悪趣味すぎて困ります
「さあ、いよいよ本格的に終活を始めましょう!」
エレノアは窓を開けて清々しい空気を肺いっぱいに吸い込むと、今日の抱負を口に出した。
空は青空、小鳥も鳴いて、実に気持ちのいい終活日和である。
まずは、生前整理。
要はいらないものをきちんと片付けておく、ということだ。
エレノアは侍女のマリッサを引き連れて、邸内をくまなく確認して歩く。
「ドレス類はほとんどいらないですね。お父様とお母様の服も、まとめましょう」
エレノアにとっては思い出の品だが、他の人から見ればただの古布。
結局は処分することになるのだろうから、手間は減らした方がいい。
「この部屋は……何ですか」
順番に部屋を確認して行き着いたそこには、見慣れない家具が輝いていた。
比喩ではない。本当にピカピカと光り輝いていた。
近くで見ると金箔の外に宝石も散りばめられているし、不思議な七色の艶のある装飾は確か螺鈿とかいう遠い国の技術だ。
凄いとは思うが、こんなに心落ち着かない家具も珍しい。
「こんな家具、ありました? まあ、いらないことに変わりはないのでこれもまとめて……」
「――エレノア!」
爽やかな朝に似つかわしくない声は、叔父のギャレットだ。
普段は自分の邸にいるはずなのに、一体どうしたのだろう。
「何の騒ぎだ。それにこの部屋には入るなと言っておいただろう」
そうだっただろうか。
何せ死亡ループを重ねすぎて、それ以前のことは忘却の彼方だ。
「ここは私の邸ですので、叔父様の許可は必要ありません。それに見てください、この家具。お金だけはかかっているようですが、品がないし趣味が悪いです。ヘイズ公爵家のためにも、早々に排除した方がいいでしょう」
一体いつこんなものが置かれたのかはわからないが、生前の父の気の迷いだろうか。
どちらにしてもヘイズを受け継ぐ誰かさんに、こんな負の趣味まで請け負わせるわけにはいかない。
「しゅ、趣味が……いや、だがどうするつもりだ。まさか捨てるなんてことはないよな。もったいない」
どちらかと言えば浪費癖のギャレットの口から出たその一言に、エレノアは少しばかりの感銘を受ける。
「そうですね。確かにもったいない。どうせいらないのならば、売りましょう!」
「ああ、いや、そうではなくて」
「マリッサ、商人を呼んでください。買い取り大会です!」
びしっと指を立てると、マリッサは勢いよくうなずく。
「承知いたしました!」
「ああこら、待て。待たないか!」
風のような速度で走り去るマリッサを、どたどたとギャレットが追う。
「悪趣味すぎてぇ、売るしかありませんー」とか叫んでいるが、マリッサも相当あの家具が嫌だったのだろう。
ギャレットが何をしに来たのかはわからないが、これで邸内も少しはすっきりするはずだ。
次は、資産の把握。
これに関してはエレノアが手を付けるまでもなく、まとまっているはずだ。
何故か邸内を追いかけっこしているマリッサとギャレットは放置して執事を呼ぶと、財産関係の資料と帳簿を見せてもらう。
もともとは数字が苦手な方だったが、度重なる死亡ループの過程で嫌というほど接した結果、今では帳簿くらいは普通に読み取れるようになっていた。
「……私が間違っていなければ、これって横領ですよね?」
「はい、横領です。それも隠すつもりのないガバガバの横領です。もはや横領というよりも総取りに近いかと」
執事が真剣にうなずくので、とりあえずエレノアもうなずき返す。
事態が事態なのに落ち着いているのは、それでもどうにかなるだけの基盤があるからなのだろう。
さすがは名門ヘイズ公爵家とそれを支えてきた使用人だ。
「……つまり、叔父様は心ゆくまでヘイズの財産を使っていた、と」
「そうなりますね」
「ということは、あの悪趣味なキラキラ家具は」
「いずれこの邸に住まうのだからとギャレット様が買い揃えたものです」
なるほど。
それでエレノアが片付け始めたのを知って慌てて来たのか。
だが横領した金で勝手に購入したので、言えなかったと。
エレノアはため息をつくと、窓を勢いよく開ける。
眼下の美しい庭園では、マリッサとそれを応援する使用人軍団、そして追いかけるよれよれのギャレットの姿があった。
