入団儀式
1995年 リムソンシティ サン・ドリル地区
今夜も銃声と怒鳴り声が地区の中に響き渡る。
銃声に怯えて覆面の下で冷や汗を流すライアンは同じく覆面を付けた兄のパッチドに頭をはたかれる。「おいおいライアン、びびるなよ!お前が知っての通り俺はギャングメンバーだ。だけど抗争には関与させねえよ。少し欲しいものがあるから盗むのを手伝えってだけだぜ。」「だ、誰から盗むんだ?」「ああ・・・モリス爺さんからだよ。」「モリスから!?あいつは元ピンキーライオンズメンバーだろ?まずいんじゃないか?」「何言ってやがるんだか。奴なら大丈夫だ。実はな、ボスも奴の一派は嫌ってるんだぜ。モリス爺さんにはダメージを与えたいんだよ。」
こそこそ話す二人はこの地域にしては高級である平屋のマイホームの前についた。「モリスの野郎、贅沢してやがるぜ!」パッチドは舌打ちをするとバッグから工業用のはさみを取り出して敷地を囲む金網を切り始める。「見張ってろよ。通行人がいたら軽くピストルで脅してやれ。」「わ、分かった。」汗ばむ手でピストルを握りしめるライアン。まだ射撃場でしか使ったことがない。
「よし、入るぞ。」金網を切り終えたパッチドはモリスの敷地内に侵入した。「お前はあの車に侵入しろ。ピッキングのやり方は覚えたろ?運転席のドアをそれでこじあけろ。」「え?」「ハハハ、俺が奴のちゃちい宝石やボクシング大会のトロフィー、高級煙草で満足すると思ったか?奴の愛車を逃走車として使って逃げるぞ。」「だけどそうしたらモリスに犯人がバレ・・・」「おいおい、お前は昔から間抜けだよな。車はラッグのガレージに運ぶさ。明日朝一で塗装とプレートの付け替えをしてもらう。無論盗品はボスのコネで故買屋に売りさばくしな。女房を虐待してヤク漬けにした挙句自殺させることしか能のねえモリスにはバレねえさ。さ、取り掛かれよ。俺が盗みをしてる間車で待機してろ。俺が乗ったらすぐにエンジンをかけるんだ。分かったな。」「ああ、分かったよ。全く・・・」ライアンは渋々ピッキング道具を手に取って車に近づいた。
前車を盗んだときのことを思い出す。鍵穴があるタイプの車はピッキング道具でこじ開ける。この棒を差し込んで・・・
いきなり車からビービーと音が鳴る。防犯対策だろう。「くそっ!」ライアンは震える手でピストルを取り出し、玄関前の繁みに隠れた。
突然窓が割れ、巨体が窓を突き破って落ちてきた。「コソ泥が!俺が誰だか・・・」太った男は立ち上がるが、直後黒い影が男の前に降り立って男の二重顎にパンチを食らわせる。「うっ!」男はうめいて倒れ込んだ。
黒い影はパッチドだ。ライアンは大慌てでモリスの車の運転席に乗り込み、エンジンをかける。助手席にパッチドは転がり込み、「早くしろ!」とせかす。ライアンはアクセルを思いっきり踏んで柵を突き破る。
「ごめんよ兄さん・・・」「ハハハハ、気にすんなよ。車一つ盗めただけでも収穫にはなる。ラッグに塗装してもらったら故買屋に売りつけて大儲けさ!」と陽気に笑うパッチド。だがライアンは不安そうだ。「サツにばれねえかな?」「あん?大丈夫さ。モリスの野郎はヤクとポルノビデオの売人だ。奴はサツに関わるのを避けて盗難届を出さねえ筈だぜ。」「・・・なるほどな。さてと・・・ラッグを叩き起こしに行くか?」「ああ、そうしよう。その後は俺のアパートに来い。お前の大仕事に乾杯だ。」
翌日
ベッドから起きたライアンはベランダに出た。恋人で同棲しているグレーテスがトースターをかじっている。彼女は「おはよう」と言ったライアンに見向きもせずに「朝食は台所よ。」と冷たく言う。
