから、亡くなったと言う口実はつかえない。
「あ、今日は結構遠出されているのでまた後日……」
「知ってるわ。また兄さんの口実でしょ?あ、兄さん!」
先生は縁側の方で庭の手入れをしていたようです。先生は好きな事となると周りが見えない。
「どうしてここに……なぜ……なぜ。」
「あら、言ってたじゃない。庄一兄さんの葬式の時、父さんにここの住所を。」
「聞いていたのか、」
「ええ。それでね、一寸ばかり、用事があって。」
妹様はきんちゃく袋を宙に舞わせた。
――――――――――――
「どうも。」
客間にて。お茶を差し出すと、妹様はニッと紅い口紅を横に曲げた。
「お兄さん、こちらの方は?」
「ああ、この家の手伝いをして貰っている、よもぎさんだよ。」
先生がわたしの方に手を添えて、わたしは軽く会釈をする。
「へえ、あたしてっきり……」
妹様は上品にハンケチで口元を当てながら笑った。椿のような凛とした香りが漂う。
「何の話をしに来た。」
わたしは部屋を出ようとした刹那。
「あぁ、それでね、お兄さんの婚約の話なんだけど。」
「……え、先生……」
先生が結婚。本当に……。
先生の方へ目を移すと、先生は無表情で、妹様より先の遠くを見ていらした。
「その話で来たのか。だから僕は嫌だと何度も言いましたよ。」
妹様のリボンがみょんみょんと動き、狐のようにキ、キ、キと高い声を上げる。
「あら、そんなに声を荒げないで。だから、あたしも此処に来たくなかったのに。」
「僕は――」
わたしは耳を塞ぎたい思いを我慢して、部屋を出た。
「先生が……先生が……結婚だなんて、嫌よ。わたし、いやよ。」
よもぎは崩れた体制で、小さな口からため息を一つ吐く。
「けれど、真っ当な答えかもしれない。わたしになんて……先生は……」
よもぎはその場に泣き崩れた。
――――――――――
次の週の日曜日。また、妹様がいらっしゃいました。
「兄さんはいる?」
「いません。」
先生との約束を破るわけにはいかない。
妹様の指輪がキラリと光る。
「噓仰い。いるわ。」
「いません。」
妹様は紅い口でため息を一つ吐き、そして、黄色の着物が一層あでやかに見えた。
「分かったわ。今日は退散ね。もう、こりごりだわ。よく"あんなの"と一緒に居られるわね。じゃあ、これだけ渡して頂戴。」
「あんなのって……!」
細い指で、かたく封をされた手紙を渡される。妹様の手首に一瞬、痣のようなものが見えた。
「また、ね。」
妹様は半月夜のように目を細めて笑う。目元にあるほくろが、頬の筋肉で浮かんだ。
その瞬間、わたしは嫌味を言われたことを忘れていた。
――――――――――――
その日の夜。
「先生……これ、妹様からです。」
「ああ、ありがとう。」
先生に聞きたいことが山ほどある。しかし全て聞いてしまうと、大切な物が壊れそうで聞けない。不安だわ。
けれど、これだけは聞いておきたい。わたしの将来に関わることだから。
「せ、先生。あ、あの、その、」
先生は、「ん。」と首を傾げて、いつものみたいにわたしの話を聞いた。
わたしは勇気を振り絞る。振り絞れ!檸檬のようにぎゅっと絞り出せ。
「婚約って何ですか。」
「…………。」
先生は地獄の釜をのぞくような、暗い顔になられた。駄目だった、聞いたら駄目だった。
冷や汗が止まらない。あたまかぐるくるまわるる。
「……ごめんね。あれは…僕もあまり分かっていないんだ。情報がこちらに伝わっていない。縁談は父さん自身で進めている。だから、僕は止めようと……」
先生はわたしをニ、三秒ご覧になった。
そして、先生は三十歳になる。
「ごめんなさい。」
――――――――――――
また次の日曜日も、そのまた次の日曜日も妹様はご訪問された。土曜の夜にだって、いらっしゃった事がある。もちろん、わたしは門前払いをしたけれど、なにも聞いてくれやしない。
わたしが丁度、買い物をしていた時に、妹様に会った事がある。その日は秋晴れでした。
「あら、妹様だわ。」
妹様は夫婦で買い物をされていた。楽しそう。自然に笑う妹様を見れて安心した。
その場を離れようとすると、
「妹様……!」
とつぜん、旦那様が群衆に見えないよう陰で、妹様を殴っていました。妹様は嫌がって離れようとして抵抗しても、その手は固く握られていて離せないようです。
「止めなきゃ……!」
わたしは走って妹様に近付きました。急いで。急いで。着物を着ていましたから、走りにくかったのを覚えています。袴でしたら、もっと速く走れたかもしれない。
「……あ、」
妹様は旦那様に連れて行かれた。遠ざかる夫婦の後ろ姿を、ずっと眺めているだけしかなかった。
助けられなかった。
――――――――――――
夜。今日の夜は星々が輝いていました。じっと眺めると弱く光ったり、強く光ったりして面白いです。
「先生、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ。」
先生は明らかにお疲れだ。いつもわたしに隠す。
最近、会話も少なくなった。
「明日、またお國へ帰らないといけなくなった。ごめんね。急だけれど家のこと、よろしくね。」
「……あ、」
先生はぼそっと「どこにも行かないで。」とおっしゃられました。
そして淀に詰まった泡のように、自室へお向かいになった。
わたしだって心配です。
翌朝。
「御免ください。」
「はい。」
また妹様が来られました。今日も椿の香りが漂う。香水でもしてらっしゃるのかしら。
今日は弦を弾いたような、ぼんやりとした曇りでした。
「先生はどこへ?」
「先生なら國へ帰りましたよ。」
「……ふっ、やっとね。あたしの役目はもう終わり。けどね、」
妹様は腰を屈めて、ニヤッと痩せた三日月のように笑った。
「あたしは貴方と話がしたい。」
妹→リボン




