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伽藍堂は先生  作者: あ行
11/25

11大丈夫

 お兄様は川でお亡くなりになりました。

 ご遺体はまだ発見されていなく、遺書に川と記していたので、警察官がそう判断されたと思われます。

 わたしは深く関わっていませんから、あまり分からないのです。遺書の内容も、先生がどう思っているのかも、分からないのです。

 しかし一つだけ、覚えている事があります。先生が警察官と話が終わった直後、おっしゃっていました。

「兄さんが……死んだんやったら……父さんに……手紙、送らなあかん……そんで、俺は……」

 先生のあの、苦しそうな顔は今でも忘れません。

 数日後、先生はお兄様の葬儀のため、國へ帰りました。数週間で帰って来られるご予定で、家にはわたし一人です。

 ある日の事。わたしは掃除を億劫にしていた汚い部屋を片付けていました。

「あら、何かしら。」

 それは、先生のご友人との手紙でした。手紙は紐でくくられていて、束がいくつもありました。

 わたしは先生のあの、なんとも言えない表情で「金輪際会わない。」といったのを鮮明に覚えています。なぜかは分からないけれど、本当に分からないけれど、先生はご友人さんの前ではずっと態度が冷たかったのです。それは、たぶんご友人さんも知られていた事でしょう。

 思い出した途端、わたしはそれを咄嗟に閉め、他のところを掃除しました。

「……?写真……」

 次に見つけたのは、一葉の家族写真でした。それは、古い写真なのに綺麗に保管されていたので、お母様、お父様、お兄様、先生、妹様の顔がしっかりと見えました。

「先生は……家族を嫌っていらっしゃるのに、どうして……」

 普通、嫌いなら思い出でも捨ててしまう。抹消してしまいたいほど、嫌いなら。

 それからもうわたしは、あの部屋を片付けないと決めました。

 次の日の夜。先生が帰ってくるまで、まだまだ時間があります。

 わたしは、自室で小説を読んでいました。

「先生……大丈夫かしら。」

 ガラガラ

 すると、玄関から格子が開いた音がしました。時計を見ると、夜9時ごろ。

「……先生?」

 わたしは急いで廊下を走り、先生の元へ行きました。

「ただいま。」

 そこに先生がいた。玄関に先生がいた。いつも通りに先生がいた。

 わたしの好きな先生がいた。

「おかえりなさい。随分、早いご帰宅ですね。風呂でも沸かしましょうか。それとも、ご飯を作りましょうか。」

「大丈夫、今はいい。ありがとうね。」

 そう言いながら先生は下駄を脱ぎ、自室へと向かわれた。疲れた表情一つ見えない、とても人が死んだ時に見せる顔では無かった。あまりにも無頓着過ぎる。

「先生……」

 数分後。

 やっぱり、何か軽い食べ物くらい作りましょう。

 と、おにぎりを作って先生の所へと足を運んだ。襖を開けようとすると、一枚越しに何やら呻き声が聞こえてきた。

「――、――――。」

「……先生?」

 隙間がちょうど開いていたので、わたしはほんの出来心で覗いてしまった。ほんの少しだけ。

「……会いたくなかった……会いたくなかった……。どうしろって……。いやや……」

 先生は帰った時のままの格好で、地面にうずくまり泣いていました。

 先生の誕生日はもう直ぐです。

「…………。」

 わたしはその場を後にした。

――――――――――――

「先生、夜食です。」

 時間を空けて、さいど先生の様子を見にきました。わざと声を大きくして先生を呼ぶ。

「入って来て。」

「失礼します。」

 先生は笑っていた。胡座(あぐら)をかいて、泣いた跡も無くて、ただ、人間みたいに笑っていなかった。

「やっぱり夜食ぐらい食べて下さいな。疲れているでしょう?」

「あぁ、うん。ありがとう。」

 先生はおにぎりを一口頬張った。その次にわたしの目と合わせた。こちらを見ると思わなかったから、少しびっくりした。

「なぁ、よもぎさん。兄さんに何かされていましたか。」

「何かって、なんです。」

「嫌なこと。」

「されていませんよ。」

「ほんとうに。」

 先生は切ない目でわたしを見つめていた。

「されていません。先生、亡くなったお兄様に失礼ですよ。」

「ごめん。ごめんね。」

 先生は俯いた。一つ目の謝罪はお兄様にむけて、二つ目の謝罪はわたしにむけてだとなんとなく悟った。長い前髪が垂れて、先生の黒い目がチロチロと覗かせた。

「お兄様に何かされでもしたのですか。」

「…………。」

「先生……」

 先生は悲しい人だ。読む必要のない小説の一頁みたいに。

「遺書に君の事が書いていた。」

「……私のこと、」

 今夜は秋の音が非常にきれいだった。部屋の中よりずっと外の方がにぎやかであった。

「兄は、よもぎさんに対して好意を抱いていた。」

「わたしに?」

「よもぎさんにこの事は話さないつもりでいた。隠していたかった。」

 月もまん丸で綺麗だ。

「僕の兄も人間だから。」

この世に読む必要のない小説のページなど、存在しないと思っております。全て素晴らしき作品です。

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