「はあ・・・昨日の夜はすまなかったよ。お前と過ごせなかったな。」すると激しい動きでグレーテスは振り向いた。「すまなかったですって!?全く・・・あんたのために私は中央区のストリップクラブに出かけて行って変態な豚どもの相手をしてきたばっかりだというのに、あんたは私に礼を述べるどころか出かけていた!?何をしてたのよ!」「ああ・・・ちょっと兄さんとな・・・」「はあ・・・いつもいつも『兄さんと』、『兄さんと』もううんざりよ!」これに対してライアンも怒る。「おい、俺が何のために兄さんの仕事を手伝っているか分かってんのかよ!?お前がストリップクラブで働かなくてもいいように俺は兄さんの仕事を手つだって金を稼いでる!お前のためだ!お前の苦労も分かるがな、少しは俺のことも考えてくれよ!」「ふざけないで頂戴!それはこっちのセリフだわ!」グレーテスは立ち上がり、椅子をけ飛ばすと「もう行くわね。またあんたのために変態の相手をしてくるわよ。」と言って庭に下りて行った。
「あの癇癪持ちが・・・」溜息をついてライアンは煙草を取り出した。
同日 夜
朝から続くイライラを吹き飛ばすためにライアンはコーヒーを持ってベランダに出た。すると丁度アパートの敷地内にパッチドのピックアップトラックが入ってくるのが見えた。そしてそのトラックの荷台には何故かグテーレスのバイクが乗っていた。
トラックの運転席からはパッチド、そして助手席からはグテーレスが下りてきた。
「で、相談ってのは何だ?」ソファに腰を下ろしながらライアンはパッチドに尋ねた。パッチドは向かい側のソファに腰を下ろすと口を開く。「今日グテーレスから相談を受けた。あんたの態度についてだ。」ライアンはそれを聞き溜息をつく。そして台所にいるグテーレスに声をかけた。「兄さんまで巻き込んで何がしたい!」だがそれに対しグテーレスが口を開こうとした時、パッチドがライアンの肩に手をかける。「いいか、グテーレスはお前を愛してる。故に心配してるんだよ。お前がギャングの手伝いをすることをな。お前は分かっていないと思うが、俺たちの住む世界は危険に満ち溢れている。ハイチ人やラキア人、メキシコ人との抗争、サツの監視、ヤクの取引・・・リスクが高いものばかりだ。お前は・・・まっとうな仕事を探せ。」「おい兄さん、どうしちまったんだよ。最近の仕事は兄さんのほうから誘ってきたじゃないか!」「ああ、そうだな。だけど思い出せよ。お前が俺に稼ぎたいからギャングに入れてくれって頼んできたのがきっかけだろう。だから俺はお前を仕事に誘ったんだ。」「ああ、そうだよ!だけど兄さんはいっこうにピンキーライオンズの人たちに俺を紹介してくれねえ。いつになったら入れてくれるんだ・・・」そのとき、サラダを運んできたグテーレスが会話に参加する。「お兄さんはあなたにはギャングになって欲しくないのよ。それは私も同じだわ。ギャングは過酷な世界よ。あなたのお父さんはハイチ人に殺されて亡くなった。私の弟もよ。どっちもピンキーライオンズに属していたわ。」「そんなことくらい分かってる!だけど死んだ父さんの遺言は俺をギャングにすることだった筈だろ兄さん。」「ああ、確かに最期の言葉はそうだった。だけど遺言状には書いてねえ。」とそっけなく言うパッチド。「ふざけんな!遺言状が全てじゃないだろ!」するといきなりパッチドがライアンを殴りつける。「おい、何するんだよ!」「お前・・・少しは俺の気持ちを考えろよ。俺とお前が子どもの頃母さんは逃げちまった。父さんはギャングではたらきながらも男手一つで俺らを育ててくれたろ?俺は母さんが突然出て行ってさみしかったけどお前と父さんのおかげでどうにか過ごせていたよ。」「はいはい・・・昔話かよ。全く兄さんらしくもない・・・」「頼むから口を閉じて最後まで聞け!で、三年前に俺は父さんを失った。ギャング抗争でな。そのとき俺は思ったんだ。俺の唯一の家族になっちまったお前は危険な目に遭わせられねえってな。お前はグテーレスといういい女もいることだし、この腐りきった街を出て仕事を探せ。グテーレスと一緒に平和に暮らせよ。」「そうよ!ここを出ましょう!」「馬鹿かお前は?俺たちには引っ越す金さえもねえんだぞ。」とライアンは冷たく言う。「ああ・・・金だったら俺が出してやる。お前とお前の恋人を守るためなら何でもしてやるから・・・」「気持ちは有難いけど、俺は父さんの最期の言葉に従うよ。それにグテーレス、俺がピンキーライオンズになったらお前はストリップクラブに行かなくていい。正式な構成員になったら稼ぎが安定するんだ。それにピンキーライオンズのメンバーに妻もメンバーとして守ってもらえる。俺や兄さんだけじゃなくて、メンバー全員がお前を守ってくれるんだ。」「はあ・・・どうしたもんかしら?」そうグテーレスに聞かれたパッチドは溜息をつく。「こいつの強情さには流石の俺もお手上げだ。こりゃ・・・ピンキーライオンズへの入団も認めるしかねえかもな。」
