11大丈夫
お兄様は川でお亡くなりになりました。
ご遺体はまだ発見されていなく、遺書に川と記していたので、警察官がそう判断されたと思われます。
わたしは深く関わっていませんから、あまり分からないのです。遺書の内容も、先生がどう思っているのかも、分からないのです。
しかし一つだけ、覚えている事があります。先生が警察官と話が終わった直後、おっしゃっていました。
「兄さんが……死んだんやったら……父さんに……手紙、送らなあかん……そんで、俺は……」
先生のあの、苦しそうな顔は今でも忘れません。
数日後、先生はお兄様の葬儀のため、國へ帰りました。数週間で帰って来られるご予定で、家にはわたし一人です。
ある日の事。わたしは掃除を億劫にしていた汚い部屋を片付けていました。
「あら、何かしら。」
それは、先生のご友人との手紙でした。手紙は紐でくくられていて、束がいくつもありました。
わたしは先生のあの、なんとも言えない表情で「金輪際会わない。」といったのを鮮明に覚えています。なぜかは分からないけれど、本当に分からないけれど、先生はご友人さんの前ではずっと態度が冷たかったのです。それは、たぶんご友人さんも知られていた事でしょう。
思い出した途端、わたしはそれを咄嗟に閉め、他のところを掃除しました。
「……?写真……」
次に見つけたのは、一葉の家族写真でした。それは、古い写真なのに綺麗に保管されていたので、お母様、お父様、お兄様、先生、妹様の顔がしっかりと見えました。
「先生は……家族を嫌っていらっしゃるのに、どうして……」
普通、嫌いなら思い出でも捨ててしまう。抹消してしまいたいほど、嫌いなら。
それからもうわたしは、あの部屋を片付けないと決めました。
次の日の夜。先生が帰ってくるまで、まだまだ時間があります。
わたしは、自室で小説を読んでいました。
「先生……大丈夫かしら。」
ガラガラ
すると、玄関から格子が開いた音がしました。時計を見ると、夜9時ごろ。
「……先生?」
わたしは急いで廊下を走り、先生の元へ行きました。
「ただいま。」
そこに先生がいた。玄関に先生がいた。いつも通りに先生がいた。
わたしの好きな先生がいた。
「おかえりなさい。随分、早いご帰宅ですね。風呂でも沸かしましょうか。それとも、ご飯を作りましょうか。」
「大丈夫、今はいい。ありがとうね。」
そう言いながら先生は下駄を脱ぎ、自室へと向かわれた。疲れた表情一つ見えない、とても人が死んだ時に見せる顔では無かった。あまりにも無頓着過ぎる。
「先生……」
数分後。
やっぱり、何か軽い食べ物くらい作りましょう。
と、おにぎりを作って先生の所へと足を運んだ。襖を開けようとすると、一枚越しに何やら呻き声が聞こえてきた。
「――、――――。」
「……先生?」
隙間がちょうど開いていたので、わたしはほんの出来心で覗いてしまった。ほんの少しだけ。
「……会いたくなかった……会いたくなかった……。どうしろって……。いやや……」
先生は帰った時のままの格好で、地面にうずくまり泣いていました。
先生の誕生日はもう直ぐです。
「…………。」
わたしはその場を後にした。
――――――――――――
「先生、夜食です。」
時間を空けて、さいど先生の様子を見にきました。わざと声を大きくして先生を呼ぶ。
「入って来て。」
「失礼します。」
先生は笑っていた。胡座をかいて、泣いた跡も無くて、ただ、人間みたいに笑っていなかった。
「やっぱり夜食ぐらい食べて下さいな。疲れているでしょう?」
「あぁ、うん。ありがとう。」
先生はおにぎりを一口頬張った。その次にわたしの目と合わせた。こちらを見ると思わなかったから、少しびっくりした。
「なぁ、よもぎさん。兄さんに何かされていましたか。」
「何かって、なんです。」
「嫌なこと。」
「されていませんよ。」
「ほんとうに。」
先生は切ない目でわたしを見つめていた。
「されていません。先生、亡くなったお兄様に失礼ですよ。」
「ごめん。ごめんね。」
先生は俯いた。一つ目の謝罪はお兄様にむけて、二つ目の謝罪はわたしにむけてだとなんとなく悟った。長い前髪が垂れて、先生の黒い目がチロチロと覗かせた。
「お兄様に何かされでもしたのですか。」
「…………。」
「先生……」
先生は悲しい人だ。読む必要のない小説の一頁みたいに。
「遺書に君の事が書いていた。」
「……私のこと、」
今夜は秋の音が非常にきれいだった。部屋の中よりずっと外の方がにぎやかであった。
「兄は、よもぎさんに対して好意を抱いていた。」
「わたしに?」
「よもぎさんにこの事は話さないつもりでいた。隠していたかった。」
月もまん丸で綺麗だ。
「僕の兄も人間だから。」
この世に読む必要のない小説のページなど、存在しないと思っております。全て素晴らしき作品です。




