(6)
レンタルサイクルはとても快適で、非日常な楽しい乗り物であったが、春の夜はまだ寒く、二人は月島で自転車を返却した。
「寒かった?大丈夫?」
「うん、手が冷たくなっちゃったけど、ほら」
といって、莉桜が篤志の手をぎゅっと触る。
「わっ、死んでるっ」
莉桜の手は、それほど冷たかった。
「ごめん、電車で帰ればよかったね」篤志が謝る。
「とんでもない。一人で乗ったらこごえるけど、誰かと一緒だとめちゃくちゃ楽しいね。豊洲で乗るのは初めてだから新鮮だった」
そう言って両手をこすり温める。
自転車に、誰かと一緒に乗る。客先へ行く時の自転車は、移動のための手段に過ぎない。
それに比べ、篤志と乗った自転車は、まったく違うものだった。乗る必要性は特になかった。
けれど、乗った。
とても楽しかった。
何が違うのだろうと思うけれど、やっぱり同期って特別な存在なんだと思う。
有楽町線の改札をくぐると、篤志は目の前の自動販売機へ歩み寄り、Suicaをかざした。ガタンと、飲み物が落ちてくる音がした。
「はい」とコーンポタージュの缶を莉桜の手に握らせる。
「あったかいでしょ。飲んでもいいし、手に持っていてもいいよ」
「え…、ありがとぉ」莉桜は驚嘆する。
「やばい、篤志、イケメンすぎ、惚れるっ」と篤志の肩をバシバシ叩く。
「俺に惚れるとやけどするぜ」
「会話が昭和だよっ」
二人で笑いながら、ホームへ続く階段を下りる。莉桜は両手でぎゅっとコーンポタージュの缶を握りしめる。
電車に乗り、二人は出入り口付近に立つ。莉桜も、篤志も中央線沿い、ともに会社が借り上げているワンルームマンションタイプの寮に住んでいる。
時間を確認しようとスマホを出した篤志は「げっ」と声を上げる。
「どうしたの?」と自分を見上げる莉桜に
「明日、太一と『春のコバルト』見る予定だったんだけど、トラブル対応で行けないって」
とLINEの画面を見せる。
太一というのは同期だ。新入社員研修で三人は同じクラスだった。
入社当時はよく集まり一緒に遊んだ。男女六人で箱根に泊まりに行ったこともある。
トラブル対応のため土日は出勤になった、と書いてある。
「わー、太一なつかしぃ。よく会ってるの?」
「いや、けっこう久しぶりでさぁ、昼に映画見て、夜一緒にメシ食う約束だったんだよ。三時からの上映、もう予約しててさぁ。一人でも行くけど」篤志は残念そうに、うなる。
「私行く!!!」
「えっ、いいの?吉祥寺だけど。『春のコバルト』見たことある?」
「聞いてくれたまえ、篤志君」
夕方涙目だった女子の眼は、らんらんと輝いている。
「私は『春のコバルト』を中学の頃から読んでいるのです」莉桜はドヤ顔になり、鼻の穴を膨らませている。
「原作を小説の頃から読んでいて、ファンブックも持っています。漫画も全巻制覇、アニメは、十二周しています!」