好きだから
「……ああ、なるほど。適当な相手を婿に迎えて、子供を産めということですか」
確かにエレノアの子供ならばギャレットよりも継承順は上になるし、文句も言えない。
今まで考えたこともなかったが、悪くない話だ。
「ただ、時間が問題ですね」
エレノアが死ぬのは仕方がないとしても、子供が巻き込まれるのはかわいそうだ。
とはいえ根性で妊娠期間を短くすることもできないし、なかなか難しい。
大体、狙ってすぐに妊娠できる保証もなかった。
手を口元に当てて考え込んでいると、ティーカップがソーサーに戻された音が聞こえる。
今まで何度もルークが紅茶を飲むところを見ているが、こんな風に音を立てるのは初めてかもしれない。
「適当って、一体誰にするつもりですか」
珍しく低い声に少し驚くが、終活に続いて婿取りまで心配してくれているのだろうか。
「そうですね。独身で、出来れば同じ年頃の、次男以降が望ましいかと。……何人か親族にも該当者がいますね」
本人に継がせるとなると頼りないが、婿ならば問題なさそうな気もする。
とりあえずは手紙でも出して、近況を探ってみてもいいかもしれない。
「そんな決め方でいいのですか」
「だって、誰でも同じですし」
正直に答えると、ルークが小さく息を吐いた。
「それなら――俺でもいいですよね」
「……え?」
きょとんと目を丸くするエレノアに、ルークがにこりと微笑む。
「独身だし、年齢も近いですよ」
「え、いや……だって、神官は非婚でしょう?」
「今はそうですね」
年齢とか神官とか以前におかしい点はいくつもあるのだが、堂々と言われると指摘しづらい。
これは高位神官の持つ貫禄のようなものだろうか。
だが冗談でも慈悲だとしても、うっかり流されるわけにはいかない提案だ。
気を取り直そうとエレノアは咳払いをする。
「ま、まあ、何にしても時間がないので厳しいと思います。それに子供ができて未練が残るようでは終活になりませんし。すぐに母親を失うのもかわいそうですよね」
今までの死亡時期を考えるとループから早ければ数か月、遅くても一年以内には死ぬ。
現在妊娠中だとしてもかなりギリギリだし、現実的ではないだろう。
親を亡くした悲しみはエレノアも身にしみてわかっているし、わざわざ不幸な存在を作りたくない。
それにここで未練を残してしまっては、今までと同じことの繰り返しになってしまう。
「エレノアは、俺のことが嫌いですか?」
せっかくこの話を終わらせようとしたのに、まだ食らいつくとはなかなかしつこい。
「別に嫌いではないけれど、好きでもありません」
正直に告げると、ルークの青玉の瞳が少し陰る。
こちらが悪いことをしたような気持ちになるのは、相手が神官だからなのか。
「それなら、第二王子のことは好きでしたか?」
意表を突く質問に、エレノアは暫し考える。
少し冷めてしまった紅茶に口をつけると、小さくため息をついた。
「……わかりません」
ループするよりも前、両親が生きていた頃なら、好意のようなものはあったのだと思う。
だが浮気をするし、監禁するし、ジェシカに殺される原因になっているのだ。
好意が残るはずもない。
ただ、ずっとずっと昔には、確かにナサニエルに愛されたいと思う気持ちは存在した。
それが愛情なのか、義理と義務から来る情だったのか。
もう思い出せないくらい、エレノアはループを繰り返していた。
「それなら、俺を好きになってください」
「は?」
いよいよわけがわからないことを言い出したが、もしかしてルークの紅茶にはお酒でも入っていたのだろうか。
酔うと告白してくる美青年神官なんて、色々な意味で危険すぎる。
だが当のルークはじっと真剣な眼差しをエレノアに向けていた。
「無理矢理、形だけ婚約するというのは可能かもしれませんが。エレノアに俺を選んでほしいです。死ぬなんて言わないで、隣で笑っていてほしい」
「神官ですよね」
「今は、そうです」
「還俗するつもりですか? 高位神官の立場を捨てて?」
神に仕える神聖な役職である神官は、生涯を独身で過ごす非婚が基本だ。
既婚者が後に神の道に入ることもあるが、その際には婚姻関係は清算すると聞いたことがある。
その逆で還俗することも可能らしいが、今まで培った神官としての立場を失うのは間違いないだろう。
そこまでしようとする理由がわからない。
「エレノアを守りたいのです。物理的にはもちろん、精神的にも。死にたいなんて、言ってほしくない」
終活の話は散々したが、ルークに直接「死にたい」と言った覚えはない。
だがそれよりも他の言葉が強烈で、頭の中が混乱してしまう。
「な、何故ですか」
「――好きだから」
今までの言動の数々が腑に落ち、同時にありえないという感情がエレノアの心を殴打する。
いわゆる告白だとわかるのだが、今は嬉しいよりも恥ずかしいよりも、ただ混乱して……怖い。
「だって、知り合ったばかりですよ。それに私はじきに死にます」
「だから、それを止めたいんですよ」
「無理です」
数々のループの中で、何度かはエレノアを庇ってくれる人もいたし、逃がそうとしてくれる人もいた。
それでも、一度たりとも死を免れたことはない。
もう結末は決まっているのだ。
「やってみないとわかりません。……まずは俺とデートしましょうか」
「な、何故⁉」
さっきから発言が理解を超えているのだが、この人は本当に終活相談員のルークなのだろうか。
「明日、迎えに来ます。動きやすい格好で待っていてくださいね」
「い、行きません」
混乱しながらも精一杯の抵抗として首を振ると、ルークは困ったように微笑んだ。
「楽しみにしています」
いつもなら美しいなと感心するその笑みが、今は心をかき乱す。
自分でもよくわからない感情を持て余したエレノアは、ただ胸を押さえることしかできなかった。
次話「ドキドキなんて、していない」
デートなる言葉に少しばかりドキドキなんて、絶対にしていない。
そして、ルークが神官になった理由は……。
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