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「明郷くんに何を言われたの?」


 か、顔がちけぇ……。

 見るのは告白の時以来の眉間に皺の寄った顔が、俺のぐしゃぐしゃな顔を覗き込む。

 抱き抱えられたまま連れてこられたのは、それこそ青山くんに告白をされた記念の場所だ。ほとんど人が来ることのない、草木に囲まれた静かでちょっとだけ湿気の多い大学裏。

 ジッと俺を見つめる瞳は長いまつ毛に囲われて、瞬きするだけで絵になる美しさだ。

 付き合って一ヶ月。その間で一度たりともこんなに近くでこの瞳を覗くことはなかった。皮肉なものだ。

 俺の心が形になったみたいに、また目から涙の粒が溢れた。それを青山くんの長い指が優しく拭おうと動いた。

 だけど、俺にとったらたまったものじゃない。


「やめて」


 その長く綺麗な指から顔を背け、自身の手で青山くんの指を押し退ける。


「そういうの、やらなくていいよ」


 俺は全身をスッと一歩分、青山くんから距離を取った。


「明郷は何もしてない。明郷は絶対に、俺を傷つけたりしない」

「……え?」


 なぜか青山くんは瞬間的に、凄く怖い顔をした。しかしまたすぐに、眉間に皺の寄った困ったような顔に戻る。


「じゃあ、どうして泣いてたの」


 青山くんにとってはただの踏み台が、ちょっと泣いていたからってどうしてこんなにしつこく聞いてくるのだろうか。

 だけど、そんなに知りたいというのなら教えてやってもいい。どうせ、もうこれっきり縁のない相手なのだ。

 俺は大きく息をすって、大きく吐いた。


「青山くんが、罰ゲームで仕方なく俺と付き合ってることを、知ったから」


 彼の綺麗な瞳が瞠目する。


「……え、え、?」

「本当は俺じゃなくて、明郷に気があることも知ってる」

「えっ!?」

「最初から、青山くんみたいな人が俺に告白してくるなんて変だと思ってた。思ってたけど、やっぱり罰ゲームだったなんて言われると……傷付く」


 止まりかけていた涙がまた溢れて、おもわず唇を噛み締めた。


「え、ちょ……ちょっとまって、三谷く」

「良くないよ、こういうの」

「ちょ、ちょっと待って、」

「いくら俺が地味平凡民だからって、タチの悪い遊びに巻き込んで良いわけじゃないと思う」

「待って!!」


 俺がヤケクソにブツブツと文句を言っていると、両肩を強く掴まれ顔を突き合わせられた。


「違うんだよ、違う……」

「何が違うんだよ」


 今さら何を言われたって、さっき講義室で彼らが話しているのをハッキリこの耳で聞いたのだ。そう彼に言えば、その美しい顔がついに泣き出しそうな子供のような表情になった。


「違うっ!」

「だから何が!? 罰ゲームで俺に告白したんだろ!? 俺のことなんて好きでもないくせに、俺がオッケーなんてしちゃったから心底困ってたんだろ!? 本当は明郷のことが好きなくせn」


