(5)
自転車の電源ボタンを押すと、ライトが自動で点灯する。
「すごすぎる」感心しながら、夜の街を二人でこぎ出す。
「うわー、こぎだしこぇえ」
「電動は慣れてないとねー、最初、ぐぃんって進むから、ちょっと怖いよね」
耳元で風が鳴る。大声で話しながら自転車をこぐ。豊洲で自転車に乗るのは初めてだ。いつもの通勤ルートとは違う、走ったことのない道を月島方面に進む。
「莉桜、よく乗るの?」
「たまにね。仕事で客先が駅から離れている時とか、課長と乗って行くことがある」
「課長と乗ってんの、斬新っ。絵づらが違和感っ」
「早く着くし、便利だよ」
言われてみれば、確かにちょっと変かも、と莉桜はおかしくなった。
豊洲は道幅が広く走りやすい。足に力を込め、勢いよくペダルをこぐ。
「すげー。なんだこれ楽しい。すごい開放感」
なんだろう、このワクワク感は。自転車って、こんなに心弾むものだっただろうか。
月が二人に伴走する。橋を渡るときは左手にあった月が、少し進むと、斜め上、マンションの向こうに見えるのが不思議だった。
「すごいね、電動って。どこまでも行けそうな気がするわ」
「だよね。羽生えるよね」
金曜日の夜が、春の空気が、心を軽くする。
夕方、客先から戻り、うなだれ、打ちのめされた感情が、夜の風の中に散っていく。
前を走る篤志の背中を見ながら、今日会えた偶然に、莉桜は感謝した。あのまま帰っていたら、しょぼくれ、ベッドにつっぷし、まだ泣いていただろう。
不思議だ。久しぶりに会ったのに、違和感がない…。
話を聞いてくれる。気持ちに寄り添ってくれる。自分も同じだよ、と言ってくれる。
同期だから、発展途上の者同士、至らないことの多い、まだ道半ばの自分たちの未来を、一緒に切り拓いていこう、そう言って励ましてくれた。
まだこれからなのだ。社会に出て、まだ二年しか経っていない。ようやく三年目、これからなのだ。
ビルの明かりに照らされた美しい夜の街を、自転車はぐんぐんと進んでいく。
心の荷が解ける気がした。