秋の雨も悪くない
秋なのに雨だ。
秋のくせに。
台風でもないのに。
朝から雨が降っている。
どこからどう見てもしっかりした雨で、スマホが教えてくれる雨雲レーダーもこれから当分真っ青だ。
「あーあ。」
アカネは自分でもびっくりするようなため息をついた。
小さい頃から秋のイベントの天気はほぼ100%ついていたのに、今日に限って雨だった。
「裏切り者。」
恨めしそうに空を見上げて毒づいてみても、灰色をしたそいつは手を緩めることなく大量の雨粒をばらまいている。
スマホに通知が来て、アカネは目が覚めた。
今から雨が降るという予報。
今までの経験からアカネは明日も晴れると高をくくって眠りについて、ブーブーうるさい振動音で飛び起きて、空を見上げて現実を思い知らされたのだった。
プルッという微かな振動と共に、チサトからメッセージが来た。
「行くよね?」
アカネは面食らいながら返した。
「雨だよ。」
だがチサトは。
「そうだね。」「でも出かけられないほどの雨じゃないよ。」
期待を込めたスタンプも添えて。
「でも。」
チサトはそう呟いた。
今日の予定は、前から気になっていた学校近くの山の上の公園に2人でお出かけのはずだった。
去年卒業した先輩から教えられた密かな噂。
「山の上の公園の小さな噴水の前で手をつないで写真に写ると、その2人は永遠に結ばれる。」
よくある話しだと思ったが、「写真」という古くさい言い方がアカネには妙に気になった。
そんな昔からの言い伝えなら、もしかすると。
アカネがその時何の前触れもなく思い浮かべたのは、笑顔で清らかな噴水を見ているチサトと自分の姿だった。
その時から、気にはなっていた。
気にはなっていたが、それだけだった。
アカネにとってチサトは仲の良い友だちだけど、永遠に結ばれるとかそういう対象ではなさそうだった。
大学受験を控えた夏休みが終わってしばらくして、高校生活最後に出かけたいスポット、というネタでいつもの友だちといつものごとくたわいない話をしていたとき、チサトが、「せっかくの秋だから、キャンプとかハイキングとか行ってみたいね。」と言い出すまでは。
つい、アカネは、「キャンプは無理だけど、山の上の公園にお散歩くらいならしてみたいかな。」と返してしまった。
そのとき、あの噂のことは、意識的に意識していたわけでなかったが、「チサト」と「ハイキング」といが「山の上の公園」にリンクしてしまったのは、アカネにも自覚があった。
「そうだね。散歩くらいならいけそうだね。」
そう返したチサトとアカネの顔をじっと見つめた2人の友だちは、2人に向けた視線の重さとは裏腹に、「じゃあ2人で行ってくれば?」と軽く勧めた。
「行こっか、次の連休にでも。」
そうチサトがアカネを誘ったのを断る理由がアカネにはなかった。
その程度のことだったはずなのに、山の上までの散歩には相応しくない雨が降っているということで、盛大なため息をついたことにアカネは自分でもびっくりしたのだった。
「ねえ、どこいく?やっぱり山の上の公園に行きたいんだけど。」
チサトがまたメッセージを送ってきた。
今度は泣きそうなスタンプだ。
アカネは、ふと思った。
もしかしたら、チサトもあの噂を知っているのかも、と。
そして、アカネは、部屋から勢いよく飛び出しながらメッセージを返した。