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第10話 ユーミリアの計画②

「薄紫の『アネモラ』の近くに『手順』ありけり。思い当たらなければ、北の庭園のベンチに第一の糸口が眠る。三つ揃えて解を得よ」


 ルディウスがメッセージカードの文面をもう一度読み上げ、小首を傾げる。


「『アネモラ』って、聞いたことはあるな。花の名前、だっけ?」

「流石はディー。博識ね」


 『アネモラ』はラナンキュラスに似た見た目の花だ。

 鑑賞に向いた綺麗な花なのだけれど、育てるのに非常に手間が掛かるため、国内では珍しい品種に分類される。栽培している家はなかなかないだろう。

 

「一応、そこに飾ってあるのが『アネモラ』よ」


 ユーミリアは窓辺に置かれた一輪挿しを指差した。薄桃色の花びらを瑞々しく広げた一輪の花が、花瓶に飾られている。


「見本用に、温室に咲いているアネモラを一輪拝借してきてもらったの。ちなみに、温室にレシピは隠されていないから行っても無駄足になるわ」

「つまり、指示にある通り北の庭園に行けと」

「屋敷中を散策したいなら止めないけど」

「無謀が過ぎるから、君が想定する手順に則るとするよ。行こう?」


 頷いたユーミリアは。


「……あ、ちょっと待って」


 出て行く前に、窓辺に置かれている水差しを手に取った。たっぷりの水が入ったそれを、空の花瓶に注ぐ。花瓶の三分の一くらいまで水を注いで、ユーミリアは水差しを元の場所に戻した。


「ただの見本に、わざわざ水を?」

「できるだけ長持ちさせてあげないと、お花だって咲き甲斐がないでしょう?」


 ルディウスからの貴族らしい指摘に、ユーミリアは片目を瞑ってみせた。


「それじゃあ、行きましょうか」


 今度こそ、二人は厨房を後にした。



◆◆◆◇◆◇◆◆◆ 


 

 離れを出て、さっそく北の庭園へと向かう。

 

 空は雲一つなく、澄み切った空気は心地のよいもの。お散歩日和の気候だ。


 レンガで舗装された道をのんびりと歩きながら、ユーミリアは隣を歩くルディウスを仰ぎ見た。


「ディーって、この辺りは来たことあるの?」

「いいや? 初めて来た。屋敷の構造は頭に入っているから、道はわかるけど。当主になってからは忙しくてそれどころじゃなかったし、それまでは俺が外を出歩こうものなら、母上が烈火のごとく怒って使用人がクビになる地獄絵図が完成したわけで……」


(しれっと、重たいことを言うのよね……)


 平穏な家庭で育ったユーミリアとは反対に、レオンハルト公爵家のお家事情は複雑だったりする。しがない男爵家の娘であるユーミリアと大貴族の嫡男であるルディウスが幼馴染たる所以だ。


 弱小貴族であるユーミリアの生家が、なぜ国内でも屈指の大貴族と繋がりがあるかといえば。その昔、ユーミリアの父がルディウスの家庭教師を務めていたからである。


 レオンハルト家の子供は、五つ違いの男児が二人。


 ユーミリアは会ったことがないのだけれど、ルディウスにはリオンという名の、五つ年下の弟がいるのである。


 前公爵夫人は身体の弱い次男リオンに偏った愛情を注いでいて、嫡子であるルディウスをあろうことか離れに幽閉し、本邸に一歩たりとも足を踏み入れさせなかった。広い広い公爵邸の敷地で、ルディウスが自由に歩き回れたのは離れの中だけだったのだ。


 宰相の職務に追われる前公爵は家庭への関心が薄く、妻の息子への扱いを放置する始末。


 離れと限られた使用人が世界のすべてとなっていたルディウスを不憫に思ったユーミリアの父は、仕事で公爵邸に招かれる際は必ず話し相手として一人娘を伴った。


 ユーミリアが六歳の時から五年ほど続いた習慣だ。


「ディーと遊ぶ時はいつも離れの屋内だったものね。色んな国の盤上遊戯で遊んだわよね。懐かしい」


 異国のチェスとかオセロとか。父の講義が終わってからユーミリアが持ち寄った盤上遊戯で遊ぶのが、二人のお楽しみだったのだ。

 

