新たな死のパターンが出現したようです
仮面を着けているとはいえ、何度もループした人生で聞き飽きた声は忘れることはない。
叔父のギャレットであることは間違いないが、まさかここでかち合うとは思わなかった。
さすがに姪を見分けられたのかという新鮮な驚きと共に、ギャレットも蝶をモチーフにしている仮面だったのでお揃いみたいで少し不愉快だ。
「最近、ヘイズ邸に入れないし、手紙の返事もないのはどういうことだ」
そもそもエレノアには、ギャレットが訪問してきたという話すら届いていない。
つまり使用人達が締め出した上で、手紙も届けなくていいと判断されたのだろう。
本来ならば主人であるエレノアに指示を仰がないのは問題かもしれないが、ある程度は執事の判断で動いていいと伝えてある。
ギャレットに関しては日頃の行ないの結果だ。
貴重な終活の時間を減らされずに済んだということなので、使用人達に感謝を捧げたい。
ナサニエルの手紙は何度も届いたが、さすがに王子の手紙を無視してエレノアに届けないわけにはいかなかったからなのだろう。
どれもこれも意味のわからないポエムで、まるでエレノアに未練があるかのような気持ちの悪い内容だった。
手紙を開くとすぐにマリッサが回収して燃やされていたので、あまり詳しくは憶えていないが。
「それで、何の御用ですか」
面倒なのでさっさと話を終わらせようと尋ねると、ギャレットがにやりと笑う。
「私と養子縁組をしよう。ヘイズを継いでやる」
これはまた、直球でやってきた。
「ナサニエル殿下の妃として、ジェシカでは王家が難色を示している。だが、公爵令嬢という身分ならば問題ないだろう」
不満そうに言っているが、それは身分ではなくて楔石の瞳を持っていないからではないのだろうか。
もちろん子爵令嬢よりは公爵令嬢の方が話は早いのだろうが。
何にしてもギャレットにヘイズを譲ると親族がもめるのは決定事項だし、いずれヘイズは没落する。
終活を進めているとはいえ、まだ後継者を立てていないので時期尚早だ。
「仮に養子縁組しても、私が成人すれば公爵は私ですよ」
自分で言ってから気付いたが、もしかしてこれは邪魔になったエレノアを殺すパターンに入るのではないか。
養子縁組が成立するまでは安全だが、その後は一気に死亡率が跳ね上がる。
何にしても後継者選びを急いだ方が良さそうだ。
「それならば、ナサニエル殿下と婚約するんだ」
「はい? 婚約解消したばかりですし、ジェシカがいるではありませんか」
側妃という提案を嫌がっていたし、もちろんエレノアだってあの二人には極力関わりたくなかった。
「このままでは優柔不断の殿下と別れることになるのだから、そのくらいは妥協してもいいだろう。どうせ愛されているのはジェシカだ」
全方向に失礼な物言いだが、今更その程度で怒る気力もない。
「それはそうですけれど。私にはひとつの利点もありません」
「ヘイズは私が継ぐから心配はいらない」
「それは無理です」
仮にナサニエルと婚約したとしても、ヘイズ公爵家の後継者がエレノアであることに変わりはない。
そしてその後継にギャレットを選ぶことはないのだから、無駄な話だ。
すると、それまでも苛立つ様子を見せていたギャレットの表情が一気に険しくなる。
「いちいちうるさいな。美しさと血筋しか取り柄がないのだから、大人しく私の駒として動けばいいんだ! 兄さん達と一緒に死んでいれば良かったものを!」
自分勝手な上に正直すぎて怒るよりも先に呆れていると、ギャレットがじろりと睨みつけてくる。
「ルシアン殿下と何を企んでいるのかは知らないが……」
「誰ですか、それは?」
面倒くさいので登場人物を増やさないでほしいのだが、ギャレットの新たな手駒だろうか。
すると、ギャレットは忌々しそうに鼻を鳴らす。
「おまえのパートナーだ。隠しても無駄だぞ。仮面をしたままでもナサニエル殿下に似ているし、髪色も一致している。蝶の仮面はありふれているが、それに月を合わせるのは話が別だ」
そう言いながら、ギャレットは自身の仮面を指差す。
「王家の象徴は蝶と太陽だが、非公式の場ではそれに代わって月で表す場合がある。仮面着用という身分を隠す場で、あえて蝶と月を揃えて身に着ける馬鹿はいない。いるとすれば、お忍びの王族ということになる。そして今それを身につけられる年頃の男性は、ナサニエル殿下以外には第一王子のルシアン殿下しかいない」
第一王子……ルシアン・アーテリー。
確かに、そう言われてみれば何となくナサニエルに似ている部分もある。
だから初対面の時から既視感があったのだろうか。
元貴族どころか王族とは、驚きを超えて笑ってしまいそうだ。
「でも第一王子は病で臥せっていると聞きましたが」
それどころか既に亡くなっているという話すら聞いたことがあるし、ギャレットの勘違いではないだろうか。
「第一王子は母親である二妃を亡くし、ヘイズ公爵家が第二王子であるナサニエル殿下についたからな。立場が弱いので殺されないためだとも、本当に病弱だとも、ナサニエル殿下の母である三妃が毒を飲ませたとも言われているな。少なくとも、この十年は公式の場に姿を見せていないのは確かだ」
だからルークという名前で、神殿で過ごしていたというのだろうか。
いや、まだわからない。
それらしい言葉を並べて、エレノアを都合よく動かしたいだけの可能性も大いにある。
何せ、今までがそうだったのだから。
「今、ルシアン殿下がエレノアと婚約でもしようものなら、次期国王としてのナサニエル殿下の立場を脅かす。ナサニエル殿下はお世辞にも賢くないし、人柄から反発もあるからな」
またしてもさらっと失礼なことを言っているが、もしかして本当はナサニエルが嫌いなのだろうか。
「ヘイズの後ろ盾が国王に必要である以上、エレノアはナサニエル殿下についてもらわなければ困る」
「色々言いたいこともありますが、とりあえずお断りします」
その提案通りに動いた場合、まずジェシカの恨みを一身に買う。
今までのループで一番多くエレノアを殺したのはジェシカだし、一気に死が近付くだろう。
まだ遺言が完成していないし後継者を指名していないので、もう少しだけ待ってもらいたい。
「本当に勝手な娘だな。こうなったら手荒な方法を使うしかあるまい」
吐き捨てるようにそう言ったのが合図だったのか、ギャレットの背後から見知らぬ男性が現れ、エレノアに剣を突きつけた。
とはいえ、楔石の瞳がある以上、ここですぐに殺すことはないだろう。
今までのループでギャレットに直接殺されたことはないし、これは脅しだ。
すると男は剣を更に近付け、にやりと笑うとそのままエレノアの首筋に剣を這わせた。
痛み自体はたいしたことはないし、出血したとしてもすぐに止まるだろう。
だがそんなことよりも、ギャレットの目の前でエレノアに傷をつけたという事実に背筋が冷える。
ここに来て、新たな死のパターンが出現したのかもしれない。
声を出したり逃げようとすれば、恐らくこの男はエレノアに再び刃を向けるだろう。
まだ終活を終えていない以上、今ここで死ぬわけにはいかない。
エレノアは仮面を外して投げ捨てると、ギャレットに続いて会場を後にした。
次話「死の理由が増えただけ」
ルークは第一王子?
そして連れて行かれた部屋に現れたのは……。
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