二日後
「兄さん、今日の仕事は?」とピックアップトラックに乗り込んでいきなり聞いたライアンに対してパッチドは短く「今日の仕事は休みだ。お前の将来についてアドバイスをくれる人のところに向かってる。」と言う。「アドバイス?俺の道は決まってるって前兄さんも認めたろ?俺はピンキー―ライオンズに・・・」「ああ、分かってるとも。だけどな、お前はギャングに入るってことを甘く見てる。ギャングはな、生きるか死ぬかの世界だ。俺たちにとって殺人は日常茶飯事だ。敵を殺さねきゃ俺らが殺されるからな。もちろん敵も同じだ。俺らは敵によって何人も仲間を殺された。そして・・・俺らはその復讐のために別の誰かを殺す・・・その繰り返しだ。俺が手伝わせてきた仕事は皆危険性の低いものだ。だがギャングに入った場合全ての仕事に死が伴うんだぞ。それは理解しているな?」「ああ、知ってるよ。だけどうまく立ち回れば兄さんみたいに稼げるんだろ?」「やっぱりお前の考えは甘いな。」「へ?」「構成員になりたての頃は全く稼げねえ。一定の金を組織におさめなきゃならねえんだよ。熟練した構成員になればかなり大きな仕事を任せてもらえるようになるが、構成員になりたての奴はハイリスクローリターンの仕事を割り当てられる。そして少ないリターンの中から組織用に金が差し引かれる。俺は父さんに憧れたピンキーライオンズに入ったが、父さんのサポートがなきゃ挫折していたろうな。」「ああ、そうかもな。でも俺には兄さんがいる。」「ふん。俺か?俺は今やピンキーライオンズが家族だ。俺は先輩連中のサポートで自分のビジネスをやってるんだ。自立できてねえ。お前をサポートする余裕なんてねえよ。」
二人が議論している間にピックアップトラックはとある家の前に停まる。「二階建てじゃねえか!ここらじゃ珍しいマイホームだな。」とライアン。「だろ?ここにいるのはピンキーライオンズの上級構成員のダベスだ。俺がお前の入団希望を伝えてやったよ。そしたらダベスが話をしたいとさ。」「まじかよ!ありがと兄さん!」するといきなりパッチドが頭を叩いて言う。「馬鹿野郎!俺はお前が強情すぎるからどうすべきかダベスに相談したんだよ!」
ダベスは巨体で無精ひげを生やした強面の男だった。唇に切り傷があった。「まあ座れ。」と低い声で二人に椅子をすすめた彼は「ジェマ、お茶の用意はできてるか?」と台所に向かって問いかけた。奥からしわがれた女の声がした。「ええ、できてるわよ。」そしてその直後居間に初老のやせた女が入って来た。手にお茶とクッキーが乗ったお盆を持つ。「やあジェマ、元気だったかい?」とパッチド。ジェマは「あらまあ!」とつぶやいてパッチドにキスをする。「お茶をいただくよ。」「ええ、どうぞ。ところで・・・このかわいらしい坊やは誰かしら?」とジェマは言う。ライアンが眉をひそめるなかパッチドが言う。「こいつは俺の弟のライアンだ。ちょっとダベスに相談があってきたんだよ。」「相談?なら夫より私の方が向いてるわね。よかったら・・・」するとダベスがいきなりテーブルを叩いて怒鳴る。「ジェマ、組織についての話だと言ったろう?すまないが・・・寝室で待ってろ!」するとジェマはパッチドに助けを求めるように目を向ける。パッチドが肩をすくめて見せるとジェマは「夫はいつもこうだから困るわ!」と叫んで荒々しく階段をのぼって行った。
