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天に二日無し  作者: OWL
序章 神亀雖寿 ~後編~
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第37話 家畜

「ファノちゃーん、ちょっとジーン貸してくれる?」

「だめ」


ジーンはいつもファノにべったりと張り付いており、力づくで引き離すには可哀そうだったのでオルスがレナートに頼んだのだが、レナートでもうまくいかない。


「だってさ」

「うーん、困ったな。愛玩犬を飼ってる余裕はないから訓練してやりたいんだが」


ウカミ村を出る際に大半の家畜は処分して干し肉や燻製肉、塩漬け肉などに変えた。

血液も内臓も利用できる部分は全て使った。

牧羊犬や、馬でさえも。


処分するに忍びなく、放してやった家もある。

狩猟犬、牛、羊は少しだけ連れてきていた。

ジーンも狩猟犬として訓練し、役立てなければ、示しがつかない。


「お父さんやお母さんは他の人たち以上に働いてるんだから別にいいんじゃない?」

「そういうわけにはいかん。皆、それぞれ役割がある。役割に上も下もない、ろくな力仕事が出来ない学者の先生方も随分役に立ってくれてる」


地元人以上に植物について詳しい学者もいるし、鉱山技師もいる。


「でもジーンがいてくれればファノの面倒見る大人の手も空くし、ボクもお手伝いするからさ。上手く宥めてよ」

「まあ、面と向かって文句言われたわけじゃないから宥めるまでもないが、やっかまれる事態は避けたい」


オルスの心配は結局は取り越し苦労となった。

ウカミ村で処分せず、放してやった家畜の群れの一部が匂いを辿ってかカイラス山に辿り着いてしまったのだった。


オルスはケイナン、エレンガッセン、そして遠征から戻ってきたサリバンと相談することにした。


「処分されるというのに戻ってくるなんて家畜ってのは哀れなもんだなあ」


生まれてからずっと世話をされて囲いの中で過ごし、野生では生きていけない動物達。

屠殺される時には血の匂いを嗅いで暴れるもののそれ以外の時は懐いている。


「非常用の食料としてこのまま山に放っておけばいいでしょう」


エレンガッセンが積極的に提案をするようになってから、オルスは彼も身内の相談に呼ぶようになった。


「しかし、それだとこの山に蛮族を招きかねない」

「まとめて処分しても血の匂いは山々を越えて惹きつけるかもしれません。彼らの嗅覚はまさに動物並みですから」

「・・・サリバンはどう思う?」


オルスは狩人としては遥かに経験豊富なサリバンの意見を尊重することにした。


「この山は周辺を背の高いハゲ山に囲まれてあまり目立たない。水も緑もあるから動物が集ってくるのはそれほど不思議じゃない。半分放牧するくらいのつもりでも構わないんじゃないか?」

「目立たないと思うか?」

「三百人からが生活してるんだ。俺達にまったく気づかないという事はないだろうが、それより主要都市の攻略に専念するだろうさ」


サリバン隊が下界、低地地方まで行って確認したところ彼らは今年は高原地域までやってきそうにはなかった。


「そうか、なら多少は食糧に余裕も持てるか」

「ああ」

「下の様子はどんなだった?」

「悲惨、それに尽きる」


サリバンは借りた望遠鏡を使い、山から見下ろせる大都市の様子をしばらく観察していた。

人間達はかつて蛮族に対してそうしていたように、鎖を付けられて闘技場のような所で殺し合いをさせられていた。

蛮族たちは殺し合いを見物し、略奪した酒と女を殺し合いをさせている男達の前で楽しんでいた。吐き気がする光景を眺め、無力感に打ちひしがれてサリバンは戻ってきた。


「それが帝国人がやってきたことだな。今度は俺らの番というわけだ」


血生臭い事を嫌う人間もいるが、多くの人間はそれを娯楽だと思っていた。

奴隷制が禁じられ、人間が人間を虐げ、搾取することは表向き悪行、人道に反する事だとされて法整備も進んだ。

蛮族については一部の例外を覗いて一般人が所有することは許されないが、闘技場に出したり動物園で展示する為に許可も出る。そこから横流しされて、地下闘技場や悪趣味な娼館で働かされていた。


「皆に見てきたことを話してやってくれ。最近、危機感が足りてない人間が多いようだからな」

「わかった。で、食糧問題は大丈夫そうなのか?」

「エレンガッセン先生の提案のおかげもあって春以降もしばらくは持つだろう」


ここでエレンガッセンは春になったらしばらくサリバンやガンジーン達も外での活動を停止してカイラス山に完全に閉じこもる事を提案した。


「それはやり過ぎじゃないかな。外の状況が分からないと不安になる」

「では、近隣の山々に蛮族の気配があれば、いっそ内陸の都市へ誘導してみては?そちらへの攻撃を優先してこちらに手を出してこないでしょう」

「それはなかなかえげつない提案だな」

「どうせいつかは都市部は攻撃されます。良心が咎めるなら警告してやればいい」

「襲撃対象をなすりつけつつ、警告か。随分割り切ったもんだな」

「肝を据えたのです。我々がウカミ村の人々と遭遇した時、食糧を少し分けて貰って、自力で内陸を旅して都市へ逃げ込もうという人も多かったのですが私が説得しました。フォーンコルヌ皇国はあまり食糧生産能力が高くなく、輸送網が蛮族に寸断されて攻め込まれずともすぐに食糧不足に陥ると。食糧を失った都市住民が最後にやることは人肉食です。帝国がかつて経済封鎖を行った西方圏の諸都市で実際に起きた事。私はそれより山野での行動能力に長けたあなた方に将来を託すことにしました」

「なるほど・・・。最初から見切りをつけていたというわけか。で、さっきの提案を誰かにに話したか?」

「いいえ、話した所で反対する人は少ないでしょうが、皆反感を持つだけです」

「だろうな・・・やるとなったらサリバンにやってもらう事になるが、やれるか?」


オルスは年長で経験豊富なサリバンに遠慮したが、サリバンは気にする必要はないと答えた。


「こういう時はやれ、と命じてくれていいんだぜ。族長」

「しかしうちらは軍隊じゃねえしな」

「いえ、今後は軍隊並みの規律が必要です。実際処刑された者も出したことですし」


躊躇うオルスにエレンガッセンが口を挟み、サリバンも同意した。


「そういうこった。オルスは皆に認められて族長になったんだ。自覚を持ってくれ。・・・で、相談なんだが」

「なんだ?」

「匂いを辿らせて蛮族を誘導するのは俺がやるが、その任務はマリアもつけてくれ。軍隊経験者がいた方がいい」

「そうだな、そうしよう」


本格的な冬に入り、カイラス山にも雪が積もり始めた。

地底湖、地下温泉が発見された事で凍死者も無く、清潔な水も手に入り外へ出る必要も薄れた。食糧についても虫や鼠を食べる事も人々は受け入れられるようになったおかげで多少の改善をみた。


そして長い冬を乗り越え春が近づくにつれ、夜にこれまで聞くことの無かった狼の遠吠えが聞こえ始めた。


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2022/2/1
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