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第11話 ユーミリアの計画③

「ということで、次は遊歩道に向かう、でいいかしら?」


 ルディウスに確認を取ると、彼はちょっと考えるような顔つきになる。

 

「……その前に、書庫に行っても?」

「書庫?」

「思ったより長丁場になりそうだから、片付けておきたい調べ物があるんだ。すぐに済ませてくるから、君はここで待っていて」


 彼からすれば、ユーミリアのおねだりは午前中には済むものだと思っていたに違いなく。長く掛かるのは想定外で、予定が狂ってしまったのかもしれない。

 

「忙しいならここまででも――」

「大丈夫、最後まで付き合うよ」


 無理に付き合わせるのは本意ではなかったのだが、ルディウスは緩くかぶりを振った。


「本当にすぐだから。屋根のある場所で休んでいて」


 柔らかく微笑んだ彼はぽん、とユーミリアの頭をひと撫でして、庭園から出て行った。

 

 ガゼボに移動し、石造りの椅子に腰掛けて待つこと十数分。メッセージカードを挟んでおいた哲学書を手繰って暇を潰していると。


 石畳を踏み締める足音がして、ユーミリアは顔を上げた。こちらに向かって歩いてくるのはルディウスだ。


「お待たせ」

「随分早いのね」


 予想よりずっと早くて、拍子抜けした。


「大した用事じゃなかったから。それじゃあ、行こうか」


 後で使用人に回収してもらおうと、本をテーブルに置いて、ユーミリアはルディウスと並んで庭園の東口に向かった。


 アーチをくぐると、青々とした木々に挟まれた遊歩道へと出る。


「ええと、『遊歩道を照らす灯火にありけり』だっけ? 灯火は外灯のことかな」


 遊歩道の両端には、等間隔で外灯が並んでいる。


 ゆっくりと一つ一つ確認しながら歩いていたルディウスが、ふと足を止めた。外灯のポールに、紐でカードが括られているのを見つけたからだ。

 

 カードを抜き取って、ルディウスが文面に視線を落とす。


「『第三の糸口を求めるなら、東の花畑に向かうべし』」


 読み上げた彼は、苦笑した。

 

「急にふわっとした文言になったな。場所の指定しかなくて、どこを探せばいいのかが記されてない」

「カードの隠し場所が思い浮かばなくて、諦めたの」


 素直に白状すると、ルディウスは苦笑を深めた。

 

「なるほどね。とりあえず、指示に従って行ってみればいいか」

 


◆◆◆◇◆◇◆◆◆ 



 そんなこんなで、二人は公爵邸の東に広がる花畑までやってきた。敷地が限られているのでさほど広くはないけれど、紫色のラベンダーが風に揺れる様は絶景だ。


「それで? ここからどうしろと?」

「まずは、時計をご確認ください」


 ルディウスがジャケットのポケットから懐中時計を取り出す。


「時刻は何時?」

「十三時十分」


 ユーミリアはにっこりと微笑んだ。

 

「お昼時だと思わない?」


 花畑の外れに聳え立つ樫の木を目で示す。大きな木の下には敷物が敷かれ、バスケットが置かれていた。二人が到着する時刻を見計らって、使用人が用意してくれたものだ。


 近づいたルディウスが、バスケットの蓋を持ち上げる。ほわりと収まっているのは、公爵家の料理人が腕によりを掛けて作ってくれたサンドイッチ。

 

「用意のいいことで」

「気持ちのいい陽気だから、外で食べるのも素敵だと思ったの。どうかしら?」

「大賛成」

「決まりね」


 お互いの意見が一致したので、ひとまず休憩。ここで昼食を摂ることが決まった。


 時間に追われることなく、自然に囲まれながらのんびりとサンドイッチを味わい。


 ご馳走様でした、とランチを平らげたところで、ユーミリアはバスケットを膝の上に移動させた。籠の一番下に敷かれたハンカチをめくり、隠してあったカードを取り出す。


「ピクニックに付き合ってくれたディーには、これをあげましょう」


 受け取った彼は、記された文字を読み上げる。

 

「『灯台下暗しです。同伴者に答えを聞けば一発解決ではありませんか』」


 端正な顔が、おもいっきり渋面になった。

 

「なに、これ?」

「えー、あなた様はカードを三枚集めたことによって、同伴者に答えを聞けば謎が解けるという糸口を見事に掴みました。おめでとうございます」


 ユーミリアはぱちぱちぱち、と軽く拍手を送る。


「使用人にレシピを聞くのは駄目で、出題者の君に隠し場所を聞くのはありだと?」

「私が決めることだもの」

「どんな謎解きだよ……」


 深々とため息を吐いたルディウスは、疲れたように前髪を掻き上げて。


「……クッキーって、工程にどのくらい時間が掛かるものなんだ?」


 脈絡のない問いに戸惑いつつ、ユーミリアはそうね、と考えてから答えた。

 

「生地を寝かせる時間次第だけれど、二時間もあれば充分だと思うわ」

「それなら、そろそろ取り掛かった方がいいか。行こう」


 立ち上がったルディウスが、手を差し伸べてくる。その手を借りて立ち上がりながら、ユーミリアは首を捻る。

 

「行くって、どこに? レシピの隠し場所は聞かなくていいの?」

「『灯台下暗し』なんだろ? 見当はついているから、問題ない。見当違いだったら、その時は君から助言を貰うとするよ」


 ユーミリアがぱちぱちと目を瞬かせているあいだに、ルディウスはさっさと歩き出してしまう。


 慌てて後をついていくと、辿り着いたのは今日の出発地点ともいえる、お屋敷の離れだった。

 ルディウスは迷いのない足取りで廊下をどんどん進んでいってしまうので、ユーミリアは懸命に背中を追いかける。


 厨房の前まで来ると、彼はぴたりと立ち止まった。


 扉を押し開けたルディウスが、ふっと笑んで、はい、と目線で中を示す。

 その視線の先にあるのは、窓辺に飾られた花瓶。一輪の可憐なアネモラの花弁は――。


「『薄紫のアネモラ』だ」


 ルディウスが言う通り、花瓶に挿さったアネモラは薄紫色の花びらを広げている。


 それから彼は花瓶から一番近くの戸棚を開けて、あった、と呟いた。


「これだろ?」


 悪戯っぽく瞳を細めたルディウスが掲げてみせた本の題名には、お菓子作り入門書、とあった。

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