そのラジオ番組は……
―夜「車内」―
「ふう~……すっかり遅くなっちゃいましたね」
「そうだな」
小見先輩と一緒にとある事件の調査で関係者に会ってきたその帰り……周囲はすっかり暗くなっていた。いつもなら、夜空に輝く星や月が見えるのだが、今は空が曇っていて余計に暗く感じてしまう。近頃じゃあ、定時退社が強く薦められている中で、事件を追う警察官にはそれは無いのである。
「それで小見先輩。今日会った女性なんですが……」
「怪しいな。旦那が死んだのに、あの態度……実に怪しい」
そう言いながら、車を走らせる小見先輩。今回の事件は、とある男性が自宅近くの海で溺死。その体からはアルコールが検出されたので、当初はお酒が原因の事故だとされていた……その旦那に多額の保険金が掛けられていたという事実が分かるまでは。
それを怪しいと疑った私達は、その男性の奥さんへと話を伺っていたのだが……。
「あの女……聴取していた様子だと……旦那が死んで喜んでいる節がある」
「ええ……私もそれは思いました」
奥さんの態度は凄く分かりやすく、色々な事を言っていたが、要は自分は何もしていない、怪しくはない! と言っていた。しかも話を伺っている間、旦那と過ごした日々の思いでや、旦那が死んだことに対する寂しさや悲しみという話は一切出てこなかった。
「明日から、徹底的にあの女を調べるぞ」
「はい」
「……コンビニに寄っていいか? 喉が渇いたんだが」
「ああ。どうぞ」
小見先輩が目の前の見えるコンビニに寄りたいと訊いてきたので、私はそれにイエスで答える。そのまま、コンビニの駐車場へと駐車して、私を車内に残して小見先輩はコンビニへと入っていった。
「……」
静かな車内。私はスマホを取り出して、ラジオのアプリを開く。車内にもラジオがついているのだが……無線が一緒にあるのだ。ラジオ点けっぱなしで無線に出たら始末書を書くことになるかもしれない。
(県内のニュースをお伝えします)
私は、小見先輩を待っている間ニュースを静かに聴いていく。これは県内でどんな事件が起こってるのかを知るために聴いていて、ときどきではあるが、担当する事件に役立つ時があったりする。
(本日、正午付近……)
椅子を少しだけ倒して、目を瞑って静かにニュースを聴いていく。交通事故にどこかで行われたイベントの様子……次々にニュースの内容が変わっていく。
「ふあぁ~~」
私は大きな欠伸をしてしまった。今日は、別の事件の応援で、朝が早かったためにいつもより睡眠時間が短かく、いつもなら起きて入られるこの時間に眠気が襲ってくる。
(次は……)
スマホから流れるラジオの放送。私は意識がまどろんだ状態で、流れるラジオをのニュースを聞き流していく……。
(次の……は……で……)
「……?」
何だろう……話していた人とは違う声が聞こえたような気がする……。
(私……こ………ました……理……つ……りです)
断片的ではあるが、どうやら先ほどとは別の男性が話しているようで、その声には覇気がなく、かなり弱々しい……。
(……は、私……がある……車……近く……海……)
私はいつの間にか、その男性の話をしっかり聴こうとして、自分の耳に精神を集中させる。
(そこ……私は……)
先ほどよりハッキリ聞こえる男性の声。
(……で…殺されました)
殺された……一体、どこの誰が殺されたのだろう?いや、そもそもこんな話をラジオで流すようなものなのだろうか?
