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死に戻りの花乙女は宣託を唄う  作者: 藤 都斗
入学編

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4/25

ふう、と息を吐き出した

 


 サインを書いた、その下のところ。学園での名前という項目に視線が落ちた。


 学園では、すべからく皆平等に本名を隠して生活する。

 そうでないと身分差でトラブルが発生してしまうから、校則としてそう決まっているのだと聞いた気がする。


 過去の私は、父と兄の機嫌を取ろうとこの書類を持って相談した。その結果、父の手で勝手に“ダスティ”という塵やゴミをもじった名前を書かれてしまって、それを名乗ることになったのだった。だけど、今なら。


 幼い頃聞いた母の言葉が、脳裏に甦った。


『カレン、いいこと? 開花のための歌い方は大人から教わるのよ』

『かあさまはおしえてくれないの?』

『わたくしは先生ではないもの。どこかの学校の、花の先生が教えてくれるわ』

『かあさまもせんせいにおそわったの?』

『そう。その時はセリーヌと名乗っていたわ』

『ふうん』


 当時も、死ぬ前もよく分かっていなかったがその言葉から察するに、私たち花としての宣託の力は、ただ普通に歌うだけでは覚醒しないのだろう。

 そしてそれは、母ですら、子に受け継げないなにかがあるのかもしれない。

 学園にちゃんと卒業まで通えていたら、私も理由を知れたのだろうか。


 そんな風に思案しながら、母が使っていたというその呼び名を書いた。これで私はもう“ダスティ”ではない。


 ふと目の前の女性が優しげな顔で笑っていることに気付いた。


「家政婦長」

「はい、お嬢様」

「おまえは、なぜわたしに優しくするの?」


 欺かれ、偽られ、利用されるくらいなら。愛なんて不確かなものを求めた結果が死だったのなら。そんなものはもういらない。

 私は、あの時死んだ。だから、今の私はただの死人。


 目標なんてなにもない。ただ、この家から、あの父と兄から解放されたいだけ。感情が抜け落ちて消えてしまった私には、それ以上のことを考えることが出来なかった。

 昨日までの私との違いで多少なりとも違和感を感じるはずなのに、どうしてこのひとは笑っているのだろう。


 どうして、私を庇ったのだろう。


「わたくしはお嬢様のお母様、ライラック様付きの侍女でしたから」


 どこか誇らしげに言い放ったその言葉で、私は理解した。


 違う。


 このひとが見ているのは私じゃない。母の娘という、あのころの、誰かの愛を欲しがっていた私。

 ただの死人の私は、このひとの望む“母の娘”ではない。


 母の娘ではない私は、このひとに優しくされる理由なんてない。だから私は、彼女を突き放した。


「……では、なぜいまさら?」

「マリンフォード学園がお嬢様をお認めになりましたので、わたくしも遠慮なく優しく出来るようになりました」


 学園は名門占術貴族の子女が集まる場所だ。だけどその中には能力の高い平民も混ざる。

 つまり、学園が入学を認めたということは、それだけ潜在能力が高いということ。

 同じ家門の人間が何人も認められることもあれば、どれだけ名門の占術師の家系でも認められないことだってある。


 つまり私は。


 あの頃には分からなかったことや、見えなかったことがよく見える。幼い子供だったからこそ愛を欲しがった自分と、だからこそ私を侮った者達が居たことも。


「……手のひらを返すとはこのことね」

「そうですね。しかしこれからはこういう輩が増えることと思います。ご留意くださいませ」

「……そう」


 学園に入学出来るだけで世間からは認められたも同然。そして卒業すれば、輝かしい未来すらも約束される。

 今後、私のまわりにそういう者が集まってくるとしても、なんらおかしいことはない。多少煩わしいだろうけど、父と兄から解放されるためには必要なことだろう。

 目の前のこのひとまでそうなのかは分からないけれど、今はそれもどうでもいい。このひとの義理は私ではなくて母にあるのだから。


「それで、その下女はどうなさいますか?」


 彼女のそんな問いかけで、怒りで何も言えなくなったのか顔を真っ赤にさせながら、はくはくと何度も口を開閉している下女に気付いた。


「……捨ててきて」

「かしこまりました」


 もう私は、あの頃の私じゃない。

 それを証明するためにも、ちゃんと自覚するためにも、私を蔑ろにしてきた奴らとは決別しなければならない。父も兄も、そして、この下女とも。

 断言したからか、下女の顔色は一気に悪くなった。


「まっ、待って下さい家政婦長さま! あたしはただ、お嬢様のために!」

「それはお前がすることではありません。大人しくこの家から消えなさい」

「い、嫌です! どうかお許しください! あたしには病気の弟が!」


 往生際悪く情に訴えかけるようなことを、今更のように言ってくる下女の顔は酷く歪んでいて、とても醜かった。

 そう言っておけば、優しくて愚かで臆病な私が彼女を止めてくれるとでも思ったのだろう。随分と頭がお花に包まれている思考だ。


「それなら真面目に仕事をするべきだったのに、おまえ、ダメな姉ね」

「お、お嬢様! お嬢様からもどうか!」

「いやよ。おまえみたいなの、いらないわ」


 私を大事にしない者に、なぜそんな優しいことをしてあげなきゃいけないの?

 優しさなんて、貰えるとでも思っているの?


 そんなもの、私にはもうカケラも残っていない。

 私はもう、死ぬ前の私じゃないのだから。


 気弱で臆病で、愚かで無知で、人の顔色を窺ってばかりで、誰かに必要とされたがっていた哀れな子供なんてどこにも存在していない。

 そして残念ながら、この下女のような、誰かを利用してしか生きられないそんな人間に、私からの救いなんてない。


「じゃあね」


 にっこりと笑うと、下女の顔が引きつった。

 今の今まで、どうにかなると思っていたからこその表情だった。


「いや、いやです! 家政婦長さま! どうかお許しを!」


 みっともなく喚き散らす下女の姿をぼんやりと眺める。家政婦長は下女の腕を掴んだまま、引き摺るように部屋から出て行った。ばたん、と扉が閉まる音が部屋に響く。


「いやぁああぁぁぁぁ……!!」


 (つんざ)くような悲鳴がだんだんと小さくなっていくのを聞きながら、ふう、と息を吐き出した。 


 

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