二十七星 未熟な子供
指輪のスキルが何か確認出来ねぇじゃねか。はぁ……登る方法も分からなねぇしよ。踏んだり蹴ったりか?取り敢えず辺りを探すしかないか。
日が沈みかけ、辺りが夕焼け色に染まる。捜索結果何もねぇ。嘘だろ。驚く事に魔物しか居ない。それも一匹、二匹程だけ!特訓にもならしない。一か八かで壁を登ろうとしたが見事に惨敗。半分程の高さまでが限界だった。
大人しく壁に持たれて休憩する事にした。………我武者羅に方法を探した所為か今疲れが来た。息一つするだけで身体を鮮明に感じる。やれる事だけはやった、普通はこの時点で絶望とか怒り、色んな感情が混ざる筈だ。
でも俺は落ち着いた感覚でいる。強張っていたものが解けていく様なそんな落ち着き。無意識に瞼を閉じる。…………暖かい。体温が上がる訳じゃない、もっとこう精神的な暖かさ。そんな感じだ。気がついた時には俺は立っていた。立ち上がり、壁に向かって走り出した。
さっきは出来なかった。でも今は……不思議と出来る気しかしない。助走をつけて緩やかに脚に力を入れて飛び上がる。半分……いやもう少し高い地点まで飛べた。ここで終わりじゃない。壁を蹴り、更に飛び上がる。壁を優に超え、俺は遂にこの渓谷から脱出した。
腰に手を当て胸を張るメリュモートの姿が何処か腹が立つ。
「よくもやりやがったなあぁあああ!!!」
飛んだ勢いのまま唯メリュモートに対して蹴りを喰らわせようと蹴りの姿勢になる。
「………はぁ、やはり貴様は怒り易いようだな」
「だが、その程度の威力では我に傷などつけられぬな」
「そうこの筋肉の前ではな!」
知るかお前の筋肉なんぞ!!
「さあ、来い!!っっゴフ!?」
「はっは!所詮は見掛け倒しのシックスパックか?この野郎」
「くっ……!我の筋肉が負けただと……」
「やはり人間体は弱点が多いか……!」
後ろに吹っ飛び、片膝をつきながら起きあがったメリュモートは悔しそうに顔を歪めている。歪めた顔を元に戻し、何か腑に落ちた顔に変わった。
「だがまぁ……ある種特訓にはなるか」
「来いユウ、そんなに我と戦いたいならな」
……!?身体が少し重たいのか動きづらい。プレッシャー、或いは一種の恐怖か。今のメリュモートは龍の時とほぼ同じ威圧感だ。ひしひしと感じるぜ。
「なら…お言葉に甘えて」
「行くぞ!!」
嬉しい訳が無い。なのに体は不思議と震える。喜びにも似た高揚と全能感。普段よりも速いスピードでメリュモートに向かう。頭を狙って横に蹴る。頭を下げて回避される。左腕で殴打。左横に身体を捻り避ける。ついでに左踵で弾く。受け身で着地。身体からほのかに青い光が出る。
脳死で突撃。俺は本能に任せるのみ。メリュモートにラッシュを仕掛ける。硬く、重く、木みたく不動。
それでもやり続けるしか無い。
「終わりか?」
「終われる訳がねぇよ」
周りの光が強まる。それでもダメージが上がってる気がしない。腹に蹴りが入った。痛え……。腹ん中全部出そうだ。後ろに飛ばされなんとか立ち上がる。所詮は威勢だけ。それでも俺は……。
「ふむ、まるで駄目だな」
「採点基準を知りたいな」
「ならば我から仕掛けようか」
瞬間メリュモートが俺の背後に移動した。マジかよ瞬間移動か?
