学園の美女と極秘で弁当を食べている
「では…次の問題、白鳥怜香さんお願いします」
「はい」
教室に凛とした声が響いた。彼女は静かに席を立ち、背中まで伸びた艶やかな黒い髪をきゅるんと払って黒板に向かった。爪の先まできれいにそろえられた長い指でチョークを取り、お手本のうように丁寧な字で数式を解いていく。この教室にいる誰もが怜香の後ろ姿にくぎ付けだった。
「正解です!」
白髪交じりの女性教師が嬉しそうに言った。
その瞬間、教室がおぉぉと歓声に包まれた。
白鳥怜香はこの学校では知らない人がいないほどの有名人だった。理由は二つ。
まず美貌。入学してすぐに男子の間でとんでもなくかわいい子がいると噂になり、学年を超えて怜香の顔を拝みに来た。外を歩けばスカウトらしき人間が名刺を渡しに来ることもしょっちゅうだった。他人の写真にたまたま映り込んだ怜香がかわいいとSNSで拡散されたこともあった。
次に成績。元々、国内屈指の難関大の附属中学校に通っていた為、学年一位の座を一度も譲ったことがなかった。なぜこんな公立高校に編入してきたのかというと、、怜香の両親と担任を含めた一部の教師と一人の男子学生だけが知っていた。
怜香はクラスの歓声に表情一つ変えずまた静かに自分の席に戻っていった。
昼休み
一人の男子学生が3時間目の国語でついたねぐせをはねさせ、購買で買ったパンを抱えて全力疾走していた。
(やべぇ遅くなった。絶対文句言われる!)
生徒の名前は泉隼人。運動神経と謎に強いメンタルが取り柄の男子高校生だ。しかし…!勉強は教師が悩みの種として放課後会議を始めるほど悪く、学年(下から)一位の座を一度も譲ったことがなかった。昇降口の階段を一気に飛び降り、校舎を曲がって中庭を出ると、ふわふわと髪とスカートを揺らしこちらを見つめる人影があった。
「遅かったわね。待ってたのよ!」
胸を抱えるようにきつく腕を組み、ほほを膨らませた女子生徒――
白鳥怜香が立っていた。
「わりぃ、購買混んでてさ」
怜香は不服そうに唇を尖らせ下からじっと泉を見つめた。
「ほんと?」
「ほんとだって」
泉が待たせてごめんと軽く謝罪すると、怜香はすこし顔赤らめて目をそらした。
「そんなに怒ってないわ。ただ…私以外の誰かとお昼ごはん食べたくなったのかと思って…ちょっと不安だっただけ」
そう言うと、怜香は細い腕を泉の腕に絡ませベンチまで引っ張った。
「あぁ~そんな引っ張ると…パン落とすって」
「む。だって待ちくたびれたんだもん。お腹ペコペコよ」
白鳥怜香と泉隼人は昼休み極秘で弁当を食べる中だった。(ちなみになぜ極秘なのかというと、一応男女なのでその気がなくても「付き合ってんのぉ?」と勝手に盛り上がられて目立つのが嫌だからだ)
きっかけは入学してすぐ。クラス内で一人でいることが多い怜香に泉が「はよ」と声をかけたことが始まりだった。その様子を見たクラスの男子に「狙ってんのぉ」と散々からかわれたが、怜香は話しかけてもらったことが嬉しかったらしい。次の日の昼休み、一緒に弁当を食べないかとか細い声で誘ってきた。
「入学してからずっとひとりでご飯食べてたから…うれしい」
泉はまさか軽くあいさつしたことがきっかけで学園の美女とこうやって感謝され、昼休み一緒にすごす仲になるとはは泉自身、夢にも思っていなかった。
(まじで人生なにがあるかわかんねぇな…あの日の俺ナイスすぎだろ)
思い出に浸りながらコッペパンをほおばっていると、怜香が何か言いたそうに泉を見つめていた。
「なに?」
「別に…今日はどんなパン食べてるのかなって」
「あぁこれ?ただのコッペパンだよ。ほら、マーガリンとジャムが入ってる」
そう答えて断面を見せる。怜香はまじまじとパン見つめた。
「おいしい?」
「うまいよ。食ったことねぇの?」
怜香が遠慮がちにうなずいた。しかしそれとは裏腹に、先ほどから泉を見つめる目はきらきらと輝いていた。まるでこの顔をすれば絶対に一口くれることを確信しているようだった。
(こうやって見つめられると嫌でも断れねぇっつーの)
「食う?」
泉がパンを差し出す。怜香が横髪を耳にかけ泉に近づいた。怜香の細い腕、むちっとした胸、スカートから覗くスラっとした太ももがぴとりとくっつく。シャンプーの甘い香りがふわっと漂ってきた。
「ありがとう。では…い、いただきます」
小さな口から白い歯をのぞかせ、はむりと口に含んだ。
「ん~!おいしい~」
「そりゃよかった」
「私も今度かってみようかしら。ついて来てくれる?」
「はいはい」
怜香が膨らませた頬を両手で包み、楽しそうに足をばたつかせる。
(こんな姿ほかのやつらが見たら発狂するだろうな)
泉は嫉妬に狂った親友や先輩が発狂して自分を刺しに来る想像をして体を震わせた。
キーンコーンカーンコーン
予鈴が鳴った
「そろそろ戻るか。次の理科まじめんどくせぇ」
泉がベンチの背もたれにわざとらしく倒れこむ。
いつもなら「そんなこといわないの!」といって昇降口まで引っ張ってくれる怜香がその場からなかなか動こうとしなかった。
(めずらしいな。遅刻は絶対したくないといつも言ってるのに…)
引っ張って連れて行ってもらうことをあきらめのろのろと立ち上がる。
「どした?早く教室もどろうぜ」
それでもなかなか動こうとしない。
「え…具合悪い?先生呼んでこよっか?」
泉が校舎まで走り出そうとしたところで怜香が慌ててベンチから腰を上げた。
「ま、まって!ちがうの!」
怜香はカタつく指ですがるように泉の制服の袖をひっぱた。
「…私、今日の態度わるかったわよね。みんなその…なにか言ってなかった?たとえばー」
私の悪口とか…自分で言って悲しくなったのか最後は蚊の鳴くような声でつぶやいた。一緒に過ごすようになってまだ日は浅いが、怜香がここまで落ち込様子を見せるのは初めてだった。
「それって、数学の時の?」
怜香はいつも勝気な丸い目を頼りなく下げた。
学校で一番の有名人は、よくも悪くも注目を浴びる存在だった。
親が芸能人なんじゃないか。
中学では人をいじめて退学になったんじゃないか。
某有名モデル事務所に所属してるんじゃないか。
親戚が石油王で相当な金持ちなんじゃないか。
彼氏が三人いるんじゃないか。
超大金持ちで大学生の許嫁がいるんじゃないか。
意を決して公立高校に編入したにもかかわらず、中学の時と同様であることないこと噂される。その噂が大きくなればなるほど周りの人間は離れていく。しかし本当は、移動教室は誰かと一緒に行きたいし、休み時間に他愛もない話で盛り上がりたいし、放課後は友達と寄り道をしてみたい。白鳥怜香はそんなどこにでもいる普通の女子高生だった。泉はそのことをこの学校の誰よりも知っていた。
「大丈夫だって。へーきへーき。それに――」
俺がいるだろ?
泉は怜香の髪を軽く撫でて笑ってみせた。手のひらが触れたところからじんわりと、こんな自分を励ましてくれる優しさや温かさみたいなものが伝わってきて、怜香の大きな瞳から思わず涙がこぼれた。
「うん、ありがとう。隼人」




