宝玉と楔のループ
「なかなか会えなかったが、やっと顔を見ることができた」
なかなかも何も、会う理由がないし会うつもりもないのだが、何故かナサニエルは満足そうに笑みを浮かべている。
「何度も手紙を書いたんだが、どうやら手違いで手元には届いていなかったようだな」
「手紙? あの気持ち悪いポエムみたいな呪いの手紙なら、燃やしましたけれど」
「強がらなくていいぞ。素直に喜べ」
何故か照れた様子でうなずいているが、少し見ない間に言葉も理解できなくなったのだろうか。
「それよりも。もう赤の他人ですし、こうして二人でお会いしたくないのですが。ここに連れてこられたということは、叔父様……アシュトン子爵に命じたのですか? 何の御用でしょう」
「エレノア。俺と婚約しろ」
間髪入れずに返された答えに、エレノアの口から深いため息がこぼれた。
「婚約解消したばかりですよ。大体、ジェシカと愛し合っているのでは?」
「それとこれとは話が別だ。おまえ、俺のことが好きだろう」
「別ではありませんし、好きでもありません」
ループ前の婚約直後ならばともかく、散々浮気して裏切って冷遇されまくった上に、死ぬ要因ぶっちぎりの第一位だ。
好意が残るはずもない。
「それよりも、私と二人で会ったと知ったらジェシカが怒るのでは? 嫉妬に巻き込まれたくないのですが」
いずれは死ぬとしても、まだ終活の途中だ。
ジェシカに関わると即日死亡してもおかしくないので、せめてもう少し後にしてほしい。
「ジェシカも、わかってくれる」
「つまり、話をしていないのですね」
視線を逸らすところからして、恐らく間違いないだろう。
「嫌だと言ったらどうします?」
「無理矢理にでも、婚約する」
その言葉に淀みはないし、ギャレットを使ってエレノアをここまで連れてきたのだから、引くことはないだろう。
少なくともナサニエルは楔石の瞳の意味を知っていて執着しているわけだから、今日のところは殺されずに済みそうだ。
まあ、これをジェシカが知ったら即死する未来が訪れかねないが。
「それは無理です。もう婚約していますので。神殿で認められたので、正当な理由と陛下の勅命がなければ覆すことはできません」
いずれ解消する予定ではあるが、ここはナサニエルを諦めさせるのに使わせていただこう。
「相手は、誰だ」
「……ルーク・オルコット」
その名前に、ナサニエルの眉間に皺が寄る。
「オルコットは二妃の母方の家名だ。……やはり、ルシアンか。神殿で婚約したというのなら、エレノアも名前を聞いてわかっていただろう」
「名前……そういえば、大神官は私の名前しか呼びませんでした」
あの時は気にしていなかったが、エレノアの名前と『二人』という表現をしていた。
つまり大神官もルークという名は彼の本来のものではない、とわかっていたわけか。
その上で、婚約を認めた。
第一王子が国王になるための道具として扱われたのだとも知らず、ドキドキしたエレノアが馬鹿みたいだ。
知らず自嘲の笑みを浮かべるエレノアに、ナサニエルが舌打ちをする。
「ヘイズの後ろ盾で王になろうと、利用されているだけだぞ」
「それはナサニエル殿下も同じですよね。そもそも婚約するつもりはありませんでした。陛下に謁見して婚約を解消してもらう予定です」
ただ、ジェシカの嫉妬以外にもエレノアを排除する利点が増えてしまったので、謁見まで生きていられる保証もないが。
「それでは遅い。ルシアンがエレノアとの婚約を発表すれば、そちらに付く貴族がいる。だからその婚約を無効にし、俺との婚約を結ばなければいけない」
「無理だと思います。それから、嫌です」
ルークと婚約解消したところでナサニエルと再婚約するはずもないし、勝手なことを言わないでほしい。
「いや、方法はある。……宝玉だ」
そう言うと、ナサニエルはエレノアを見てにやりと笑った。
ナサニエルが宝玉と呼んだのは、どう見ても割れた変な色の石。
神から賜ったという守護の宝玉と言うからには、もう少し綺麗なものなのかと思っていた。
「黒ずんでくすんだ緑色な上に、思い切り割れていますが。経年劣化ということですか?」
「それはもともと楔石でできていて、本来なら緑色に赤やオレンジの光が輝く美しい宝石だ。当然、ヒビどころか傷もくすみもなかった」
愛おしむように宝玉を撫でるナサニエルに、エレノアははっとする。
「ということは、ナサニエル殿下が落として割ったのですか」
「そんな馬鹿なことをするものか!」
ナサニエルは声を荒げたが、日頃から馬鹿なことばかりしているのであまり説得力がない。
「数か月前……ちょうどヘイズ公爵夫妻が亡くなって暫くした頃から輝きを失い始め、先日ついに大きなヒビが入った。そして北部と南部からは異常気象の知らせが届き始めている」
確かに最近各地で異常気象が起きているのは耳にしていたが、それと何の関係があるのだろう。
「宝玉は国の守護の要、楔石の瞳の持ち主はその楔。とはいえ、あくまでも形式的なものだと思われていた。だが、実際に宝玉の状態に合わせるかのように国中で異常が起きた」
そこまで言うと、ナサニエルは忌々しそうに舌打ちをする。
「陛下はこれを宝玉の影響だと考えている。だから俺とエレノアの婚約解消を認めたんだ。宝玉にヒビが入るほど、不仲で負担なのだろうと。――とんだとばっちりだ!」
拳を握り締めたナサニエルは、祭壇を思い切り叩く。
そもそもはナサニエルが堂々と浮気してエレノアを蔑ろにしていたからなので、宝玉のせいにするのはお門違いだと思うのだが。
「婚約と宝玉に何の関係があるのですか」
ナサニエルはどうやら祭壇を叩いた手が痛いらしく、反対の手でさすっている。
こういう考えなしで馬鹿なところは、実にナサニエルらしい。
「この世界で宝玉が力をふるうには、楔石の瞳の持ち主……楔の存在が必要らしい。常にいるわけではないからこそ、その存在を強く欲するそうだ。宝玉に愛されている、とも表現する。だからこそ、楔の影響を強く受けるらしい」
「強く、欲する」
「楔として宝玉が力を使う際の役割を果たせ、ということだろう」
それはつまり、エレノアがいないと困るという意味か。
……まさか、何度死んでもループして繰り返すのは、エレノアが死んでは困るから?
だから宝玉がループさせている?
それに気が付いた瞬間、エレノアの背をぞわりと寒気が走る。
何度裏切られても、殺されても、死んでも死んでも死なせてもらえないのは、この宝玉の――!
次の瞬間、エレノアは飾られていた燭台に手を伸ばすと宝玉めがけて思い切り振り下ろした。
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鈍感神官とストーカー王太子のラブコメです。
詳しくは活動報告をどうぞ。
次話「私は、私のものです」
宝玉を破壊しようとするエレノア。
止めるナサニエル。
そしてやって来たのは……!