 ぐむっ。


 最後まで言葉を発することはできず、俺は口を閉ざした。なぜなら……。

 んちゅ、と音を立てて互いの唇が離れた。かと思ったらまた、角度を変えて唇が重なった。

 なぜか俺は青山くんに、キスをされていた。


「ンうっ!」


 大学一年にして人生初めてのキスだったから、俺は息の仕方もわからずもがいた。やがて酸欠でぐったりしそうになった頃、ようやく俺の唇は解放された。

 だけどまだお互いの顔は、鼻と鼻が触れ合いそうなほどに近い。


「なん……なんで……こんなこと」

「俺は確かに、三谷くんに罰ゲームで告白をした。……それは最低なことだったと……思ってる」


 改めて本人の口から言われるとキツイものがある。思わず青山くんから目を逸らすと、強制的に大きな手のひらで顔を固定され、もう一度目を合わせられた。


「だけど俺は、好きでもない人にゲームでも告白したりしない。ましてや他に好きな人がいる状態でそんなことをするなんて、ありえない」

「……ん?」


 途中まではよく理解できていたはずなのに、突然全てが分からなくなった。


「え、なに……どゆこと?」

「俺の好きな人は、明郷くんでも他の誰でもなくて、間違いなく三谷くんだってこと」


 ポカーンと口を開けるしかない。だって、言っている意味が本当に分からないのだ。


「え……何言って、だって、青山くんは罰ゲームで」

「大学に入ってからのこの一年近く。話しかけることもできずにずっとウジウジしてる俺を見かねた友人達が、俺に罰ゲーム有りのゲームを持ちかけてきた。見事俺は負けて、その罰ゲームを遂行した。その罰ゲームの内容は、」


『好きな人に、告白をする』



「好きな人……」

「三谷くんさ、明郷くんから飲み会での飲酒を禁止されてない?」


 新歓での飲み会で明郷と仲良くなり、それから何度か大学の飲み会に参加した。だがたった一度だけ青山くんと参加が被ったとある飲み会以降、『俺との宅飲み以外ではぜーーーーーったいにお前は酒を飲むな!』と明郷から口を酸っぱくして言われているので、それを守って外では飲まないようにしている。自分が何をしでかしたのかは、怖くてその日から一年近く経ってしまった今でも聞けずにいる。


「なんで、それ……」

「その原因、相手が俺なんだ」

「えっ!?」

「俺、あの日飲み会のトイレで三谷くんにベロチューされたんだ」

「えぇえええっ!?」


 べたべたべたべたと体を触ってくる女子たちに嫌気がさして、トイレに逃げ込んだ青山くんはそこで、ベロベロに酔っ払った俺に出くわした。


「トイレの便器の蓋の上に座って、真っ赤な顔をしてニコニコニコニコ笑ってた」


 明かな酔っぱらいである俺を心配した青山くんが「大丈夫?」と声をかけたところ、


「舌ったらずな声で『たぇないんらぁ〜(立てないんだ〜)』て笑ってるのがなんだか凄く可愛くて笑えて、俺が席に連れてってあげるよって手を差し出したら、」


 ニコニコへらへら、便器に座って横揺れしている俺に手を差し出してくれた青山くんに俺は……、


「『らっこ(だっこ)!』って両手広げて待ってるから」


 その時の俺を思い出したのか、青山くんがクスッと笑った。俺と一緒にいて初めて笑った彼の笑顔に稲妻が走る。


「しょうがないな、って抱き起こしてあげたらその瞬間に……」

 

 きみ、かっこいいれ(ね)……♡  そう言って俺は、小さくもない男の体を抱き上げてくれたイケメン青山くんの両頬を、そっと両手で掴んで。


「ぅわああぁああっ!」

「俺のこと、思い出してくれた?」


 思い出した。思い出してしまった。

 ベロベロに酔っ払ったその時の俺に怖いものなど何もなく、とにかく目の前の美しい男にメロメロになって。

 欲望のままに唇を奪い、その上舌までしっかり突っ込んだのだ。キスの仕方も知らないくせに……!


「ごめんなさいぃぃぃ!」


 俺が両手で顔を隠し叫ぶと、その手を細身の体とは対照的な思いの外強い力で剥がされる。相変わらず互いの顔の位置は恐れ慄くほど近くにある。


「最初は当然ビックリしたけど、あまりに情熱的に重ねてくるし、そのうち子猫がじゃれるみたいに唇を甘噛みしたりちょっと引っ張ったりして……」

「ひやぁあああっ!」

「あまりにその戯れが可愛くて、思わず俺もそのキスに応えちゃって」


 どうやら俺たちはそのまま、トイレで暫くチュッチュッチュッチュしまくっていたらしい。

 そんな時、もはや保護者でしかない明郷が俺を探してトイレにやってきた。


「無理やり引き剥がされて、そのまま彼が三谷くんを連れて帰っちゃって。しかも翌日せっかく大学内で君を見つけたのに、」


 俺は、飲み会のことも青山くんとのことも、一ミリも覚えてはいなかった。オマケに隣では明郷が青山くんをずっと威嚇していたらしい。


「こんな見た目だから人は寄ってくるし、なんだか派手な生活してるように見えるかもしれないけど……俺、実は凄い人見知りで」


 全く自分のことを覚えていない相手に、「昨日俺とキスしたよね?」なんて言えるはずもなかった青山くんは、こんななんの変哲もないただの男である俺に、一年近くも片想いをしてくれていたらしい。