(その証拠に××海岸……砂浜に……)
××海岸って、今いる場所から、すぐ近くのような気が……。
「おい!起きろ!」
「うわっ!?」
私は先輩の声で、シートから跳ね上がるように起き上がる。
「ったく……いくら何でも熟睡し過ぎだ……ほら」
小見先輩が買ってきた飲み物を差し出してきたので、私はお礼を言って受け取る。
「で、スマホで音楽を聴いていたのか?」
「音楽?」
私は飲み物を飲みながら、スマホの方へと視線を向ける。
(……は~い!ということで片恋の花でした!この曲は……)
「何だ……これ?」
「ラジオですよ。今はスマホでラジオを聴けるんです。パトカーにもありますけど、それを使ったら始末書じゃないですか。だから、それで県内のニュースを聞いていたんですが……」
「寝落ちして、いつの間にか番組も音楽番組になっていたと」
「そうです……」
小見先輩が鼻で笑う。私は気まずくなって、今もラジオが流れるスマホを回収して、その画面を開く。
「あれ?」
おかしい……この番組は既に30分も前から始まっている。スマホの時計を見ると、小見先輩がコンビニに行っていた時間は10分ほどであり、タイトル名からしてもニュースを流すような番組ではなさそうである。
「どうした? 変な顔をして?」
「……小見先輩。ここから××海岸って近いですよね?」
「それなら、ここから5分ぐらいだが?」
「……少し寄ってもらっていいですか」
「それはいいが……どうした?」
「少しに気になるニュースがあったので……」
「……長くは待たないぞ」
「はい」
そう言って、小見先輩が車を走らせる。ラジオで聞いた××海岸にはすぐに到着して、私は車から降りて、暗い砂浜をスマホの灯りを頼りに周辺を見渡す。
「そんな灯りで何を探してるんだ……」
後から来た小見先輩が、パトカーにあった懐中電灯を持って、私のところまでやってくる。
「いえ……特に何を探してるとかではなくて……うん?」
すると、遠くで光を反射する何かが波打ち際で転がっている。私はそこに近づいて、その何かを拾い上げる。
「……瓶だな」
「はい」
真新しい瓶の中に紙切れが入っているだけの物。
「……これをお前は探していたのか?」
私は小見先輩の問いに答えるより前に、その瓶の中にある紙切れを取り出して、それが何なのかを確認する。
「小見先輩」
「うん?」
「明日、この人に会いに行きましょう」
私が小見先輩に紙切れを差し出すと、小見先輩はそれを受け取って、中に何が書かれていたのかを確認。すると、すぐに驚いた表情へと変わり、そして……どうしてこんな物がここにある事を知っていた自分に、鋭い視線を向けるのでした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―瓶を拾ってから数日後「喫茶店みくも・店内」―
「で、被害者の奥さんと不倫相手を逮捕したと?」
「はい」
私はとある事件でお世話になったこの喫茶店の店主である三雲さんに、コーヒーを頂きながらこの不思議な事件の話をしている。
結局、瓶の中に入っていた紙切れには、殴り書きで被害者の奥さん名前と男性らしき名前が書かれていた。私達は翌日、奥さんの交友関係から同名の男性がいたので、その男性に紙切れと、紙切れが入っていた瓶を見せたところ、男性は青ざめた顔ですぐに自供、被害者の奥さんもすぐに逮捕することが出来た。
「被害者の提案で、被害者は奥さんと事件現場で離婚について話し合うつもりだったそうです。そして慰謝料を払う事が嫌だった奥さんが、事前に呼んでいた不倫相手であった男性と協力して、無理やり被害者に酒を飲ませた後で、顔を海に抑え付けて殺害。保険金を得るために、事故に見せかけようと近くの防波堤から海に落としたそうです」
「なるほど……しかし、そうなるとその瓶と紙切れは……」
「旦那さんが襲った犯人の名前を書いて、それを飲まされた酒の瓶に入れて流した……と、なってますけど……」
「中の紙が渇いていた以上、少なくとも男性は一度、陸に上がって書いたことになりますね?」
「ところが、鑑識の久美さんの話では、被害者は海に落とされる前には既に死んでいたとのことです。そして……瓶は別の場所で奥さんが海に投げ捨てたそうですよ。栓を開けたままで」
「不思議ですね」
「はい。不思議ですよ……」
一通り喋り終えた私は、少し冷めてしまったコーヒーを飲み干し、お会計を済ませて店を後にしようとする。
「ラジオから死者の声がするというのは、よくある定番の心霊話なですが……佐々木さんが聞いた奇妙なラジオ番組から流れた男性の声はいかがでしたか?」
「……似ていましたよ」
「そうですか」
誰に似ていたとかは訊かずに、静かにお釣りを返す三雲さん。私はお釣りを受け取って店を後にする。
「さてと……」
三雲さんに話したことで、少しだけ心が軽くなった私は仕事へと戻るのであった。