第32話 罪の芽
時は少し遡り、レナートはオルスに小さな子供や孤児らの様子を見てくるよう頼まれていた。小さな子供達は普段、鉱山を探索中に発見した坑道の別の出口にある広場で遊んでいる。そこでジュゼッペの子供二人に泣きつかれた。
「レナートさん、お願いだから兄貴を・・・ライモンドを助けて」
ジュゼッペの子供のサンチョはまだ3歳で突然親がいなくなったことにわけもわからず毎日泣いているが、ペドロの方は何が起きたかはだいたい分かっている。ライモンドは処刑される為に連れ出された事、だが何かしら不手際があって岩山に縛り付けられて放置されている噂が伝わっている。レナートはオルスから聞いて知っていたが、助命の懇願は拒否せざるをえなかった。
「ボクに言われても困るよ。大人達が決めた事なのに」
「窃盗くらいで死刑なんて酷すぎると思わない?」
「ボクらの地域じゃ嫁入りする時に家畜と交換するんだよ。人と家畜は等価なんだ。実際家畜を盗まれた人が相手を殺したこともあるし」
都市生まれのペドロとは価値観が違う。
「間違った事をしたのかもしれないけど、生まれ育った環境が悪かっただけで兄貴は悪人じゃない。やり直す時間を与えて欲しい。みんなに合わせるように努力するから。させるから」
「だから説得する相手はボクじゃないって」
「でも君なら族長に直接言って考え直して貰えるでしょ?」
「それが通っちゃったら、父さんは皆の意思を軽視して独裁してる事になっちゃうじゃないか」
当初は処刑に反対の声もあったが、最終的には皆同意した。ネリー自殺後の怒りでオルスが押し切ったようなものだが一応の同意は得た。今さらオルスが子供の意見で決定を翻すような事があれば、ここまで揉めた挙句同意を得て実行した四人の処刑は何だったのか。
「分かる?君が説得すべきはボクじゃなくて代表権を持ってる8人だよ」
「それはそうかもしれないけどそんなのんびりしてたら兄貴が死んじゃう!」
もう冬も近いし何日も岩山に縛り付けられてたらとっくに死んでるんじゃないかな?とレナートは思ったが、口には出さなかった。
「せめて自分でマリアさんとかに話してよ」
「マリアさんは貴族だし、前から僕らを疎んでた。話なんか聞いてくれないよ!」
「そうかなあ。試してみればいいのに」
「無理だって。俺みたいな嫌われものの難民の子供なんて」
マリアは以前仕えていたエイラシルヴァ天爵が資産家だったこともあり、普通の魔導騎士よりも優れた装備を持たされていた。実際には貧乏貴族の出身だったのだが、ペドロには天上人に見える。
「ボクだって子供だし田舎生まれだし。君と一つしか変わらないよ?」
「え?いくつですか?」
「ボク十歳」
「うそっ!」
氷神グラキエースの降臨、ペレスヴェータとの融合の影響で少々体が成長して完全には子供の体に戻れておらず、周囲にはもう少し年上に見られていた。
「おーい、あんまレンの奴を困らせるなよ」
「あ、スリク。ドムンも」
「よ」
「どうしたの?」
「マローダさんの手伝いに」
労働力にならない10歳以下の子供達は合計で二十人近い。
大半は親がいない。
帝都から脱出する際に親が死んだり、はぐれたりしてマリアについてきたのだった。
今は神殿の雑用係で身寄りがいなかったマローダ老人が面倒を見ていた。
彼一人では大変なので数人の手伝いが来ることもあるが、今は人員の余裕がない。
「ドムンは父さんの側にいなくていいの?」
「ん?ああ、もういいってさ。あと・・・ちょっとお前に話があって」
「なに?」
ちょっとここじゃ、とドムンは少し離れた場所へ移動した。
◇◆◇
「で、なに?」
子供達からは見えない大きな木の幹の裏でドムンはレナートに相談事を打ち明けた。
「実はライモンドの奴を助けてやれないかと思ってさ。出来ればお前にも協力して欲しい」
「いいけど。スリクも助けてやりたいの?」
「俺は違う。止めとけって言ったのにドムンがお前も巻き込むっていうから説得されそうになったら止めに来た」
「ん~?」
レナートはどういうこと?と可愛らしく小首を傾げる。
「今回の件は俺にも責任があると思ってる」
「どういうこと?なんでドムンが?」
「ネリーさんが自殺してしまったのは俺が昔逃がした猿に襲われたのが後を引いてたからだと思ってる。あれからずっと精神的に不安定だった。事情を知らないアスナールとかいうおっさんが勘違いして無理に迫って悪化したせいかもしれない。スパーニアの難民だっていうしな」
「すぱーにあ?」
”昔、東方圏最大の国だったのよ”
(へー、その国の難民だと女性に強く迫ったりするものなの?)
