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丸腰の平社員  作者: Shiho
アンノジョー
43/87

(2)

「アメリカで展示会があってさぁ、五十人くらいのセミナーでプレゼンしなきゃいけなくて」

「お前、英語できたっけ?」

「いや、全然。もう必死だよ。気が抜けなくて、毛が抜けたわ」

「えっ、大丈夫かっ。髪は男の命だろ」

「それを言うなら、女の命、な」

下らない篤志のつっこみに丁寧に答えてくれる。


「仕事で揉まれるって、こういうことなんだと痛感したよ」

見たところ頭髪に異常はない。とりあえず大丈夫なのだろうか。


「いや、すごいじゃん。見たかったわ。動画とかないの?」

「え?あるけど、見る?」

動画の中のアンノジョーは、本人の言葉とはうらはらに、堂々とした態度でプレゼンを行い、聴講者からの質問にもきびきびと答えていた。


「すごい、アンノジョー、かっこいい!バリっバリ英語じゃん」

篤志は驚嘆し、絶賛する。


「いやいやいやいや」

アンノジョーは、刺身をつまみながら言葉を返す。


「もう必死だよ。準備が9割だからさ、当日なんていうのは残りの1割だよね。それでも英語だからさぁ、まったく気が抜けなくて」


プレゼンのために登壇したのは自分一人であるが、そこに至るまでの準備を組織一丸となってやり抜いた。


「毛が抜けるほどしんどかったけど、こんな経験させてもらったら、成長しないわけにはいかないよね」

そう話す横顔には、達成感と、充足感が見て取れた。


「スタートアップの小さな会社だから、創業者が目の前にいて、信念とか、夢みたいなものを語る姿を、毎日見ながら仕事をしてるんだけどさ、臆せず語るその姿に惚れちゃうんだよね。ついていきたいって思っちゃうの」

「そっか」

「篤志の会社みたいな大企業では、大企業でしか出来ない仕事があると思うんだけど」

「うん、そうだね、でも、そこは比べるところじゃないよね。それぞれに長短があるわけじゃない」

「うん、そうなんだ、そうなんだよね」

かみしめるように、アンノジョーはうなずく。


「またビールでいい?」

カラのジョッキを差し、通りかかった店員に声をかける。


「土日は?ちゃんと休めてるの?」

篤志はサラダを取り分け、アンノジョーの前に置く。


「うん。俺、最近やってることがあってさ」

「へぇ、なに?」

「小説家になりたいんだよ」

「なにそれ、初耳。聞いちゃっていいの?」

「高校生の頃から書いたりするのが好きでさ、つらつら書きためてたんだよね」

「へぇ、知らなかった」


「社会人になって、仕事もそれこそ苛烈に忙しくて、本業だって勉強しなきゃいけないことだらけだし、言い訳すればキリがないんだけど」

「うん」


「自分が本当にやりたいことなんて、やらなくても誰も困らない。でも自分は知っている。自分の本当の気持ちを自分だけは知っている。俺が一番にやるべきは自分の人生を生きることで、それをないがしろにすることは出来ない」

宵闇に浮かぶ友人の表情は真剣だ。


「アンノジョーかっこいい」

「いや、やめて。まだ何も出来てないから」

「きっと出来るよ。だって、もう始めてるんでしょ。最初の一歩が一番難しいんじゃないの?始めちゃえば、自走していけるものなんじゃない?」

「そうなのかな…。でも、あきらめずに続けてみたいんだ。続けてさえいれば、いつかきっと、何かしら形になると思う」


「出来たら読ませて」

「いや、ムリ」

「なんでだよ、俺を最初の読者にしてくれよ」

「だって、お前、読んだら惚れちゃうよ」

「それはない」

二人は破顔した。


「失礼しまーす」新しいジョッキがテーブルに置かれる。


「どうして、書きたいと思うようになったの?」

「あのねぇ」

アンノジョーは、思案し言葉を探す。


会話が途切れると、とたんに周囲の喧噪が耳に入って来る。

「正直、夏って暑いじゃないですかぁ」

隣のテーブルでは、大学生らしき女の子たちが高い声でさえずり合う。


ねぇ、君、その「正直」は、どこにかかるの?

言葉の使い方が間違ってやしないか、と突っ込みたくなる。

若い女子の生態は謎に満ちている。



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