第36話 不純異性交遊禁止令
「ってなことをいってくれるわけよ。うちの娘の健気さと優しさがお前に分かるか?」
ヴァイスラからレナートとマリアの会話を聞いたオルスはテネスにのろけ話をしていた。
「わかった、わかった。お前少し酔い過ぎだぞ。それ最後の酒だろうに」
「そうだ。みじめったらしくちびちび飲むよりこれで終わりにしようと思ってな。ひょっとしたら人生最後になるかもしれん」
食料の確保に必死な状況では酒造りをしている余裕はない。
「しかし何かしら娯楽は考えた方がいいだろうな。子作り禁止令も出してしまったことだし。あまり長く守られるとも思えないが」
「まあな。娯楽といえば歌や踊りくらいだな。そのうち楽器とかも作れればいいんだが職人がいないと無理だろうな」
「子供らはそこらへんにあるものを適当に楽器代わりにするさ。俺達にもあのくらいの無邪気な適応力が必要だ」
「まったくだな」
ウカミ村の人々と避難民はまだまだ打ち解けたとは言い難いが、子供達は別だ。
分け隔てなく遊んでいる。処刑された窃盗犯の子供はまだ放心状態だが。
「俺はお前や民会の判断に従うし、人前で反対はいわないがここだけの話、好き合っている者を押し込めるのは無理だ。交際させてしまった方がいいと思うぞ」
「まあな。お互いの集団の中から付き合うやつが出てきて結婚して子供でも生まれれば融和の象徴になるだろう。だが、無計画に子供が増えれば自滅するってケイナン先生がいうんでな。俺ももっともだと思う」
食料を確保するには行動範囲を拡大しなければならない。
行動範囲を広げれば広げるほど敵に発見される可能性が高まる。
男女交際の禁止は民会では反対もあったが、代表者会議では全員賛成だった。
ただし条件が付けられて修正された。
・食料配給は世帯ごとに現在の人数に応じて決まる
・新たに子供が誕生しても配給量に変化はない
子づくりについては間接的な禁止令に置き換わった。
配給量の見直しは一年後の食糧余剰に応じて行われる。
子供が欲しければこれからの一年頑張って働くしかない。
これは住民たちにこの生活は長く続くことを覚悟するようにも示していた。
「脱走者は三名。全員避難民か。やはりなかなか統制は取れないな」
脱走者はテネスが追跡して全員その場で射殺した。
「神々への誓約を連中は軽く考えすぎた。俺達に従う事を条件に貴重な食糧をわけてやったのに」
潜伏すると決めた以上、居場所が漏れるような行動は厳禁である。
フィメロス伯に居場所がバレる事も、蛮族にバレる事も避けたい。
「その場しのぎの嘘を俺達は絶対に許さないということは連中にもよくわかったろう」
「だな、しかし俺は例の強姦魔の件でも思ったがあの厳しさを身内に適用するのは無理だ。もちろん俺の子供はあんな真似は絶対にしないが、もしやったとしても俺は筋を曲げて守っちまうだろう。で、文句を言うやつは処刑しちまう」
「それが人の親ってもんだろう。しかし、はっきりいって暴君だな」
テネスは苦笑した。
「ああ。なんかさ、この立場になって王様や貴族ってのは大変なんだなってつくづく思ったよ。聖人君子なんてあんなもん人間じゃねえ。やりたいことやって文句言う奴は黙らせる力があるのに何で家族を裁く?ありえねえ、俺なら絶対に守る」
「実際そういう奴多かったからな。民衆の反乱が起きるのも当然だ、しかしなんだかんだいって王侯貴族らの多くは何千年もよく統治してたもんだ」
「もし子供らがどんなに酷い事をやったとしても、俺がレンやファノを処刑するなんて天地がひっくり返ってもありえねえ」
「俺も子供がいたらきっとそう思うよ。しかしあのアルキビアデスも最初の過ちの時点でレアがきっちり叱りつけてりゃああはならなかったろうになあ」
「まったくだ。レナートはまともに躾けられなかったのに自分できちんと育ってくれてよかった。本当に」
酔いが回ったオルスは男泣きしている。テネスは苦笑しながら酒を注いでやった。
「子供らに習って大人もなにかしら娯楽を始めた方がいいだろう。働きづめじゃいずれ不満が吹き出てくる」
蛮族が迫る前に内輪で次々と死者を出してしまった。
マリア達に勝手についてきた無法者達だから今はあまり気にされていないが、委縮する雰囲気はある。いずれ不信と不満に転化してしまうかもしれない。
「そうだな、何か提案はあるか?」
「俺にはあまり思いつかないが、避難民の中には文化人も多いようだし絵や彫刻づくりとかでもいいんじゃないか」
「はは、じゃあ洞窟内に壁画でも作るか。もう原始時代だな」
「蛮族が支配する天下になったら実際原始時代に戻って獣に怯えながら暮らすしかない」
「だなあ、誰か連中を追い払ってくれないもんかね」
◇◆◇
「ずるいぞレン!」
「えーなにが~?」
レナートはロスパー・ヴェスパー姉妹を抱えて両手に花状態だった。
「レンが女の子だったなんてねえ。もとから女の子っぽかったけど」
「ドムンとスリクは近づかないでね。ヴァイスラさんから特に頼まれてるし」
訓練時間以外は男女接近禁止令が出されたのでレナートは女の子グループに入った。
「でも、レンからは男の子的な視線を感じる時もあるんだけど」
「そこらへんはまー勘弁してよ。二人ともすっかり美人になったし。体はこうでも意識は男として過ごして来たんだから。さっ、お風呂はいろー」
地下探索で温泉も発見され居住環境はどんどん改善しつつある。
異性との交際禁止令に最初はがっかりしていたレナートだが、ライバルを遠ざけ同年代女子を独占出来る事に気が付いて鼻を伸ばしていた。




