妥協
1995年 リムソンシティ 中央区
デゥラハンがブルーライオンズが管理するモーテルに入っていくと「遅いですな。」と鋭い声が飛ぶ。ロビーのソファにヤクザ武剛組組長高田と武剛組若頭久本が座っていた。
「すまん。ちょっと最近バタバタしていてな。あんたらに仲介された腐敗軍人どもの件で。」と厭味ったらしく答えたデゥラハン。だが高田はそれに対し、静かに告げる。「我々が甘かったみたいだ。」「あん?何の話だ?」「腐敗軍人との同盟はあんたらに任せたつもりだったが、そう思わねえ奴らがいるようだ。」と高田。「ほう?そいつらとは?」「中国人だ。奴らは前島を殺した。」「何だと!?」「本当だ。奴らの反乱分子を名乗る連中が武器取引を持ち掛けてきた。前島がその商談をまとめようとしたが、奴らは恐らく商談場所である前島商事を爆破した。」「爆破!?」デゥラハンは驚きのあまり高田の話をオウム返しすることしかできない。「ああ。前島の帰りが遅いから俺が見に行ったんだ。そしてらよお・・・前島商事が爆破してるじゃねえか!そして軍人と組むな、みてえなメッセージの書かれた旗が立っていたぜ。」と言うのは久本だ。「前島は・・・俺の舎弟だ。奴を殺したクソどもの排除を手伝ってくれ!」久本は泣き叫ぶ。中国人に殺された前島に相当な思い入れがあるようだ。
「ああ・・・お悔やみを申し上げる。だが、現状我々はメキシコ人やハイチ人、ラキア人への対応で忙しい。軍人どもに頼めないか?」「ああ、確かにこれは我々と軍人の問題だ。だけど、そこにはあんたらも関わっている。」「ん?」「現状貧民街にいるのはあんたらソマリア系黒人、あんたらのライバルであるハイチ系黒人やラキア系黒人、メキシコ人、そして中国人だ。」と高田。「・・・そうだな。だがあんたらは興味のねえだろう。貧民街での売人の情勢など。ヤクには関わらねえってのがあんたらの方針だろ?」「確かにそうだ。だが今回は俺等の戦争とあんたらの戦争が連動している。同盟を結びたい。」「同盟ねえ・・・ところで約束の日にハングレからブツを受け取れなかったがな!俺等があんたらの取引先の軍人どもを手伝う代わりにハングレが仕事をしてくれる筈だろ?」「おっと、連絡がいっていないようだな。」「あん?」「すまない。あとでハングレの連中にはヤキをいれておく。」「何があった?」その次の久本の言葉にデゥラハンは頭を抱える。「運び屋をする予定だったハングレの奴らは殺された。郊外で死体が見つかったそうだ。恐らくシルバーウルフとハロルドの取引場所だ。あんたらがハングレに依頼した企みがバレたようだな。」「何と・・・」「ハングレの奴らは俺等と違い、仁義もクソもねえチンピラだ。だが奴らだって俺等のシマの住人。あんたらの責任で日本人が死んだ。我々と同盟することで償ってもらおう。」「ああ・・・仕方ねえ。中国人どもをぶっつぶそう!」「ああ、感謝する。」
ヤクザ二人は立ち上がるが、それをデゥラハンが呼び止める。「どうした?」「あんた、まだ軍人どもには連絡とれるか?」「ああ。今沖縄でファーストオブアメリカンズと俺等善輪会の支部が武器取引してる。奴らを通じて連絡は可能だろう。それがどうした?」「よく考えてみてくれ。中国人は何故あんたらが軍人を俺等に引き合わせたこと知ってんだ?何故俺等がハングレにさせようとしたことがハロルドやシルバーウルフにバレてる?それからもう一つ妙なことがある。ラキアンカルテルにも俺等の動きが伝わっていた。うちは奴らに貧民街の秩序を乱すなと警告されたぜ。」「ほう。軍人の奴らがあんたらや我々の敵に情報を流してるかもしれねえと?」「ああ。奴ら全員を疑ってるわけじゃねえ。だけど敵と組んで儲けようとする野郎が軍人どもの中にいるのじゃねえかと俺は睨んでる。探りを入れてみてくれ。」「分かった、調べてみよう。よし、同盟成立だな。」「ああ。」
デゥラハンと高田は握手を交わす。
二日後
「やべえぞ新人、大役を授かった!」デゥラハンの家から出てきたパッチドは興奮した様子でライアンに告げた。「うん?」「中国人を潰すのさ!」「中国人?軍人どもが潰してくれるんじゃ?」「いや、デゥラハンはヤクザどもとの同盟を承認した。黒人・日本人対メキシコ人・中国人だ。今から奴らを潰す。」
