(3)
「中高校生の頃ってさ、思春期で、いろいろ揺れるじゃない」
アンノジョーが続ける。
「いろいろ苦しい時期だと思うんだよね。子供から大人へ脱皮する転換期だからさ」
脱皮する転換期、表現が作家…と思うが、余計な口をはさまず、黙って聞く。
「だけど、しんどい時期を越えても、また困難に直面したり、大変なことが起きたりするわけじゃん。なのに、そうまでして生きている意味はあるのか、生きる意味ってなんなんだろう、とか思っちゃったんだよね」
篤志は真剣に聞いている。
「多分、そこが原点なんだ」
アンノジョーは言葉を継ぐ。
「悩むのは苦しいばかりで、沼に足を取られ、沈み込んで這い上がれなくなるような感覚だった。今まで自分はどうやって笑っていたのかも、思い出せなくなってた」
宙に霧散し、消えてゆく友達の言葉を、きちんと心に留めておこうと篤志は思った。
「別に大したことがあったわけじゃない。大切な誰かが亡くなったとか、そういうことじゃないんだ。ただ、周りと話があわない。感情を共有できる人がいなかった。自分は生きることの意味に悩んでいて、答えが出なければもう生きていけない、くらいに思いつめてたんだ。だけど、周りはケラケラ笑って、思慮深さとは無縁なところで生きているように見えて、誰とも分かり合えない。集団の中にいるからこそ、いっそう強く感じる孤独があったんだ」
アンノジョーは手元のナッツをつまみ、口に入れた。
「今思うと自分だって、周りを理解できていたわけじゃない。思いつめるって、悩み過ぎて、考えが狭くなることなんだよね。視野も狭くなっちゃって、自分のことしか考えてないんだよ。自分のことで精いっぱい、自分をわかって欲しい、誰かに受け止めて欲しい、この感情を誰かと共有したい、そう思っていただけなんだけど」
「ただそれだけのことなんだ」
とアンノジョーは言った。
たったそれだけのこと…
その感情の切なさを、行き場のない心の在りようを、どうすればいいだろう。
「そこからどうしたの?誰か助けてくれる人はいた?」
「学校に常駐しているスクールカウンセラーの先生がいてさ、進路相談とか、けっこうみんな自由に出入りしていて、高二の時にその先生と話す機会があって」
「へぇ」
「相手はプロだからさ、話を聞くのがうまい。とにかく聞いてくれる。ひたすら聞いてくれるんだよ。話を聞いてもらえると、人はこんなにも救われるんだ、ということを初めて知ったんだ」
「うん、それで」
体がぐいっとアンノジョーの方へ寄る。
「そしたらさ、先生が言ったんだよ。悩むのは、素晴らしいことよって。そんなこと思ったことないわけよ、こっちは。ただ苦しいばかりで、そこから逃げ出す方法を模索してるわけだからさ。だけどさ、悩むことには意味がある。現実と理想のギャップが悩みとなって、そこに成長が生まれる。それをひとつ乗り超えることで、ひとつ大人になる、人格の成長がある、みたいなことを話してくれたの」
「うん」
静かに、力を込めて同意する。
「本当は生きることの意味はなんなのかを教えて欲しかったんだけど、ズバッとは答えてもらえないんだよね。人それぞれに違うものだからって。その問いを抱えながら生きていけばいいんじゃないかと言われたんだ。生まれた時からインターネットがあって、検索すればすぐに答えが出る世界で生きてきて。でも、これだけは、自分が生きることの意味は、自分にしか答えられないんだということを、先生から学んだんだよ」