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 もしかしたら青山くんは、明郷のことが好きなのかもしれない。そんなことを言えば隣に座っていた明郷本人が、まるで今まさにゲロでも吐いたような顔をした。


「はあ!? おま、ついに頭でもおかしくなったか!?」

「だって、昨日凄かったんだ……。初めて青山くんから誘われたデートで、その後お休みって別れるまでの間ずぅーーーーーっと明郷に関して質問攻め!」


 明郷とはいつから仲が良いのか、普段どんな会話をしているのか、お互いの家に行くことはあるのか、連絡の頻度はどんな程度か。


「飯はどんなとこに食いに行くのかとか、共通の趣味はあるのかとかさ。明郷のことそんなに知りたいって、それしかなくね?」


 しかも後々気付いたのだが、昨日俺を待ち伏せしていたあの時青山くんは確かに、俺の後ろを確認するような仕草をした。


「多分青山くん、俺と一緒に出てくる明郷を待ってたんじゃないかなぁ……」


 はぁ、と昨日とは大きく違う溜め息をついたところで、隣から獣のような唸り声が上がった。


「テメェ、クソ気持ち悪ぃこと言ってんじゃねぇよこのクソボケぇぇえ」

「え、なになに怖いッ、クソって二回も言った!」

「つぅかアイツ、見た目によらずめちゃめちゃヘタレじゃねぇか」

「なに?」

「別にッ!」

「痛っ!!」


 何故かブチ切れている明郷に首を傾げるも、それすらまた気に入らない彼が俺の脛を蹴り飛ばした。


「ンもぉ〜、なにすんだよぉ!」

「お前さ、なんでそんな能天気なわけ!? 万が一でもあり得ねえけど! でも億が一その想像がほんとなら、お前は俺に近づくために利用されてるかもしんねぇんだぞ!?」


 せっかくの綺麗な顔を般若みたいに歪ませる明郷を見つめながら考える。


「まあ、最初から分かってたことだし」

「なにがッ」

「明郷が言ったように、あの告白は多分……罰ゲームかなんかだよ」


 普通ではない非現実的な展開に、何か裏があるのだろうと感じていた。咄嗟にイエスと返事をしてしまったことも、どうせそのうち適当にネタバレでもされて終わるから良いだろうと安易に考えていた。でも、それでも俺は落ちてしまった。恋という沼の底に。


「今となっちゃさ、一瞬でもこうして青山くんの恋人って立場に立ててラッキー! て思ってんの」

「そんな酷い利用のされ方してもか?」

「……うん。だってこんなことでもなけりゃ、一生関わることもなく終わってたもん」


 だから平気。触れられることがなくても、誘われることがほぼ皆無でも。ほんとは友人に近づくための踏み台だったとしても。


「俺は、ちゃんと良い思い出にできるよ!」


 そう、思ってたんだけどなぁ……。




 その会話を聞いてしまったのは偶然だった。


「で、ちゃんと聞けたのかよ」


 たまたま通りかかった、人が居なくなったはずの講義室の中から聞こえてきたのは、俺が最近覚えたばかりの声。


「一応、明郷くんとはただの友達だって。大学からの付き合いらしい」

「へえ、まだそんなに長い付き合いじゃないわけだ。じゃあまだ隙はありそうだな」

「確かに明郷くん綺麗だもんなぁ、流が気にするのも分かるわ」

「……あんなのが近くにいたら、気にするに決まってる」

「だよなぁ、流石の流も気にするよなぁ。間近で見た時なんか、同じ男の俺でもドキッとしたし……てオイオイ、睨むなよ。なんもしねぇよ」

「あの子から他にも色々聞き出せた?」

「うん」

「収穫じゃん」

「まあ、キッカケは罰ゲームとはいえ、人見知りの流には良いきっかけになったな」

「真顔で『俺と付き合ってください』だもんな」

「お前らが言ったんだろ!? とりあえず顔で押せばなんとかなるって!」

「確かに言ったけどさぁ」

「あの子が本当にオッケーしちゃうとは思わなかったよな」


 そこまで聞いたところで、俺は踵を返して元きた道を戻る。なんの用事でここまでやってきたかすら頭から抜けて、ただただその場から逃げだしたかった。

 聞いてしまった。ついに、真実を耳に入れてしまった。大体想像はついていたけど、実際耳にするとその衝撃は思った以上に大きい。


「いやいやいや、知ってたし。多分罰ゲームだと思ってたし? ほんとは明郷に気があるかもって、昨日だってすぐビビッときたし」


 だから良い思い出にするって決めてたし、と一人笑おうとして……失敗した。

 足が動くことをやめてピタリと止まる。笑おうと思っているのに、どうしてか瞳からは後から後から涙が溢れ出てきた。

 ざわざわと遠くから人の気配が近づいてくるのが分かるのに、どうしても廊下に蹲ったまま動けない。

 たった一ヶ月の付き合い。されど、深く深く恋をしてしまった一ヶ月だった。


「ひっ、」


 みっともなくしゃくり上げる。まるで幼い子供のように嗚咽を溢して泣き崩れる。


「うえぇ、うっ、うっ」


 そりゃあ分かってたよ。あんな学校中の有名人になるほどの美貌の持ち主が、その辺の石ころに想いを寄せるわけがないんだよ。さっき青山くんの友人が言ってたみたいに、明郷みたいに中性的な美人だったなら同じ男でもヨロっといっちゃうのかもしれないけど……正直俺の容姿に綺麗なところはどこにもない。

 分かっていたのに、どうしても悲しみが溢れて止められなかった。ぐすぐすと鼻を啜っていると、誰かの足音が大きく近づいてくるのがわかった。


「……天馬!?」


 よく聞き慣れたその声に俯けていた顔を上げる。


「天馬ッ! どうした!?」


 足音は一気に速度を上げて近寄ってくると、蹲る俺の目の前に膝をついて顔を覗き込んできた。


「あ、あけ、あけさとぉ、うっう、うぇえ」


 いつもならバイオレンスに俺を殴ったり蹴飛ばしたりする明郷が、子供みたいに泣きじゃくる俺の肩をその腕でそっと抱いた。


「どうした? 何があった」 


 涙でぐちゃぐちゃになった顔で明郷を見上げる。よく見慣れたこの顔を見るとちょっとだけホッとして、ホッとしたら余計にまた涙腺が緩んだ。


「あけさとぉ……!」


 だが細身のその体に抱きつくように腕を回そうとした、その時。


「───なにしてんの」


 いきなり後ろから強い力で引っ張られ、俺の体は後ろに倒れ込んだ。それを真後ろの誰かに抱き止められるが顔が見えない。でも、この声は……、


「えっ、」

「なんだよ、何しに来たんだ青山」


 目の前の明郷が怖い顔をして俺の後ろを睨みつける。


「それはこっちのセリフ。三谷くんに何をした」

「はあ!? なんかしたのはテメェだろ!」

「俺は三谷くんを泣かせたりしない」

「へっ!?」


 ぐい、と自分の体を抱きとめている腕に更に力を込められたかと思うと、気づけば俺は宙に浮いていた。


「ええぇええっ!?」

「オイ、青山! 天馬を返せ!!」


 叫ぶ明郷を置き去りに、俺は抱き抱えられたままその場を後にした。

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