2時間後 チャイナタウン
「ここか?」車の中から「ガウ物産」を眺めて尋ねるライアンにバイニーが答える。「そうだ。ここはリムソン・トライアドでヤクを扱ってるガウ一家の倉庫だ。恐らくここにヤクが保管されているんだろう。」「じゃあ。行くか。」と言って下りようとしたライアンをパッチドが引き留める。「待て待て新人。奴らの様子が分からねえ。おいダッツ、行けるか?」
パッチドが話しかけたトランシーバーからダッツの声がした。「ああ、行けるぜ。」そうして一台のトラックが入っていった。
ダッツは刑務所で知り合った友人の中国人ロンと共に倉庫に潜入する。ロンは出所後にはチャイナタウンに住んでおり、そこで故買屋を開業した。故買屋ロンはガウ一家とも取引をしているためよく納品のため倉庫に入る。そこで「ロンの雇った用心棒」としてダッツも潜入し、様子を見ることになっている。
「トランシーバーを一回切るよ。」と声がした。「中の様子次第では応援を呼んで突入だ。ライアン、お前が名誉を回復したいのは分かるが少し待て。」
そのとき、中から銃声。「うん?」
トランシーバーが付いた。「おいダッツ、中はどうなってやがる!?」しかし聞こえたのは女の声。「あらまあ、お気の毒さま。ロンは死んだわ。あなた達の仲間はダッツにたぶらかされたようね。それが運の尽きね。」「まさか・・・」「黒い友人さん達、そんなに悲しまないで。ダッツは生きてるわ。声を聞かせてあげる。」そうして女の声が途切れると同時にダッツの声が聞こえる。「俺は無事だ。まあ拘束されてるがな。まさかマナンがいるとはな・・・うっ!」「あらあら、少しおしゃべりな方ね。」「おいダッツ、大丈夫か!?ダッツ!・・・マナン、てめえはチャイナマフィアの大ボスダンの愛人だろ。奴がいなくちゃ何も出来ねえくせによお!ダッツをどうしやがったか言え!!」「まあ落ち着いて下さいな。彼は無事ですよ。スタンガンで眠らせているだけです。でも彼の命をどうするかはあなたの決定次第。どうしますか?」「・・・くそ!俺はボスじゃねえ!決めるのは俺じゃねえ!!とりあえずボスが決める。ボスの決定が下るまでダッツは生かしておけよ。じぇねえとてめえの喉を・・・」「はいはい、分かったわ。三日後までよ。それまでに連絡がなかったら・・・決まっているわよね?」「はいよ。」
トランシーバーが切れると「くそ!」と言ってパッチドは怒りをダッシュボードにぶつけた。「何故奴らにバレた・・・とにかく戻ってボスに報告だ。」
30分後
デゥラハンは杖で花瓶を叩き落とし、テーブルをひっくり返した。「くそ!どうなってやがるんだ!!なぜどいつもこいつも上手くいかねえんだ!?あん?ダッツが捕まっただと!!」「・・・本当に済まねえよボス。」と怯えながらパッチド。「くそう・・・どうしたもんか?」暴れていたデゥラハンは怒りを鎮めると静かに言う。「パッチド、てめえはアブデゥライの手伝いをしてこい。俺はデックのクソ野郎を問いただす。新人とバイニーをもらうぞ。」「了解ボス。」打ちひしがれるパッチドの肩をデゥラハンの妻カーサが叩く。彼女にデゥラハンは怒鳴りつけた。「俺の手下のことはいい!花瓶の破片とテーブルを片付けろ!」
夫が不機嫌になったらいう事を聞かないと厄介になると知っていたカーサは静かに頷くと作業を開始した。
バイニーと共にボスの家の玄関口に向かうライアン。「それにしても、驚いたな。」とバイニー。
彼が言うのは、パッチドを通じてボスが不機嫌になった出来事についてだ。デゥラハンの話によると、何と貧民街にデック率いるサイード・カルテルの傭兵部隊が現れてピンキーライオンズの同盟者である腐敗軍人達の拠点を襲撃したのだと言う。彼らは拠点をつぶすのみならずそこにいた軍人達を皆殺しにし、彼らが保管していたヤクも奪った。