「マリッサ! 今日中に品がなくて悪趣味なお金だけかかった家具を売り払います。それ以外にも悪趣味な品があれば、私に報告してください」
エレノアの声に、庭に集まっていた使用人一同が歓声を上げる。
「悪趣味駆逐祭りだ!」
「悪趣味なお皿とも、これでお別れよ!」
「悪趣味な服も出さないと!」
「悪趣味なお酒は……もったいないけど、悪趣味だから仕方ない!」
「いや、待て。こら、おまえ達!」
一斉に走り出した使用人にギャレットが情けない声を上げているが、誰一人として従う者はいない。
「本当に悪趣味すぎて~、買い取ってもらえるか心配ですぅ~!」
マリッサに至っては歌うようにして庭を駆け抜けているが、いつになったら商人を呼んでくるつもりなのだろう。
エレノアは窓を閉めると、小さく息を吐いた。
「一体、どれだけ浪費していたのでしょう。勝手なことを」
現在このヘイズ公爵家の人間は、エレノアただ一人。
いくらエレノアの叔父とはいえ、ギャレットはアシュトン子爵に過ぎない。
それをこれだけ勝手なことをしているとは、思ってもみなかった。
今まではナサニエルに翻弄され、死亡ループで精一杯で、邸のことを顧みること余裕すらなかったのだ。
これは過去の自分に対しても反省しなければいけない。
「叔父様の後見としての権限をすべて取り上げ、私に戻します」
「かしこまりました」
「あなたにも苦労を掛けたようですね」
使用人達の様子からして、ギャレットの浪費は明らかでこれっぽっちも慕われていない。
それでも従わざるを得なかったのは、唯一の跡継ぎであるエレノアの後見人だったからだ。
悔いなく死ぬと決めたからには、残される使用人達の職場環境もきちんと整えておかなければ。
「いいえ。我々がお仕えするのはエレノア様ただお一人。ギャレット様がヘイズを継ぐようなことがあれば、皆一斉に辞職するつもりでした」
「……ありがとうございます」
今までも使用人達はエレノアに寄り添ってくれていたのだろう。
ただ、それに気付くだけの余裕がエレノアの方になかったのだ。
「それにしても、叔父様の浪費額もなかなかだけれど。ヘイズの財産はこの程度ではありませんよね?」
帳簿をめくりながら尋ねると、執事はそっと色違いの帳簿を差し出す。
軽く見積もってもギャレットの浪費の数倍から数十倍のその額に、執事はにこりと微笑んだ。
「さすがはエレノア様。詳しい帳簿を見ずともおおよそを把握しておられる。あの悪趣味野郎とは土台が違います。これ以外にも先代ご夫妻の思い出の品などには一切手出しをさせておりませんので、ご安心を」
つまり、あえてギャレットにある程度の額を自由にさせて、自分の思い通りにできていると信じさせていたわけか。
下手に出し渋れば面倒なことになるのは目に見えていたので、被害の少ない良案と言えるだろう。
「悪趣味な家具を捨てようとしたら叔父様が来たということは、邸内の様子は筒抜けなのですよね」
「ギャレット様に与する者はすべて把握済みです」
こちらもあえて泳がせて、ギャレットを安心させていたのだろう。
だが、それもここまでだ。
「今まで苦労させてすみませんでした。もう、大丈夫。不要なものは邸から排除してください」
「――ヘイズの御心のままに」
胸に手を当てて頭を下げる執事のその言葉は、ヘイズ公爵への忠誠の証。
ああ、こんなところにエレノアを見てくれる人がいた。
死亡する未来は変わらないとしても、ただそれだけで心が救われる。
ありがとう、終活。
きっと、悔いのない最期を迎えてみせる。
エレノアは楔石の瞳を細め、執事に笑みを返した。
すると祭りの翌日。
エレノアのもとに一通の呪いのポエムが届けられた。
※活動報告でエレノアのアバターを公開しました。
次話「死に装束を作りましょう」
エレノアのもとに届いた呪いのポエム――爆炎で浄化します!
そして高位神官の用意する死に装束って、凄く死ねそう!
ランキング入りに感謝いたします。
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