「う、嘘だぁ。だって青山くん、俺といてもちっとも笑ってくれないし」

「ごめん……三谷くんのこと好きすぎて、緊張して顔がこわばってるんだと思う」

「連絡しても、返事も素っ気ないし」

「どう会話を広げたらいいのか考えすぎて、いつも気づくと朝になってて……」

「デートにも全然誘ってくれんし」

「合わないと思われたくないから、三谷くんの好きなものの調査を先にしたかったんだけど、なんか全然上手くいっていなくて……」

「大学内で目があっても無視するし、付き合ってることも秘密にしたいって言うし」

「友達に見つかると凄い冷やかしてくるからいやなんだよ……俺と付き合ってるって周りにバレて、三谷くんの魅力が他に漏れるのも嫌だし……」

「でもでもでも、昨日だって明郷のことばっかり色々聞いてきて」

「三谷くんと明郷くん、距離が近すぎるんだよ。好きな子の近くにあんな美形がいたら、誰だって警戒するに決まってる!」


 そこまで聞いて俺はついにブハッ! と吹き出してしまった。

 だって、大学中の女子やそれこそ同性すら虜にしているイケメンが、俺相手にこんなに空回りしているだなんて。


「やばい、青山くん可愛すぎるっ」


 わははは! と俺が声をあげて笑うと、間近にあった青山くんの顔は一瞬だけ驚いた顔をしてから、日焼け知らずの真っ白な頬をまるで花びらが色づいたかようのうに瑞々しく紅潮させた。

 形の良い眉がグッと寄って眉間に皺が寄ったかと思うと、やがてスッと真顔になって俺から目を逸らす。そうしてやっと俺は気づく。

 眉間の皺は怒ってる訳じゃなく照れてるし、それを隠そうとした時に真顔になるのだと。


「三谷くんこそ、本当は俺のこと好きな訳じゃないのに、告白を受け入れてくれたんだろ?」


 青山くんの表情の意味に一つ気づくと、一気に色々見えてくる。今の眉間の皺は、拗ねている証拠だ。


「うん。実は流されてイエスって言っちゃった」

「……やっぱり」


 今度は少しだけ傷付いた顔をしている。


「でも俺、すぐに青山くんに恋したよ」


 青山くんが息を呑んだ。


「青山くんのさりげない優しさ、ちゃんと気づいてたよ。見た目もこんなに格好良いのに、中身までイケメンなんだもん、落ちないヤツいないよ」

「三谷くん、俺に落ちてくれたの……?」

「うん。俺、青山くんのことだぁい好き!」


 ぐしゃぐしゃに泣いた後の汚い顔で大きく笑う。そんな俺を、青山くんがぎゅうっと強く抱きしめた。


「三谷くん、俺は君のことが好きです。俺と、付き合ってください」


 今度は罰ゲームだなんて野暮な後ろ盾はない、ちゃんとした告白。

 やり直しをしてくれた彼の誠実さに、さらに俺の心は虜になった。


「俺も青山くんが好き! よろしくお願いします!」


 少しだけ抱きしめる力を緩められたかと思うと、再び俺の唇が青山くんに奪われた。

 何度か啄むような可愛らしい触れ合いを繰り返した後、青山くんは懇願するようにこう言った。


「俺も、天馬くんって呼んでいい?」


 その顔は決して笑顔ではなかったけれど。だけどそこにあったのは確かに、明郷への嫉妬を滲ませた───恋人の顔。




 後に俺のファーストキスが本当は青山くんじゃなくて実は明郷だったと判明して、大きな嵐が巻き起こるのは……また、別のお話。



END


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