「ユミィとの頭脳戦は楽しい反面、君の負けず嫌いが過ぎて俺に勝つまで何度も何度も再戦させられるから、一向に終わらないんだよね」

「ディーは自分から終わりにしようとは言わないから、私が勝つまで付き合ってくれるのよね。でもだいたい私が勝つより先に、帰宅の時間が訪れるの」


 懐かしくて、ユーミリアはくすくすと笑みをこぼした。

 

「勝負自体は楽しくはあるからね。それで何度目かの再戦を次の機会に持ち越すのに、その時にはユミィは気が変わっていて、別の遊戯になるっていう」

「そうそう。時間が経つと、私の中で勝ちへの執着がなくなるまでがお約束」


 同年代の子供より知能が高いゆえに浮きがちだったユーミリアにとって、天才的な頭脳を持つルディウスはようやく巡り逢えた話の合うお友達。

 

 そして、物心ついた頃から隔絶された世界で育ったルディウスにとって、ユーミリアはたった一人の同年代の話し相手。彼がユーミリアに殊更に気を許すのは必然である。


 年齢不相応な哲学談義や盤上遊戯で、どれほど盛り上がったことか。幼い頃、ディーくん、ディーくんと彼について回っていたのは、懐かしい思い出である。


 なんて、昔話で盛り上がっている間に、目的地に着いてしまった。


 薔薇の蔦が絡みついた白い石柱に支えられたアーチをくぐると、その先には薔薇園が広がっている。

 大理石でできた白亜の噴水を、花壇が幾重にも取り囲んでいた。

 

 ちょうど見頃の時期とあって、色とりどりの薔薇が大きな花を咲かせている。圧巻の景色だ。


「……綺麗に管理されているな」


 丁寧に整備された植え込みや花壇を見渡して、ルディウスがぼそりとこぼした。

 

「そうでしょう? あなたも実感しておくべきだと思って、ヒントの場所として選んだの」


 ユーミリアはよくお休みの日は庭園に友人を招いてお茶をしたり、一人でゆったり読書を楽しんだり、重宝させてもらっている。


 ところが、このお屋敷の当主様ときたら、室内にこもりきりで庭園に足を運ぶことなどしないし、客人を招くこともしないので、使用人が一生懸命敷地を管理してくれていても、その労力を目の当たりにする機会がないのである。

 

「……確かに、拝んでおかないと使用人たちに申し訳が立たないか」


 しみじみと呟いたルディウスは、ぐるりと周囲を見回す。


 噴水の近くにはベンチがいくつか並んでいて、その一つには本が放置されていた。気づいたルディウスが拾い上げる。お料理の本ではなく、哲学書である。

 

 表紙を手繰ったルディウスは、挟まっていた一枚のカードを手に取った。


「ええと? 『第二の糸口は、北と東を結ぶ遊歩道を照らす灯火にありけり』」


 読み上げたルディウスが、思いっきり眉を顰める。


「ユミィ」

「なに?」

「これを糸口と表現するのは、どうなんだ? レシピの隠し場所の推測材料になってないじゃないか。三つ揃えて解を得よって文言的に、ヒントを三つ集めて隠し場所を推理するんだとばかり……」


 抗議に、ユーミリアは胸を張って答える。


「正しい表現よ? レシピに辿り着くには遊歩道に向かえばいいっていう、歴とした手掛かりだもの。糸口は糸口です」

「それは糸口といっていいのか……? 推察するに、ここまでの傾向的に遊歩道にもカードが仕込まれていて、そこに書かれているのも場所の指定であって、隠し場所に繋がる手掛かりは記されてないんだろ?」

「……いいの。出題者の私が正しいと思っているんだから、文句は受け付けません」


 ルディウスからの苦言を、ユーミリアは笑顔で受け流しておくのだった。

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