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第3話 ユーミリアの職務

 昨今、モリンズ伯領は多雨による不作が続き、領主の事業失敗も重なって財政難だった。


 そんな折に大雨で川が氾濫し、農村が大々的な土砂崩れに巻き込まれてしまった。幸いなことに死者は出ていないが、家屋の一部が流され、周辺一帯はひどいありさまだという。


 伯爵は国に復興資金の援助を求め、国王は伯爵領の財政状況を鑑み、承諾の意を示した。とはいえ、国庫を国王の一存で使用することはできない。財務省の判断に加えて最終的に議会の承認が要る。


 ここで異を唱えたのが、伯爵と折り合いの悪いオールディン公爵である。


 資金援助には賛同しつつ、その金額に難癖をつけてきたのだ。


 財務省が妥当と定めた復興支援金を大幅に減額するなら可決に票を投じる。それが公爵の主張。公爵なりの正義があってのことではない。ただの嫌がらせだ。


 問題なのは、水面下で公爵が議席を有する貴族の何人かと取引を交わしたようで、同調する議員が過半数を超える見込みが高いということ。

 減額した金額なら可決される。元のままの額の場合はほぼ否決。


 貴族の小競り合いによって苦しむのは領民である。

 まともな支援を受けられないとなると、被災によって損壊した家屋の復興目処が立たない。


 次に議会が召集されるのは来週末。それまでに公爵を説得してくれ。それが、ルディウスが国王から命じられた内容だった。


 書簡に記載された概要を頭に入れたユーミリアは、深々と嘆息した。


「……困った公爵様だこと」

「混じり気のない、悪意たっぷりな、ただの嫌がらせでしかないからね。救いようがない」


 山と積まれた書簡に埋もれながら決裁を進めるルディウスが、呆れ声で同調する。

 

「この時期、というかディーは年中多忙ですけど。春先は群を抜いて多忙期なのに、承知の上でディーに丸投げしてくる陛下も陛下だわ。何が公爵を説得してくれ、よ」


 ユーミリアでは肩代わりできない決裁書類が各部署から山のように送られてくるこの時期。ルディウスは比喩でもなんでもなく、本気で猫の手も借りたいくらいに忙しいのだ。


 公爵の嫌がらせに付き合っている暇などない。ちょっと近場までお遣いに行ってきてね、くらいの軽さで案件を増やされては迷惑だった。


 臣下の手綱を握るのも、王族に求められる器量だろうに。


「貴族の当主に必要な能力の初歩中の初歩。領地経営すら満足にこなせない伯爵の尻拭いまでさせられるのだから、俺の職務は宰相というより便利屋だ」


 手厳しい意見に、ユーミリアは苦笑いした。


「悪いのは、個人的な感情で横槍を入れてきたオールディン公爵でしょう? モリンズ伯爵は当主の才能に恵まれなかっただけであって、責めるのはちょっと可哀想よ」

「どっちもどっちだよ。俺からすれば。仕事を増やさないでほしい」


 ルディウスが疲れたように吐息をこぼす。


 何か問題が生じた際、ルディウスを頼れば彼がなんとかしてくれる。


 国王を筆頭とした王室、更には国中の貴族がそう思っているのだから、ルディウスが背負う重責は計り知れない。


 ユーミリアの仕事は、過労で早死にしかねないこの宰相閣下の負担をできる限り減らすことである。

 

 なので、この困った公爵様の嫌がらせをどのように捌くべきか。彼の代わりにユーミリアが頭を悩ませ、知恵を絞らなくてはならない。

 

 ユーミリアの手に余ることをルディウスは任せたりしない。ユーミリアなら解決できると見込んで託してくれたのだから、彼の期待を裏切るわけにはいかなかった。


「公爵を説得するのか、はたまた他の派閥から票を回収して可決に持ち込むのか。う〜ん……」


 どちらも骨が折れそうだ。


 公爵が意見を翻せば、同調している議員たちは彼に倣う。元の支援金の額でも可決は可能になるはず。


 説得対象が公爵一人で済むのは助かるとはいえ、だ。


 嫌がらせで難癖をつけているに過ぎない公爵の気が変わるだけの説得材料など、見つかるだろうか。何かしらの弱みを抱えてくれていれば、説得は見込めるかもしれないけれど。


「……調査だけで何日掛かるのか、わかったものじゃないわね」


 何も出て来ず、調査が無駄に終わる可能性すらある。猶予はあまりないし、諜報部に調査を依頼するのは微妙だ。


「復興支援金、復興支援金かぁ……」


 ん〜、と唸りながら、ユーミリアはしばらくのあいだ思案に暮れ。徐に立ち上がる。

 執務室を出て行こうとすると、声が掛かった。


「……どこへ?」


 書類に視線を落としたまま、ルディウスが尋ねてくる。


「財務省に。伯爵の財政状況は徹底的に調べ上げたはずでしょう? 何か使えそうな材料がないか、確認してみるわ」



◆◆◆◇◆◇◆◆◆ 



 ユーミリアは財務省から手が空いている文官を一人借り、伯爵領の財政状況に関する資料をすべて宰相の執務室まで運んでもらった。

 結果、執務室の床には書類がみっちりと詰まった大きな箱が三箱届いた。


 よしっと気合いを入れ直して、ユーミリアは書簡を一枚一枚じっくりと確認していく。伯爵が所有する資産のリストや帳簿を。


 目を皿のようにして細かい文字を追っていたユーミリアは、とある資産に目を留めた。


 どうやらモリンズ伯爵は、未稼働の鉱山を所有しているらしい。


 紅石べにいしと呼ばれる、薄桃色の鉱石が採れる鉱山。稀に顔料に使用されたりもするが、用途がないに等しく、価値は著しく低い。利益が見込めないがために、採掘は手付かずなのだろう。


(紅石……。最近、何かで耳にしたわね。何だったかしら……?)


 ユーミリアは記憶の糸を必死に辿る。確か、情報収集を目的として参加した女性だけの社交場サロンで――。


「……あ」


 ガタン、と椅子を揺らして、再び立ち上がる。ルディウスが顔を上げた。


「どうにかなりそう?」

「たぶん、なんとかできると思うわ」


 足早に執務室を後にして、磨き上げられた王宮の廊下を歩きながら、ユーミリアはこれから為すべきことを頭の中で整頓していく。


 まずは、と必要な資料を請求すべく、再び財務省に足を向けた。

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