俺では、駄目ですか?
「第二王子がエレノアに執着するのは、何故だと思いますか?」
無事婚約が解消されたことを伝えようと神殿を訪れたエレノアに、ルークは麗しい笑みと共にそう問いかけてきた。
当初は「エレノア様」と呼ばれていたのだが、終活の相談相手であり師匠のような相手に様付で呼ばれるのは何となく抵抗がある。
それでエレノアも「ルーク」と呼び捨てにすることで互いに合意していた。
公爵令嬢として生きてきたエレノアにとって、使用人以外の年上の異性の名を呼び捨てにするというのは初めての経験。
何となく恥ずかしいけれど、同時にわくわくもする。
今までできなかったことをするというのは、終活の「悔いを残さない」という点でもいいことだと思う。
「ヘイズ公爵家の血と後ろ盾に未練があるから、ですよね」
結局のところ、ナサニエルにとってのエレノアはそれだけの人間だ。
とはいえ、ヘイズの影響力は相応に大きいので切り捨てるのも簡単ではない。
だからこそジェシカがいるのに婚約解消をしぶったのだろう。
正直、エレノアにもジェシカにも失礼な話である。
「半分、当たりです」
「半分ですか」
予想外の答えに首を傾げると、それを見たルークが微笑む。
楽しそうなその笑みも美しく、社交界に出れば数多の御令嬢が大騒ぎすること間違いなしだ。
高位の神官だから普段は一般の参拝者の前には出ないようだし、実にもったいない美貌である。
独占状態で話をするエレノアに罰が当たりそうだが、どうせすぐに死ぬのでそこは許していただきたい。
「第二王子は楔石の瞳を持つエレノアが欲しいのですよ」
「この瞳が珍しいからですか?」
ルークは首を振りながら、エレノアの前にカップを差し出す。
少し武骨なティーカップからは、紅茶の優しい香りが届いた。
「守護の宝玉が国を守っているという話は、一般にも知られているでしょう? 王宮の中に実在するのですが、それが楔石でできています。そこにあるだけで天災を防ぐと言われていて、王家の始祖が神より賜ったという言い伝えがあるのです」
「では、その宝玉と同じ色だから気に入っているということですか?」
それにしてはエレノアの扱いがぞんざいだったが、瞳以外は嫌いなのだろうから仕方がないか。
「楔石の瞳は王家の始祖の血が強く出た証。ほとんどは王家に生まれますが、ヘイズは由緒正しい家柄で王家にも近いので、たまにその瞳を持つ者が現れるようです。神と宝玉を繋ぐ楔とも言われますね」
確かに現在存在する公爵家の中で一番歴史があり王家に近いのは、ヘイズ公爵家だ。
血によって現れるというのならば、ヘイズに出てもおかしくはない。
「実際に楔石の瞳を持つ者が存在するだけで、その期間は特に平和だと言われています。宝玉に愛されている、とも表現しますね。縁起を担ぐようなものですが、重要視されているのは間違いありません」
なるほど。
では何があるというよりも、宝玉と同じ瞳だから大切にされているということか。
その割にはナサニエルの態度はアレだったが、逆に言えばエレノアが楔石の瞳を持っていなければもっと早くにジェシカを選んでいたのだろう。
そう考えると、忌々しい瞳ではある。
「その瞳を持つエレノアを妻にするというのは、即ち王になることと同義。だから、第二王子が手放すはずがないのです」
「……よく知っていますね」
では婚約解消を渋っていたのは、楔石の瞳を所持しておきたかったからなのか。
そうすると国王が婚約解消を認めたというのは、だいぶ大きな意味を持つはずだ。
どちらにしてもナサニエルが王になるとはいえ、少し罰を与えたということなのだろう。
「では、私が平民になったとしたら。何か変わりますか?」
「仮にエレノアがヘイズ公爵家の名を捨てても、楔石の瞳の価値に変わりはありません」
ということは、ヘイズでなくなればいいという問題ではないのか。
「なるほど。……だから監禁するわけですね」
「何ですか、それは」
