(1)
本社ビルの一階にあるスターバックスは、昼間と異なる空気をまとっていた。仕事上がりの莉桜は、窓際のカウンターに座っていた。
まぶたの裏が熱い。油断すると涙がこぼれそうになる。
泣いても仕方がない。なにも解決しない。こんなところでしょぼくれて泣くことには、なんの価値もない。こんな感情に没入することに意味はないのだ。
そう自分を叱咤すれど、立ち上がる気力がわかず、うずくまり、かれこれ三十分ほど膠着していた。
昼間の失態が心を埋める。気持ちを落ち着かせ帰ろう。勉強するしかないのだ。
そう思ってはみたものの、負の感情が波立ち、覆いつくす。
ダメだー、こぼれる涙をせき止めようとダッシュでカバンの中のハンカチを取り出そうと視線を動かした時、窓の向こうに見知った顔があった。
急いでハンカチで顔を抑えながら、少し驚いたようなその顔と、無言で向き合う。
窓ガラス一枚挟んだ駅前の広場に、篤志がいた。固まったように莉桜を見つめ、視線をはずす。やおら、スマホになにやら打ち込み、画面を指さし合図をしてくる。
「え…」涙でうるむ鼻をズズっとすすり、自身のスマホを確認すると、メッセージが入っていた。
「どした?」
顔を上げて篤志を見る。彼はスタスタと広場のベンチへ移動し、さらになにやら打ち込んできた。
「ひとり?邪魔なら帰るけど、メシでも食いに行く?」
突然目の前に現れた同期。いつぶりだろうか。かれこれ一年以上は会っていない。ハンカチを握りしめたまま数秒固まり、逡巡する。涙は止まるだろうか。今の自分は、人とまともに話せる状態だろうか。
ためらいながら「ありがとうございます。五分くらい待ってもらえる?」とメッセージを返した。
すぐに既読が付き「いいよ、ゆっくりで。ここで待ってる」と返事がきた。
莉桜は、握りしめたハンカチを顔に押しあてた。篤志も帰るところだったのだろうか。
深く息を吸い、そして長く吐く。酸素を取り込み、自身を立て直す。涙を体内に押し戻す。
ハンカチ越しに外の篤志をそっと見る。篤志はイヤホンを差し、肘を膝につき夜空を見上げていた。
ハンカチをカバンに戻し、窓に映る自分の顔を確認する。泣き顔に眼が腫れている。
涙に汗ばみ、額にはりついた前髪を軽くほぐし、カバンにスマホをしまうと、立ち上がり、店を出た。
四月の夜風に背中がすっと冷える。
篤志のもとに近づくと、彼は座ったまま「お、早い。久しぶりだね」とひとなつっこい笑顔を見せた。ああ、そうだ。こういう人だった。スッと来て、隣に立ち、空気のように助けてくれる人だった。
二年前、新入社員研修で出されたプログラミングの課題がチンプンカンプンで、どうにもならず追い詰められた時もそうだった。
研修で同じグループだった篤志が見かねて、十一時まで駅前のカフェで教えてくれた。
いつもいつも助けられてばかりで、三年目になっても変わらない。自分がなさけなく思えた。