「はあ・・・すまんな。今女房は少し機嫌が悪い。俺がボスの娘を警護してるのが気に食わねえらしい。確かにディーパは美しいがよお、俺はあくまでもピンキーライオンズの一員としてディーパを警護してるだけだ。」「ああ、そうだな・・・で申し訳ないんだけどダベス・・・」とパッチドがダベスの話を中断させる。「ああ、そうだったそうだった、すまねえ。お前の弟の・・・」「ああ、ぼくですか?ライアンです!あなた達の組織に入りたいと思ってます。父さんも兄さんも入りました!それで僕も・・・」「ああ、分かった分かった。たしかにお前から聞いていた通りだなパッチド。こいつは熱意溢れる青年だな。だけどパッチドから聞いた話によるとお前はまだ俺らの世界の危険性を理解していねえようだな?」といきなり睨んでくるダベス。だがライアンは平然と答える。「理解はしてます!兄さんから色々聞いてるし、何より父さんが抗争で死んだことも知ってる。」「ああ、そうだろうな。まあいい、お前の熱意は理解した。だが俺らの危険性を示すエピソードを語ってやる。こいつを聞いても気持ちが変わらなければお前をボスに引き合わせるよ。」「ええ、多分決意は変わらないと思いますけど・・・」「よし、分かった。さっそくだが本題に入る。俺らには入団儀式ってのがあってな、ピンキーライオンズに入る奴は全員儀式を受けてもらう。」「儀式?」「ああ。俺らの場合はまず上級構成員のパンチを交互に受ける。上半身裸の状態でな。酷く強いパンチだから体に多少傷ができるだろう。だけどな、声を出さずに、一度も倒れずにお前はこのパンチをたえぬかなきゃならねえ。これを耐えた者だけが次にステップに進める。次はな・・・血だ。」「血?」「ああ、俺たちピンキーライオンズは仲間の絆を重んじる。仲間のためなら死ぬくらいの覚悟でねえとな。だからな・・・俺らのために人殺しが出来るか確かめる。」ダベスはそう言うと話を止めてライアンの顔を見た。「ほう・・・感心したぜ。こいつは動揺してねえ。かなり俺らの組織に入りてえみたいだな。」「ああ、そうだな・・・」と不安そうなパッチド。
「話を続ける。入団儀式においての殺人任務はボスが考える。俺が入団した時は仲間を殺したハイチ野郎の飼い猫・飼い犬・そして奴が最もよく愛していたインコを殺した。そしてその死体を見て悲しむ奴の目の前で奴の家に放火した。運悪く奴の年老いた母親が尋ねてきていて巻き込まれちまったが・・・そりゃ俺の責任じゃねえ。結局そのハイチ野郎は死んだよ。」「俺はなライアン、貧民街に出かけて行ってトライアド系の売人を二人殺してヤクを奪った。当時はチャイナタウンの奴らがメキシコ人どもと秘密協定を結んでいたからな。メキシコ人どもは刑務所内でのブラックスネイクスとモラティンシンジケートの協定によって貧民街を俺らのヤク売りの拠点として放棄しなけりゃならなかった。だから・・奴らは中国人に貧民街を奪わせようとしてたんだよ。まあ中国人のほうもニューカブキチョーのヤクザどもに対応するためヤクの取引を拡大する必要があったようだからな。で、俺はボスの指令を受けてチャイナタウンの刺客二人を殺してヤクを奪い、当時のボスに届けた。」「なあ、大変そうだろ?で、この殺人指令を全うしたら晴れて組織入りだ。ボスの血を顔にぬってもらい、入れ墨を入れてピンクのバンダナを付ける権利が与えられる。ピンクの服は構成員になってから四年たつまでつけちゃいけねえ。分かったな?」
ライアンはいつも危険にさらされながらも必ず夜に仕事の誘いの電話をかけてくる兄の様子を思い浮かべた。そして考えた。自分もうまくやってみせると。そして彼は遂に人生において大切な決断を下した。たった数秒で。
「分かりました。ピンキーライオンズに入りたい。ボスに会わせてください。」
車に乗り込むとパッチドは確かめるようにライアンには言う。「本当にいいのか?今までのお前の生活を捨てるんだぞ。これからお前はギャングとして生きる。」「ああ、分かってるさ。リスクのある仕事は兄さんとも沢山やってきた。」「そうだな。でもこれからお前が飛び込む世界は・・・殺し合いが日常だぞ。」「もちろん分かってるぜ。でも俺は父さんを殺した奴の仲間を一人くらい殺したい。」「・・・分かった。多分数日後連絡するだろう。入団儀式を通過しろよ。」
2時間後
「ああ・・・ピンキーライオンズに入るのね?」悲しそうな顔で問うグテーレスに対してライアンは明るい口調で答える。「ああ、そうさ!俺の入団が決まったらお前はもうクラブへ行かなくていいぞ!」
