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14/23

まさかの報復をされました

 翌日、迎えに来たルークは控えめに言っても並ぶ者のない美しさだった。

 普段着も新鮮だったが、夜会のための盛装は破壊力が桁違いである。


 灰色の上着はどちらかと言えば地味なはずなのに、ルークの美貌をもってすれば逆に華やかに見えるのだから恐ろしい。


 だが、どこかで見たような気がするのは何だろう。

 こんな美青年を見たら忘れないと思うので、本人ではなくて誰かに似ているということかもしれない。


 何だかすっきりしなくて首を傾げていると、エレノアに気付いたルークが満面の笑みを浮かべた。


「とても綺麗ですよ、エレノア。まるで妖精のように可憐で、見ているだけで幸せです」

 屈託のない笑顔と共にそう言うと、嬉しそうにじっとこちらを見つめている。


 今日のエレノアのドレスは、淡い緑色を基調としたシンプルなデザインだ。

 上質な生地で仕立てられているとはいえ華やかさはそこまでないし、いくら何でも褒め過ぎである。


 公爵令嬢で王子の婚約者という立場上、お世辞なら浴びるほど言われてきたエレノアだが、ルークの笑みにも言葉にも嘘は感じられない。

 それはそれでどうなのかと心配ではあるが、決して悪い気分ではないのだから困ってしまう。


 思い返せば、長年パートナーだったナサニエルはエレノアを褒めるようなことはなかった。

 こういう新鮮な体験も終活にいい影響を与えてくれるだろう。



「僭越ながら申し上げます」

 突然声を上げたマリッサは、エレノアの横に立つとまっすぐにルークを見据えた。


「エレノア様はお疲れですので、抱っこしてほしいとのことです」


 ――まさかの、報復。


「こ、これは、違う……」


 衝撃を受けつつも弁解しようと思う間もなく、エレノアの視界が揺らぎ、床と足が離れる。

 あっという間にエレノアを抱き上げたルークに驚いていると、青玉(サファイア)の瞳が細められた。


「いくらでも。喜んで」


 何故そんなに嬉しそうなのかはわからないが、至近距離でにこにこと微笑まれてしまうと文句を言いづらい。

 どう伝えるべきか考えている間に、気が付けばエレノアは馬車に運ばれていた。



 何の躊躇もなく抱っこしたことも、意外と力強い足運びも、幸せとしか言いようのない表情も、エレノアを困惑させるばかり。


 それでも馬車に乗ったのだからようやく解放されると思ったのに、馬車が動き出してもまだエレノアはルークの膝の上に乗せられていた。


「あの。もう、いい加減におろしてください」

「何故?」


「何故も何も。恥ずかしいですし、重いですし、意味がわかりません」

「嫌です。可愛いので」


 どうにかルークの膝から下りようとはするのだが、しっかりと抱えられていて身動きが取れない。

 これはきつめに文句を言わなければ駄目かと顔を上げると目の前に青玉の瞳があり、その近さに慌ててうつむいた。


 抱っこされているのだから、顔が近くて当然だ。

 そんなことはわかっているのだが、穏やかな瞳も、力強い手も、意外とがっちりとした胸板も。


 どれもこれも刺激が強いので、どうにかしてほしい。

 何よりも赤くなってしまう頬を、どうにかしてほしい。

 すると、ルークの楽しそうな笑い声が馬車の中に響く。



「何を笑っているのですか」

「顔を赤くしたり、照れたり、ちゃんと年頃の女の子だなと思ったら、嬉しくて。ああ、もっと早くからスキンシップを取れば良かったですね」


「それ、ただのいやらしい神官ですよ」

 祈りや相談に来た相手にこの調子で抱っこしていたら、大問題だろう。


 ……いや、ルークの場合は美青年なので、逆にそれ目当ての人が押し掛ける可能性もある。


「エレノア以外に触れるつもりはないので、大丈夫です。でももう婚約者ですし。少しずつなら、いいですよね」


「これが、少しですか?」

 批判の意味で質問すると、ルークは不思議そうに首を傾げる。


「俺のペースにしてもいいのなら、その方が嬉しいですけれど」


 そう言うとルークの手がエレノアの頬を滑るように撫で、吐息がかかるほどの至近距離でじっと見つめられる。


 ただ近いだけでも刺激が強いのに、その瞳には目を離せない何かが宿っていて。

 本能で危険を察知したエレノアは、慌ててルークの手をどかして横を向いた。


「だ、駄目ですっ!」

「わかりました。我慢します」

 あっさり引いてくれたのはありがたいが、根本の問題が解決していない。



「そろそろ、おろしてくれますか」

「せっかくおねだりされたので、もう少しこのままでいたいのですが」