「考え事か?」
背中に痛みが奔る。吹っ飛ばされた!受け身が間に合わない⸺
「がっ…!!」
地面に倒れ伏す俺を首根っこを掴み持ち上げるメリュモート。
「威勢だけは立派だがそれでは幼子と変わらんな」
「貴様は大人になりきれない子供で、自分の身の丈を弁えぬ愚か者だ。貴様はその腕がなければ我と対等ですらない」
「うるっ………せぇ」
「………その力は貴様には相応しく無いのかもな?」
悔しいとかそんなんじゃねぇ。この力を否定された時だけ自分を否定された時よりも腹が立つ。まるで魂ごと否定された時みたいなそんな怒りがある。
「ん……?」
「メリュモート………!テメェの言う通りだ」
俺は掠れた声で話す。首根っこを掴んでいる手を握り、力を込める。
「でもよぉメリュモート……テメェがどんだけ格上でもよ俺は!俺を!否定するのは許せねぇよ!」
掴んだ手を俺は握り潰した。本来人体ではあってはならない程度に潰した。そのまま横に払い全身全霊の拳をメリュモートの腹にぶち込む。
後ろに吹っ飛び、メリュモートの腹を見事に穴が空いた。やり過ぎか……?だが不思議だなコイツが死んでるとは思えない。普通なら死んでるが……。近寄ってみる。酷くあっさりと鋼鉄を素手で殴っていた感覚とは別。ケーキを潰すような軽い感覚。
「…………合格点だな。以前幼子だが」
認められた。嬉しさは何処にも無い。心の中にはまだ粘っこい怒りだけ。俺を否定された事だけが未だにもっとと怒りの声を上げる。俺はそれをただ理性で抑えつける。それでも……それでも…心のままに俺は俺で居たい。
「メリュモート………俺はな俺を否定されるのが大嫌いだ。例えそれが助言であってもだ」
「助言と捉えられる辺り頭では分かっているようだな」
「………それでも俺は自分の心のままに従うね」
「……難儀な奴だ」
「ユウ、貴様はまだ私を倒した訳では無い。真の勝利は命が消えるまでだ。それが獣としての流儀」
「興味無いな流儀だのなんて」
「なら……少し話をしようかユウ」
「貴様はまだその力を完全に使えてはいない」
「寧ろ振り回されている。感情的になって漸く使える力など戦闘ではリスクしか無い」
「今後それを自由に引き出す特訓をするぞ」
「ああ……」
特訓だのなんだのはよく分からないしこの力も分からない。自分らしく戦えるならそれで良い。
「それとだユウ」
「……貴様は人とは違う生き物だと言われたらどう思う」
「………俺は俺だ。人間に拘る理由は俺には無い」
人間だろうが人間じゃなかろうが俺は俺だ。気持ちだってそうだ。誰かに自分を否定されて今の自分を変えろなんて言われたって変えないし変えたくも無い。
誰かに合わせて自分を変えるなんて本当の自分を見失いそうで嫌いだ。俺は俺。それで居たい。
「変わらないな…………」
「ん?なんか言ったか?」
「なんでも無い………」
メリュモートの目には哀愁さえ感じる程の懐かしさを含んだ瞳でじっと俺を見ていた。
そんな瞳に俺は日本を思い出していた。平和な日本。学校が終われば電車に乗り、夜の21時までバイト。家に帰って適当に飯を食って、シャワー浴びて寝るだけ。勉強してる暇さえ無い程に疲れ切ってまた学校に行く。戻りたい訳が無い。今の方が刺激的で戦いの最中気を抜けば死ぬ世界。
理想的だ。自分勝手に生きて自分勝手に死ねる。いつでも死ねる世界なのが俺にとって非常にありがたい。誰にも必要とされない俺の理想。穀潰しと言われて蔑まれ、学校では嫌がらせを受けて生きる意味すら見出せなかったからこその理想郷。
でも不思議なもんだぜ人間。死にたいとか願いながら他力本願で甘く、安らかに、苦痛も無く死にたいらしい。だから死なない。怖くて痛い死に方を逃げる。それが情けない俺。呆れるよ本当。こうやって客観視してるつまりで自分を蔑む俺も大嫌いだね。
きっと勇者がこんな事を聞けばそんなのは間違ってるだとか、君を必要とする人だって居るなんて綺麗な嘘を並べてくれるんだろうな。嫌いだね。俺を知って俺を必要だと言う人が居るならどうしてああなっちまったんだろうな。
気持ち悪い感覚だ。俺には何にも無い。相談できる人も頼れる人も俺を好きと言ってくれる人も、学力も精神力も身体能力さえ無い。欠陥品のガラクタ野郎さ俺は。