グテーレスは溜息をついてパッチドを助けを求めるように見る。パッチドは肩をすくめて言った。「すまねえ・・・」
四日後
緊張感が漂う廃倉庫。そこにパッチドのピックアップトラックが入っていく。
9人のピンク色の服・ピンク色のバンダナを付けた男達が立っている。パッチドも今日はピンク色の服と帽子を着けていた。
ライアンがトラックの助手席から下りたつと同時、奥から白杖を突いた大男が現れた。その姿を見て少し震えるライアン。
大男はランニングシャツを身に着けており、腕と胸が見えている。その腕には無数の切り傷があった。そして胸は抉れたような跡と二つの穴が開いている。そしてなにより強烈なのは彼の目だ。彼の目は・・・無かった。黒々とした眼窩があるだけだ。
その男は冷や汗を流し始めるライアンの目の前に立ち、「ボスのデゥラハンだ。さあ、服とシャツを脱げ。」と言った。ライアンは「はい・・・」と小さな声で答えて服とシャツを脱ぎ、パッチドに渡した。
パッチドが目が見えないボスに「今服を脱いだ」と告げる。デゥラハンは「よし・・・お前はそこに立ってろ。足を肩幅より大きく開くんだ。さあ、誰から行く?」すると立っていた9人の中からダベスが歩み出た。「俺らの厳しさを教えてやろう。」ダベスはそう言うとつかつかとライアンに歩み寄り、いきなり顎を殴って来た。「・・・・!」ライアンは頭まで響く衝撃と口の中に広がる血の味を感じながらも無言で耐えた。「いい根性だぜ。」そう言うとダベスは退いた。次に目の前に現れたのは若い構成員だ。だが身長はライアンより頭一つ分上だ。そしてなにより腕が太かった。その男はにやり、と笑うとライアンの腹にパンチを入れた。骨が砕けるかと思うほど強い力だ。「くっ!」だがライアンはそれも耐えてみせた。少しふらついたが倒れなかった。
その後も腹、顔、胸にパンチを受け止め続けたライアンは視界が赤い液体によって潰されるのをみながらもどうにか耐えていた。
「よし、合格だ。」ダベスからの報告を受けてデゥラハンはライアンの肩に手を置く。だがその瞬間ライアンは足元がふらふらすることに気が付き・・・倒れていた。体が限界を迎えたのだ。朦朧とする意識の中、ライアンの頭の中には儀式の第一段階を突破した喜びがあふれていた。
目を覚ますとライアンは机の上に寝かされていた。腹には包帯が巻かれ、顔には氷の入った袋が乗っていた。
「うう・・・」とうめくライアン。すると「よお、気が付いたか。」と声がした。見るとピンク色のバンダナを付けた初老の男がのぞき込んでいた。「ああ・・俺は・・・」「おっとおっと・・・落ち着けよ。まだ安静にしていろ。今弟を呼ぶ。」「おと、う、と?」絞り出すような声でライアンは尋ねた。すると初老の男は少し笑い、言う。「あまり似てないだろうが・・・というのは異母兄弟だからだが・・・私はピンキーライオンズのデュラハンの兄、アブデイだ。ピンキーライオンズ系の『パイレーツオブサンドリル』の総長をやらせてもらってるよ。弟のようにタフじゃないがね、医者としての腕はいいし・・・何よりヤクにかけてはプロ級だぜ。ぶっとびたかったらいつでも言えよ。」
「回復まではまだかかりそうか?」とデュラハンはアブデイに尋ねた。アブデイは「ああ、そうだな、まだ二日くらいは安静にさせとけよ。」と言う。デュラハンは頷き、「じゃあ・・・儀式の第二段階の説明をするぞライアン。」「はい・・・」痛みに顔をしかめながらもライアンは注意深く聞く。「お前の任務はな、白人野郎を切り刻むことだ。」「はい・・・」「そいつは中央区のある娼館を取り仕切る客引きさ。そいつの抱えている女は皆黒人少女だ。」その話を聞いて少し眉をしかめるライアン。黒人ギャングが殺したがっていて、黒人少女に売春させている白人・・・・かなり闇のありそうな奴だ。「ああ、お察しの通りさ。奴は白人のレイプ好きの暴力野郎どもを客に抱えている。黒人に暴行を加えたい低能な一部の白人の欲求を満たす活動を奴は行っている。黒人少女を犠牲にしてな。」「ああ・・・随分な下衆野郎ですな。」「そうだ。だがそれだけじゃない。奴は昔妻子への暴行罪で捕まったが、そのときホワイトパニッシャーズへ入ったんだ。」「あの白豚レイシストプリズンギャングですか?」「ハハハ、白豚か!いい表現だな。そうだ。奴は黒人排斥主義のホワイトパニッシャーズの一員としてムショ内の黒人を何人か殺した。ここまでの話は分かったか?」「ええ、だんだん話が見えてきました。」「うん、そうだ、奴はムショ内にいた俺らの仲間を3人殺した。奴に娑婆で復讐するのは当然だろ?いいか・・・奴を苦しませるんだ。惨殺だよ。決してピストルで頭を一発撃ちぬいて終わり、とかにすんなよ。」