急に鋭い声が差し込まれ、そこでようやく自身の考えが口に出ていたことに気付く。
「あ、ええと。そう言われたようなもの、でしょうか」
実際には何度か監禁されたし殺されたが、それはこの人生ではまだ起こっていない出来事。
何と表現したらいいのか難しい。
すると、ルークの表情がみるみるうちに曇っていく。
「楔石の瞳を勝ち取ったくせに、他にうつつを抜かしたばかりか、更に蔑ろにするとは。……俺が引いた意味がない」
「え?」
最後の方の呟きがよく聞こえなかったのだが、ルークはすぐに「何でもありません」と首を振る。
それでもエレノアのために怒ってくれたのだとわかり、何だか心が温かくなるのがわかった。
「エレノアは、どうしたいのですか」
「とりあえず、いつ死んでも悔いが残らないように終活を進めたいです」
過去の統計で死期が早いナサニエル関係は一応の区切りがついたので、少しは時間を確保できただろう。
だが楔石の瞳については完全に盲点だった。
親族の中に同じ瞳の持ち主がいない以上、エレノアがヘイズの後継の立場を譲るのも簡単ではないかもしれない。
「瞳を……くり抜くとか?」
「――は⁉」
間の抜けた叫びと共に、ルークがこぼれ落ちんばかりに目を見開いている。
「じ、冗談ですよね。駄目ですよ、絶対に駄目です!」
「痛くない魔法とか、ありません?」
「だから、あっても駄目です!」
エレノアが定めた後継者に楔石の瞳を持たせれば文句も出ないかと思ったのだが、そこまで反対されるとは。
「どうしてですか? 瞳に意味があるのならば、あげればいいのに」
痛いことは嫌だが、どうせエレノアは死ぬ。
過去の経験からして、大抵はかなり痛い目に遭って死ぬ。
どうせ痛いのなら、役に立った方がまだ救われるというものだ。
「瞳はあくまでも証。それ単体で意味はありません。エレノア自身が神と宝玉との楔なのです」
「なるほど。では瞳を含む体と、血筋と身分に財力。これらの都合がいいので、ナサニエル殿下は私に執着を見せたわけですね」
ジェシカを愛しているくせに所有欲だけでエレノアに構うのかと思ったら、きちんと理由があったわけか。
納得はできても共感はできない内容だが。
「まるでエレノア自身には価値がないような言い方をしますね」
まるでも何も、それが真実だ。
「誰かに愛されて、必要とされていたら……何かが変わっていたかもしれませんね」
もうどうしようもないとわかっているけれど、もしもと考えてしまう。
あれだけ殺されてループして諦めたはずなのに、人間というものは実にしつこい生き物だ。
「俺では、駄目ですか?」
「……はい?」
空耳が聞こえたので顔を向けると、そこには真剣な眼差しでこちらを見つめるルークの顔がある。
驚いたエレノアは、けれどすぐに笑みを返した。
「神官の慈悲の心は素晴らしいですし、ありがたいけれど。でも、もういいのです」
両親が死んだ今、もう誰もエレノアを愛することはない。
何をしても、しなくても、末路は死なのだから。
それでも気遣いが嬉しくて精一杯の笑みを浮かべると、ルークがぐっと唇を噛んだ。
「……次から、エレノアの邸に行ってもいいですか」
「出張相談ですか?」
「エレノアがいるところなら、どこにでも行きます」
それはまた、なんという好待遇だ。
こういう時には名門公爵家の令嬢も悪くないなと思ってしまう。
「ありがとうございます、ルーク」
礼を述べるエレノアに、ルークは少し困ったように青玉の瞳を細めた。
「さあ、いよいよ本格的に終活を始めましょう!」
翌日、エレノアは窓を開けると、清々しい空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
次話「悪趣味で困ります」
ついに本格的な終活の開始。
まずは悪趣味駆逐祭りじゃああああ!!
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