第33話 罪の芽②
”何よ、にこにこしちゃって。何が嬉しいの?”
(んー?ドムンがね。前の事件に懲りて行動を起すのを躊躇う人じゃなくて良かったって思って)
一度の失敗で挫折するか、奮起するか、その選択で人となりが分かる。
以前は酷く落ち込んでいたにも関わらずドムンは再び勇気を持って失われそうな命を助けようと立ち上がった。駄々を捏ねてペレスヴェータに協力を頼んで良かったとレナートは喜んでいた。
”そんなにドムン君の事好きなら将来を誓って貰えば良かったのに”
(余計なお世話だよーだ)
”好きってのは否定しないんだ?”
(ボクが何考えてるかなんてどうせヴェータにはお見通しでしょ、いちいちはっきり言葉にさせないでよ)
”あら、私は心の奥底までのぞき込んだりするような真似はしないわよ。表層意識に浮かんでくる単純な感情はどうしても伝わってきてしまうけど”
(それでも十分だよ)
”表層意識なんて沸騰した熱湯に浮かんでくる泡のようなもの。愛情も一瞬で蒸気となって消えて、次の泡が浮かんでくる”
(ペレスヴェータの泡は五百個はありそうだね・・・)
”幸せな日々だったわ。目が見えなくても口が利けなくても心が読めなくても触れ合っていると思いが伝わるの。次に相手が何をしたいか、何をして欲しいのか、全て伝わってくる”
北の果て、真っ暗闇の中でもペレスヴェータと愛人達には関係なかった。
お互い何も見えない状況で初めて彼女達は対等になれたとも言える。
(ぐ、具体的に教えなくてもいいから!)
ペレスヴェータが昔を懐かしんで情景を思い浮かべるとさすがにレナートは恥ずかしがる。
(誰かこれはっていう人はいなかった?)
”死んでしまったわ。人質にされた私の為に無抵抗を貫いて”
オルスが北方圏で義勇兵として前線にいた頃、多節棍の扱いを伝授してくれた男でもある。
逞しい男だったが魔術も使えたし、多節棍のような武器の扱いも巧みだった。
ペレスヴェータの留学生時代の愛人であり、ヴォーリャ達を救出するときの陽動作戦で壊滅した部隊に加わっていた。英雄となった帝国騎士がいた一方で世間に名も知られずに死んでいった。
(ごめん)
正々堂々の一騎打ちを好むような蛮族であれば良かったが、ペレスヴェータ達は運が悪かった。愛人はなぶり殺しにされ、切り裂かれ、胸骨を羽のように開かれ、肉片を分配され、蛮族の宴会で振舞われた。
その凄惨なイメージがレナートに伝わる前にペレスヴェータは思い出を振り切って言葉を続ける。
”北の男なんて30歳まで生きる方が珍しい。だから若いうちにたくさん愛し合うし、子供を作るの。ヴァイスラやヴォーリャみたいに身持ちの固い女なんて珍しいんですからね。レナートも昔はたくさんの泡を浮かべていたのに今は一人だけね”
(ドムンにはボクが寂しい思いをしてた頃随分お世話になったから助けてあげたいの!それだけ!お兄ちゃんみたいなものだし、ペドロにもサンチョにも必要だと思うから)
ドムンはカイラス山に来てから養父母の元を出て、自分一人だけの穴蔵を貰った。
独立を引き留める家族はいなかった。
レナートはライモンドの事はあまり感心は無いがサンチョ達の事はさすがに哀れに思った。
”なら家族になってしまえばいいのに。ドムンに赤ちゃんを産んであげたら?”
(急に男に戻っちゃったらどうなるのさ)
”さあ、ダナランシュヴァラ神にでも聞いてみたら?”
性転換する神々の逸話は多々あれど、妊娠中に変わった話はない。
そもそも霊体の究極系であるような神々が人間と同じような交わりが必要なのかもわからなかった。
(神々もそういうことするの?)
”私は文字が読めないけど留学生時代に女学生達で『愛の旅路』という本が流行っていたわ。神々の恋愛小説だって言ってから朗読して貰ったんだけどモレスったら大地母神の姉妹神を同時に抱いていたのよ”
帝国貴族達の間では庶民と違ってそういった形で猥談を行いつつ性知識を得る。
(同時?)
”五大神の中でもっとも豊かな土地を育てた大地母神への褒美に種を蒔いたんですって”
(わ、ちょっ、だから想像しないでってば)
ライモンドが縛られている所までいく途中、そんな会話に意識を取られてレナートは足元の注意が疎かになってしまってぐらつく石を踏んで転びそうになってしまった。
「わっと。いたた・・・」
「おい、大丈夫か?いま、足首が変な方向を向いてたけど」
「うん・・・。ちょっと痛いかも」
あと少しの距離まで来ていたのでレナートはドムンにおぶってもらう事になった。
(も~、ペレスヴェータが変なもの見せるから)
”でもそろそろ興味あるでしょ?もう少し大人になったら手ほどきしてあげる”
(そんなだから母さんと喧嘩になるんだよ~)
思想面ではレナートの人生を尊重しているペレスヴェータだったが、情緒についてはかなり面白がって悪さをしていた。