二週間後 リムソンシティ 中央区
「ここか?」と言ってライアンは目の前の建物を指し示す。
そこは中央区にしては低い建物だ。入り口にあるネオンサインは「黒の楽園」と言う文字を構成していた。真っ白な壁には裸の黒人女性の絵が堂々と描かれていた。入り口の横には同じ形の窓が多く並び、窓の上に取り付けられたプレートは部屋番号を示していた。
「ここだぜ。白豚野郎は父親のモーテル経営を引き継いだが、それをレイシストどもの乱交場に改良しちまった。」と答えたパッチドはピストルとナイフを取り出し、ライアンに渡した。「いいか、失敗は許されねえぞ。野郎は受付にいる筈だ。必ず殺してこいよ。」ピストルの重みを感じながらライアンは答えた。「ああ・・・かならずレイシストに報いを受けさせる。」冷や汗と共に「よし・・・行ってこい!」
バンから下りていくライアンを見つめながらパッチドはつぶやいた。「死ぬなよ、ライアン・・・」
その時後ろの席から声がする。「ようし、風俗店の裏手にバンを回せ!」「ああ・・・」と答えながらパッチドはアクセルを踏んだ。「よっしゃやるか!」後ろに乗っている連中が叫んだ。皆で客を成敗する予定なのだ。
ライアンがドアをくぐったとたん受付の男の目が一瞬丸くなる。「おいおい・・・まじかよ。」そしてその後男がゲラゲラと笑い始める。「こりゃ驚いたぜ!こいつは・・・フハハハハハ!」ライアンは後ろに右手を回し、ピストルをベルトから引き抜いた。ライアンはゆっくりと男に近づく。「すまねえすまねえ・・・ここに黒い肌の奴が来るのは珍しいもんでな!」「ああ、そうかもな・・・ところであんたがゲイリーさんかい?」すると男がいきなり真顔になる。そしてポケットのピストルに手を伸ばしながら問いただした。「てめえ・・・何者だ?」ゲイリーの無精ひげがライアンに迫る。「くそ・・・」ライアンの体は硬直している。男を殺すべきだと分かっているが何故か体が動かない。
「おいおい、どうしたよ坊や。あん?俺の名前を知っているくろんぼはたいていろくでもねえ奴だぜ。」そしてピストルに手を伸ばした・・・・
銃声が聞こえ、裏口で待機していたパッチドはダベスと顔を見合わせた。「どっちだ?」「分からん。まあいい。突入だ!」「よっしゃー!」
ピンキーライオンズの連中が裏口を蹴り開け、近くの個室に飛び込む。「何だ!」中には裸の男女。一人は突然のことに焦る白人男、もう一人は泣いている黒人少女。
「くそ!ぶっ殺し・・・・」腹からあふれ出る血を見ながらゲイリーはピストルに手を伸ばすがライアンが飛び掛かる。「くそ、くそ、くそ、くそ、くそう!」
ライアンは無我夢中でゲイリーの顔を刺す。恐怖でひきつった顔で。何度も何度も刺した。ゲイリーが死んでも刺し続ける・・・・
全ての個室が開き、そこからメンバーが黒人少女達を連れ出す。中には血まみれの白人男の死体。
ダベスは二人の黒人少女に服を着せると彼女たちを連れ出してロビーに向かい・・・慌てて少女達に言う。「目を塞いでろ!」
ライアンがゲイリーを惨殺していた。ナイフで刺しまくり、カウンターに肉片が飛び散る。「そろそろやめさせろ!」ダベスはパッチドに命じた。パッチドはライアンにそっと近づき、肩を強く推した。
ライアンはパニック状態のまま立ち上がって・・・ナイフを下ろした。「兄さん・・・」「よく頑張ったな、見てみろよ。」と涙を流すライアンの頭に手を置くパッチド。
ライアンは見てみた。そこには原型がなくなった死体がある。ライアンはそれを見ると蹲って吐いた。