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とても滑稽に見えた

(初回なので2話投稿です)

 


 占術や簡単な占い、呪術というものは日々を生きる人々にとって、とても身近なものだ。

 特にこの国は、遥か昔から占術が盛んに行われてきた世界有数の占術国家だ。


 道標として、国が豊かになるためだけに使われるそれは、この国では宣託と呼ばれている。


 人生の岐路、どうしても一人では決めることが出来ないような大きな問題を解決するために。

 誰にも決められなかった決断を選ぶために。

 今後起きる災厄や豊穣を人々に伝えるために。


 様々な用途で行われる宣託だが、悪用や権利の濫用を防ぐ目的で、代々、国を代表する十五の公爵家の者たちのみが強力な宣託を発現させてきた。

 だがそれは貴族としてではなく、魔力の質が高ければ高いほどその傾向が強かった。

 その中でも公爵家当主としての宣託の力は、一般的な貴族が行う宣託とは一線を画す。

 そしてそれは、声を出して、歌うことで目覚めた。


 花遣い、花乙女と呼ばれる私達は、どれだけ神を魅了出来る声で歌うことが出来るかで宣託の精度が違った。

 歌唱力、技術、声質、そして込められる思い。それらがなければ、フローラは開けない。


 フローラとは、己の魔力から発現したカードの総称だ。


 国の名前にもあることから分かるように、この力は建国神話から存在しているらしい。学園を辞めた私にこれ以上の知識は無いから、その詳細は分からないけれど。


 聞いている者全てを魅了させ、魔力を歌に載せながら、舞い踊る花弁のように宙を舞うカードから一枚だけが、選ばれるのを待つ。そうして選ばれたカードの意味を読み取り、それを歌うことで宣託の儀は成る。


 私達は、人々にとってまさしく“花”だ。


 ゆえに宣託の力を発現し、覚醒することをこの国では、花になぞらえて“開花”と呼び、宣託の為にカードを選ぶ宣託の儀は“花選び(フルール)”、そして、それを観る者からは“花見(フラリア)”と呼ばれていた。


 花遣い、花乙女として開花した者ならば誰でもこのフローラを具現化することが出来る。

 だからこそ、歌声は実力だ。


 花としての力というのは、歌の力のこと。


 それが開かれる光景は歌声も相俟(あいま)ってか、神々しくも儚く、現実を忘れるほど美しい。


 歌声の美しさや技術の高さはその光景の美しさに比例するからだ。

 そして、それは宣託の精度が高ければ高いほど美しかった。


 それ見るためだけにお金を払って見物する者も多く、国の中でも有数の娯楽のひとつとして浸透している。

 花遣い、花乙女は国を代表する存在であり、人々が熱狂出来る偶像なのだ。


 そんなこの国で花遣いとして生まれた父は、十五の公爵家の内のひとつ、サウザーン公爵家の人間だ。そして母と父は、愛など幻想であると言い切れてしまうくらいの、冷え切った政略結婚だった。

 つまり、父も花を開く事が出来るのだが、その実力はノーザランド公爵家当主だった母の方が上で、当時母は稀代の花乙女と讃えられていたらしい。

 反して、人々から中の下と評価された父が、母を嫉妬していない訳がなかったのだろう。


 ……そんなこと私にはどうでも良かったけど。


 今思えば、父は母が生まれたこのノーザランド家を手に入れ、自分のものにしたかったのかもしれない。

 そう考えると、兄と母は血が繋がっているのか疑わしいくらいだ。

 だとすれば、私がここまで冷遇されたのも頷ける。


 これらの情報は、地下に監禁されていた間、誰かが言っていたりした様々なものを繋ぎ合わせた結果、導き出されたただの憶測だ。だけど、これが真実に一番近いように思えるのは、どうしてなのだろうか。


「お嬢様、朝食のお時間ですよ」


 突然、許しもなく部屋へ入った挙句、馬鹿にしたような声と共に床に投げつけられたのは、固いパンだった。ひどく鈍い音が部屋に響いたのだけれど、昨日までの私なら怯えて身を竦ませたことだろう。

 顔を上げれば冷たい目をした下女が一人、忌々しげにこちらを見下していた。

 あぁ、どうして一時とはいえ忘れていたのだろう。こんな奴を。


「食べられるだけありがたいと思ってくださいね。あなたは疫病神なんですから。ほら、さっさと起きて食べてください。片付かないでしょ」


 堂々とそう言い放つこの女は、私の世話係として雇われただけの、特筆するような特技も無い平凡な下女だ。

 手入れされていない赤毛だけれど、日に焼けてそばかすの出来た肌は健康的で、私の病気みたいな青白い顔色とは比べるべくもなかった。

 私とは二歳くらいしか違わないのにも関わらず、よほど私のことが鬱陶しいのかきちんとした世話などされたこともないことから、勤勉や真面目という言葉からはほど遠い怠け者。

 だけどあの頃はこれが当たり前で、だからこそ、目付きが悪く性格も悪いこの下女が恐ろしくて仕方がなかった。……なのに、今は怖くもなんともない。


 死の恐怖と、あれだけの悪意に晒されたからか、全ての感覚が麻痺しているようだった。

 むしろ、この女に何を思われようとどうでもよかった。


「疫病神というなら早く捨ててしまえばいいのに、どうして、お父様はそれをしないのでしょうね」


 口答えでも反論でも、反抗でもなく、ただ淡々と疑問を口にする。

 いつもびくびくしながら顔色を伺っていた私しか知らない下女は、面食らったように目を見開いた。


「なんですか、いきなり」

「……わたし、あなたより身分は高いはずなんだけれど、これが世間に広まったらあなたはどうなるのかしら」

「お嬢様、何をおっしゃりたいのか知りませんが、お嬢様の言葉を信じる者なんていませんよ」

「ふうん、そう」


 下女はどこか自信ありげだ。

 よほど自分の立場が揺らぐことはないと高を括っているのだろう。

 たしかに以前の愚かな私なら、こんなことを言われれば怖くなって何も考えずに謝罪したことだろう。どう考えても薄氷の上に立っているのは下女のほうなのに。

 一体どういう教育を受ければ、こんなことを雇い主の娘に堂々と言えるような人間になるのだろうか。


 ……いや、原因のひとつは私の態度にもある。

 顔色を伺い、怯え、下女の機嫌を損なわないようにと、ずっとそうやって行動していたのだから増長するのは当たり前だ。

 だけど、それで何もかも許されると思っているあたり、この下女も相当頭が悪い。


「……そんな態度でしたらこれは要りませんね?」


 ニヤニヤと下卑た顔で、床の上に転がる固いパンを蹴った下女は、本当に醜く見えた。


「いらないわ、そんなゴミ」

「は?」

「それからおまえも、もういらないわ」


 仕事をしないお前のおかげで、自分のことは大体自分で出来るもの。


「出てって」


 ぽかんと間抜けに口を開けた下女は、とても滑稽に見えた。


 

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