「よし、ついて来い。お前らは護衛だ。デックの野郎は俺だけと話そうとするだろうが今回は俺が話の主導者だ。奴の好きにはさせねえ。お前たちは護衛しろ。」と出てきたデゥラハンは怒気を含んだ声で言う。
20分後
「なるほど。それであんたは私に抗議をしに来たと?」「そうだ!俺らピンキーライオンズと奴らは同盟を組んでるんだ。奴らをつぶせばあんたの最重要顧客である俺等の立場も危うくなる。分かるだろ?」「ああ・・・申し訳ないが私の最重要顧客は現状のところシルバーウルフだ。彼らが開始した取引は順調のようだぞ。運び屋の日本人ギャングが裏切っていたことが発覚したみたいだがな。」「おいおい、そいつらの取引は俺等から奪った奴だろ?」「かもな。だが私の知ったことではないぞ。とにかくだ・・・」デックはデゥラハンに顔を近づけた。「私は勧告するよ。あの軍人どもと手を切れ。貧民街の秩序を乱すあの狂暴な連中と組むようであれば私はピンキーライオンズへのヤクの供給を停止せざるを得ない。」「・・・何故だ?」「奴らはメキシコ人、中国人、そしてハイチ人とラキア人の排除にも動き始めている。だから我々が貧民街の秩序を取り戻す方向に結束した。」「あん?どういうことだ?」とデゥラハン。ライアンは怒気を含んだ声に固唾を飲む。
「私はな・・・チカーノのホーミーたち、トライアドの幹部と話した。」「何だと!!」「彼らも私も分かってる。自分達の利益を守るためには現状は手を組まざるを得ない。メキシコ人、中国人、そして黒人。私は黒人代表として彼らと話し合った。そして現在・・・一時的な同盟を結んでいる。あんたらも加わらないとヤバいことになる。」
「くそ!」と叫んぶデゥラハン。「どうするんだボス?」と恐る恐る聞くバイニー。デゥラハンは「畜生・・・仕方ねえ。デックのいう事を聞こう。奴からのヤクの供給がなくなれば俺等は終わりだ。俺等は軍人と手を切る。そしてデックの野郎を通じて中国人にダッツを解放させる。」
「ああ、ところでボス・・・」とライアンが口を開く。「ん?何だ新人?」「デックは隠し事してないように見えたな。」「ああ、それがどうした?」と言って睨むデゥラハンを見てライアンは少しためらったが、自分の思いを言うことにした。「多分軍人じゃない。」「は?」とバイニー。「俺等の取引を奴らにもらしたのは軍人側じゃない。」「じゃあ誰だ?」「ああ・・単なる推測かもしれないけど・・デックの話に出てきたのはメキシコ人と中国人との合意だ。彼の話には軍人の裏切り者は含まれていない。」それを聞いてバイニーが考える。「ボス、こいつ意外に頭切れるな。もし抜け駆けして利益を得ようとする裏切り者の軍人がいるならデックに接触するだろう。だがデックはそいつの話をしなかった。」「ああ、裏切り者は奴らの中にはいないか。」「ああ。だがシルバーウルフや中国人に俺等の事をもらしたのは・・・誰だ?」
ライアンは口を開きかけ、ためらっている。「おい!言いたいことがあるなら言え!」といらいらするデゥラハン。仕方なくライアンは自分の考えを伝える。「裏切り者は俺等ピンキーライオンズの中にいると思う。」
同時刻
「ああ、よかったパッチド!」グテーレスは入って来たパッチドを出迎える。「おいおい・・・ライアンという男がいながらどうして俺に抱き着く?」「ねえ!やっぱりライアンがギャングなんて耐えられないわ!どうにか彼を抜けさせて!あとここの家の護衛はいらないとボスに伝えて!もういやよ。」「グテーレス・・・」「私ライアンとここを出るわ。」「おいおい・・・グテーレス、分かってるだろう?ギャングに一度入ったら抜けるのは難しいし、俺には抜けさせる権限はない。」「ねえ・・・お願いよ・・・あなただって前私たちに移住を勧めていたじゃない!」「ああ、そうだったな。だけどそれはライアンをギャングに入れないために説得していた時の話だ。だけど・・・奴はもうギャングに入っちまった。遅いんだよグテーレス。」「そう・・・でも私どうしたらいいのかしら?」「ああ・・こうなったらライアンの奴に合わせるかあんたが一人で移住するか・・」「ねえ!私妊娠してるの!最近気づいたわ。どうしたらいいかしら?」「何だって!?ストリップクラブの客の子か?」「いいえ、私とライアンの子どもよ。私はストリップクラブでは『お持ち帰り』だけは断ってたの。性行為をしたことがある男はライアンだけよ。」「そうか・・・」