「私はしていません!」

 酷い濡れ衣だと訴えるため顔を上げると、ルークは楽しそうに微笑んでいる。


「会場に到着するまで、それほど時間はかかりません。それに誰も見ていませんから……ね?」


 迸る色気に眩暈がしそうになり、エレノアは暫し目を閉じる。

 何なのだ、この神官は。

 神に仕える身でこの色気は反則ではないのか。

 人目の問題ではなくて、抱っこ自体が不要なのだ。


 色々言いたいことはあるのだが、目を開ければ期待に満ちた青玉の瞳に見つめられており、一刀両断するのも難しい。


「……さ、触らないのなら」

「わかりました。仕方ありませんね」

 あっさり承諾すると、ルークはエレノアの腰と脚に回していた腕をおろす。


 ほんの少し密着度が下がったことで、心の安寧を取り戻したのも束の間。

 馬車が急に揺れたせいで、エレノアの体がルークの膝から宙に浮いた。



「きゃっ⁉」

「エレノア!」


 膝から落ちる寸前、ルークが素早く腕を伸ばす。

 力強く引き寄せられたエレノアはすっぽりと腕の中に収まり、勢いよく抱きしめられたせいかふわりと爽やかな香水の香りが鼻をくすぐった。


「大丈夫ですか、エレノア」


 落下しないように支えてくれたのだから、お礼を言うべきだ。

 だが、力強く抱きしめられ、何だかいい匂いがして、その上耳元で囁かれたせいで、エレノアの中の何かが一気に限界に達した。


「さ、触ったからもう終わりですっ!」


 少し上擦った声を上げながらじたばたともがいて膝の上から逃れると、急いで向かいの椅子に腰かける。

 顔どころか全身が熱いし、息も上がっている。

 まだ夜会会場に到着すらしていないのに、何故こんなに疲れなければいけないのだ。

 肩で呼吸をするエレノアを見ていたルークは、次第に口元を綻ばせて笑い始めた。


「あー、可愛い。俺は何で今まで我慢していたのでしょうね。もっと早くエレノアに会いに行けば良かったのに」

「いくら高位の神官でも、用もなく公爵家を訪問できませんよ?」


 今は終活相談という名目があってエレノアが招いている形だが、ふらりとやってきて会うというのはほぼ不可能だ。

 するとルークは少し寂しそうに目を細めてうなずく。



「エレノアは、本当に憶えていないのですね」

「何の話ですか?」


「いいえ。……さっさと攫ってしまえば良かったと後悔しているだけです」

 結局何のことだかよくわからず、エレノアは首を傾げる。


「ああ、もう到着しますよ。会場ではこれを着けてくださいね」


 差し出されたのは蝶を模した仮面だ。

 黒をベースに赤いビーズなどで装飾が施され、華やかで美しい。


「目元を覆ってもエレノアの美しさは隠し切れませんから、会場では気を付けてください。変な男について行ってはいけませんよ」


 まるで子供にする注意だが、エレノアのことを何だと思っているのだろう。

 ルークの仮面も蝶を模しているようだが、こちらは青い装飾に月のような飾りも入っている。


 これはもしやお揃いになるのだろうかと思うと頬が熱くなり、今までナサニエルとお揃いだったことはないと気付いて一気にその熱が冷める。


 浮気に裏切りに冷遇に暴言とろくなものを貰っていない相手だが、今になって心を冷ますという役割を見つけられたのも終活のおかげだろう。


 婚約解消後は謎のポエム的な呪いの手紙を定期的に送ってくるようになったが、このまま顔を見ずに人生を終えたいところだ。



「そんな変な人がいるのなら、行かない方がいいのでは?」

「今、参加できるのはここくらいなので」

 確かに、王子と婚約解消した公爵令嬢が普通に顔を出すと色々うるさそうではある。


「一番は、エレノアのドレス姿を見たかったのですが。……つらいようならやめますか?」

「いいえ。ここまで来たので、何か食べて帰ります。もうこういう場に出ることもありません。仮面をつけるというのは初体験ですし、死ぬ前にいい経験です」


 わざわざ着替えて、抱っこまで乗り越えたのだから、しっかりと終活的目的も果たさなければ損だ。


「理由はアレだけれど、楽しんでもらえたら嬉しいです。さあ、行きましょうか」






次話「今度こそ助けたい」

「俺が見たのは夢です。でもただの夢ではない。……あれはエレノアですよね?」


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― 新着の感想 ―
[一言] ルークも神官の端くれなら神の力で触れずにお姫様抱っこしないと
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