22. 王太子殿下の婚約騒動③
翌々日。オルニール公爵との面会の約束を取り付けたユーミリアは、午前中は王宮に出仕し、通常通りに業務を片付けた。
昼食を食べ、午後の一時を回ったところで、ユーミリアはルディウスに行ってくるわねと告げ、宰相室を後にした。
オルニール公爵を説得するため、いざ彼が待つ公爵邸へ向かうぞと、王宮の廊下を歩いていると。向かいからやってくる青年の姿に、ユーミリアはぴたりと足を止めた。
亜麻色の髪が被さる顔は柔和で、歳の頃は十代後半といったところ。纏っている衣服は仕立てが良く、一目でやんごとない身分であることが窺える。
すれ違い様に、制服のスカートの裾を持ち上げ、一礼する。
そのまま通り過ぎていくかと思われた青年は、ユーミリアの目の前で立ち止まった。
「奇遇ですね、クロイツェル補佐官」
柔和な声は、青年と少年の狭間といった中性的なもの。
ユーミリアは他所行きの笑みを浮かべて応えた。
「ご機嫌うるわしゅう、セドリック殿下」
青年の名はセドリック・ディナ・グレストリア。現在十九歳の、この国の第二王子様である。
穏やかな印象を湛える翡翠の双眸が、じっと見つめてくる。
「珍しいですね。今から外出ですか?」
「オルニール公爵と面会の約束があるのです」
すると、セドリックの顔がたちまち曇った。
「兄の件ですね……」
「そんなところです」
ユーミリアが苦笑すると、セドリックは心底申し訳なさげに目を伏せた。
「多忙な宰相室に負荷を掛けたこと、王家を代表して謝罪します。本当に、申し訳ありません」
「謝罪などなさらないでください。王室のお役に立つことも、私共の仕事ですから」
あんな居丈高な態度でルディウスに丸投げしてきたクライヴには、いまだに腹が立つけれど。セドリックが申し訳なく思う必要などないのだ。悪いのは兄であって、彼ではない。
「兄のことですから、婚約の解消を思い至った経緯に、アガーテ嬢に非はないのでしょう。公爵の怒りは想像がつきます。宥めるには相当な労力を要するでしょうが、どうか……」
めちゃくちゃ怒られるんだろうなぁと想像がつくし、罵詈雑言を浴びる覚悟はしている。怒り狂う公爵を宥め、どうか式典に参列してくださいとお願いしなくてはならないのである。想像するだけで憂鬱なお仕事だ。
そんな内心をおくびにも出さず、ユーミリアは自信ありげに胸を張ってみせる。
「お任せください、殿下。閣下に代わって必ずオルニール公を式典に参列させてみせますわ」
頼みました、と控えめな笑みを湛えて、セドリックは立ち去っていった。
第二王子の背中を見送って、ふうと嘆息する。
「両殿下の生まれた順番が逆ならって嘆く人たちが居るのも、わからなくはないわね」
セドリックはクライヴとは何もかもが対照的な人だった。勤勉で成績も優秀。やや大人しい印象があるものの、その分物腰穏やかで、威張ったところのない人格者。
この国の二人の王子様。問題ばかり起こすクライヴではなく、品行方正なセドリックが先に生まれていればと嘆く者は多い。ゆえに、セドリックを擁立する勢力が時に悩みの種となるのだ。