パッチドは困ってしまった。赤ん坊をこんなギャング地域で育てたら多分その子は幸せな人生を送れないだろう。だがライアンにグループ抜けさせるのは困難だ。パッチドの心は揺れ動く。
二日後
ログハウスを入ろうとしたライアンをデックがとめる。「会合は私とデゥラハン、ミシェルだけで行う。君のような護衛は皆外だ。シルバーウルフもそうしてる。」そしてデゥラハンが頷いたのでライアンはログハウスの階段前に立つ。
シルバーウルフの護衛が近づいてきた。大柄な男で、筋肉もある。銀色の鼻ピアスを付け、丸く剃り上げた頭には恐ろしい狼の入れ墨が彫られていた。そしてその顔はサディスティックだ。危険な男であるというのが直感的に分かる。
「よお、ピンク野郎!見たところ新人だなあ!」その大男はライアンに近づく。後ろから警戒するようにラキアンラッツのメンバーがピストル片手についてくる。
「な、なんだよ・・・」ライアンは自分でも情けない裏返った声で返す。「お前さあ・・見たぜ。」「は?」戸惑うライアン。「ハハハハ、先日俺等の工場に突っ込んできやがった奴らのうちの一人がお前だな?」震えるライアンを見て男は残酷に笑う。「ハハハ、怯えるんじゃねえよ若造!ここはラキアンラッツの縄張りだし、サイード・カルテルのデックの拠点だ。だけどなあ・・・」そう言いながらその男はラキアンラッツのメンバーを振り返る。「少し手合わせするくれえならいいだろ?無論俺もおいつも武器を預けるぜ。」するとラキアンラッツのメンバーが顔を見合わせ・・・笑い出した。「いいぜ、やれよ。さあ武器を。」
「おい小僧、こいつらに武器を渡せ!」「おい、ちょっと待て・・・」するといきなりラキアンラッツのメンバーがライフルを突き付けてくる。「大人しく武器を渡せ。俺等のシマ内だぞ!」慌てたライアンは武器を渡してしまう。
直後、いきなり顔面にパンチが飛んでくる。あまりにも強い力にライアンは倒れ込む。「へいもらった~!」狂気に満ちた顔で相手の男はそのままライアンにのしかかり、顔にパンチを叩きこむ。「小僧、あまりにも弱すぎるぜ。」
歯が折れ、血が流れる中でライアンは悟った。ここにいるシルバーウルフ側の護衛は危険な奴で、それを煽って面白がっているのがラキアンラッツだと。ここには味方がいない。そして新人であるライアンにとって、それは恐怖であった。
慌てたライアン相手の巨体を押しのけようとするが相手はにやにや笑う。「おいおい、拍子抜けだぜ!」ライアンはうめいた。その顔にパンチが飛んでくる。
ログハウスの中では話し合いが終わろうとしていた。「よしデゥラハン、君が合意してくれて助かるよ。我々は軍人どもを潰す。貧民街から追い出すんだ。明日、トライアドとチカーノとの会合がある。黒人街が全面的に協力する意向を伝えておくよ。」「ああ。だが・・・約束を忘れるなよ。」とデゥラハン。「もちろんだ。トライアドの連中には人質のダッツを返すように言うよ。奴らだって馬鹿じゃない。あんたらが協力することを知ったら返還するだろう。」「助かる。」とデゥラハン。
そのとき、「くそ!」という声が外でした。「あれは俺の手下の声だ!」ミシェルが言い、外に飛び出す。その後をついていったデックは「全く・・・」と言って溜息をもらす。
そこには血を流して倒れているシルバーウルフの護衛、その横で血まみれのレンガを持って膝をつくライアンの姿があった。
ライアンは動転して自分の手に握られているレンガを見た。そして目の前の護衛。恐らく息をしていない。周りにラキアンラッツのライフルが突きつけられるのを感じる。
やってしまった・・・・恐怖感に捕らわれたライアンは近くにあった花壇の縁であるレンガをつかみとり、相手の頭に叩きつけたのだった。そしてそれは致命傷となり、相手は死んだ。それもボスとシルバーウルフのボス、サイード・カルテルの幹部の前で。