第34話 ライモンド
監視所にはヴォーリャと採集班のブヘルスがいた。
ブヘルスは野草学者の為、監視所から目の届く範囲で活動が許されている。
監視所といっても物見櫓を創ったり人工物を設置しているわけではない。
見晴らしが良く、周辺の山々を見渡す事ができ、近くに獣道が多く、退路を確保できる場所に人を配置していた。
「どうしたんだ。三人揃って」
「ライモンドをカイラス山に連れ戻してなんとか助けてもらおうと思って」
ドムンがヴォーリャとブヘルスに同意して貰えないかと頼んだところ簡単に許可が貰えた。
「いいんだ?」
「どうせ逃がす訳にはいかないんだからアタイはさっさと殺しちまえばいいと思ったんだが、生かすなら生かすんでもいい」
「適当っすね・・・」
「違うね。どっちも選ばない方が適当なんだよ」
このまま放置して死ぬのを待つ、というのはヴォーリャの好みでは無かった。
死んでいくのを眺める趣味もない。
監視の任務があるヴォーリャを除いた全員でライモンドの所まで行ったところ、当初大声で何やら騒いでいたのでヴォーリャの当番ではない日に猿轡をかけられていた。
ドムンが代表して話す。
「まだ息があるみたいだな」
ライモンドはやつれて視線を地面に落としていたが、皆が近づいてくると顔を上げて睨みつけた。
「少しは反省したか?お前の弟分達が命乞いをした。俺もレナートもお前の助命を皆に頼んでみるから大人しくしてろよ。わかったら頷け」
ライモンドは言われた通り頷いた。
それからレナートがナイフで縄を切り、ドムンが猿轡を外してやった。
「さ、お水を飲んで。よく頑張ったねえ。これからは弟さん達の為に働くんだよ」
ライモンドは渡された水を飲み、よろよろと起き上がった。
体が痺れてまともに動けなかった為、その場で少し柔軟をし、簡単な食事を取らせた。
岩山を降りる時に担ぐのは難しいので回復して貰ってから降りる事にする。
栄養を取って数分もすればそれなりに動けるようになり、彼らは岩だらけの山を降り始めた。
レナートも監視所でブヘルスから湿布を貰っていたのでだいぶ良くなっている。
大きな岩の陰にさしかかった時、ライモンドはいきなり前を歩いていたドムンを蹴り飛ばした。
転げ落ちるドムンに巻き込まれてブヘルスとスリクも落ちていく。
ドムンが起き上がって「なにしやがる!」と顔を上げた時、ライモンドはレナートの背後に周りいつの間にかスリとっていたナイフを首元に押し付けていた。
「『反省したか?』だと?ふざけやがって!オヤジの首を目の前で刎ねておいて、その子供に反省したか?だと!!」
ライモンドの手は怒りで震え、レナートの白い首筋に赤い雫が垂れ始める。
それを見たスリクがナイフを抜き、ライモンドの横に回り込みつつドムンに文句を言った。
「だから反対したんだよ!こんな奴助けるなんて!猿を助けた方がまだマシだった!」
「黙ってろ!」
こうなってしまってはライモンドを逃がす訳にはいかない。
二人で囲もうとするものの、大きな岩が邪魔で背後には回れない。
ブヘルスはなんとか事を収めようとライモンドを説得する。
「ライモンド君。馬鹿な真似は止すんだ。こんな事をして残されたサンチョやペドロはどうなると思う?」
「うるせえ!こいつを人質にして連れ出せば済む。あんたは戻って叔父貴とあいつらを呼んで来い!」
脅されたブヘルスは言われた通り降りようとするがスリクが止めた。
「ダメだ。こいつもあいつらもカイラス鉱山の入口を知ってる。絶対に山から逃がさない!」
「おい、スリク!」
レナートはどうするんだ、とドムンが咎めた。
「レン!お前ならそんな奴どうにかできるだろ?やっちまえ」
「ダメだよ。ボクらはこの人を助けに来たんでしょ。殺してどうするのさ」
「人質が勝手に喋るんじゃねえ!!」
ライモンドはナイフにさらに力を籠めレナートの首からさらに血が流れ始める。
”レナート、もう情けをかけてやれる状況じゃないわよ。全身の体液を一瞬で凍らせてやる”
(ダメだってば!)
何度も失敗を繰り返す訳にはいかない。
これ以上刺激するわけにはいかず、レナートは声を出せなかった。
「ブヘルス!」
ライモンドに脅されたブヘルスはびくっと震えるがスリクが彼を牽制する。
「呼びになんて行かせない」
「しかし、族長さんの娘の命がかかってるんですよ」
「どうしても呼びにいかないってなら俺はこいつを連れて領主の所までいってやる。この女を殺されるより酷い目に遭わしてやる!領主にオルスを捕えさせて目の前で娘を犯してから俺のオヤジと同じように首を刎ねてやる!!」
ライモンドの怒りは激しくやぶれかぶれになっていた。
「はっ、お前に道が分かるのか?俺達から逃げられてもお前に徒歩で山々と荒野を踏破出来るのか?お前なんかじゃ一日も逃げられない。周辺の山々にガンジーン達が散らばってる。ヴォーリャさんが笛を吹けばすぐに何があったか察してくれる」
地図と物資があってもライモンドに踏破できるか謎である。
追跡を交わして逃げ続けるなど現実的ではない。
それを思い知らされたライモンドは激昂した。
「だったら!今!殺してやる!!」
「待てっ!」
ライモンドはナイフを思い切り引き、レナートの首からさらに鮮血が流れた。