”そうね。太陽神モレスを守護神としてた国だから”
(モレスを守護神としてる国だとなんでそうなるの?)
”原初の神の中でも主神といわれてる創造神でもあるから。あの神は大地母神達にたくさんの種を撒いたのよ。ノリッティンジェンシェーレ、シレッジェンカーマ、エロスとかたくさんの女神と関係を持った軟派野郎ね。信仰の象徴として祀られている聖像はそのままずばり男根。万物の根源スペルマータとして知られているわ”
「へー、スペルマータね」
「何だって?」
ドムンとスリクが聞き返す。
「あ、声に出しちゃってた?ペレスヴェータにスパーニアについて教わってたの」
「あ、そうなのか」
”で、ついでに言っておくと物質的な根源がスペルマータ、霊的な根源がマナス。どれだけ小さく刻んでも刻みきれない最小単位、ソレがソレであるとたらしめるものなんだって古い友人が言っていたわ”
「ふむふむ。で、ドムンは何の話だったっけ」
マイペースな奴だなと呆れつつドムンはもう一度一から丁寧に話をした。
「とにかく、オルスさんはネリーさんが自殺した事への後悔と怒りでアスナール処刑の決定を下した。食糧泥棒は重い罪だけどエンツォ、ジュゼッペ、その奥さん達にライモンドはその巻き添えで必要以上に重い罰を受けたんだと思う」
この際まとめて不穏分子を一掃しようとオルスと代表者達は考えたのではないかとドムンは考えた。その根源たる責任は自分にある。
「ヴォーリャさんの話じゃライモンドはまだ生きてる。助けられる筈だ」
「そうなんだ。・・・で、ボクに何して欲しいの?ペドロにも頼まれたけど、マリアさんや代表者の人達を説得するのが筋だと思う」
「できればそうしたいけど、いったん助けて連れ戻してからでもいいだろう。ライモンドは凍死しないよう暖かい服を着せられて縛られてるって話だ。つまりみんなもまだ迷ってる」
「それはそうなんだろうね」
自分達の手では処刑出来ないから自然に委ねられた。
「俺なら剣を振り下ろしてたけどね」
「スリク」
「お前と同じ年なんだぞ?」
ドムンもスリクも咎めるような視線を向けた。
「体を売らされてた女性があいつも来たって言ってた。もうガキじゃない」
「おい、スリク」
ドムンがレナートの視線を気にする。
十歳の子にする話ではない。
「いや、いいって。ボクも見た目通りの年齢じゃないけどペレスヴェータから聞いていろいろ知ってるし」
「耳年魔め」
「なにおぅ!?」
怒ったレナートがドムンの脛を蹴った。
「失礼な事をいうと協力してあげないから」
「分かったよ。で、お前に協力して欲しい内容なんだが・・・」
ドムンは一瞬ためらって呼吸を置いた。
「もったいつけないでさっさと言って」
「ああ、悪い。お前というかペレスヴェータさんにライモンドの記憶に干渉して大人しくさせるか事件を忘れさせて欲しいんだ。暴れられたり反抗的になられると助命の歎願をしても無駄になっちまう」
「なるほどね」
(できる?ペレスヴェータ?)
”出来るけど、ダメ”
(なんで?)
”不確かだから。ヴァイスラの時も強くかかりすぎたり、解けるべき時に解けなかったりうまくいかなかった”
(強くかかる分なら別にいいんじゃない?)
”よくないわ。別人に作り変えてしまうようなもの。それは死刑と同じでしょう”
(いつか落ち着いたら元に戻してやればいいんじゃない?)
”適当な事言わないで。あなたが死んだら誰が戻すの?”
(むー、意地悪言わないでよ~)
レナートは駄々を捏ねてペレスヴェータの協力をお願いした。
同じ体の中でぎゃーぎゃー騒がられるとうるさくて仕方ない。
”しょうがない子ね・・・。じゃあちょっと体を借りるわよ”
(わーい、やったね)
ペレスヴェータはレナートの体を借りてドムンに話しかけた。
「私がやったとしてもその結果の責任はレナートに降りかかるのよ。わかってる?」
「え?あ、はい」
突然声音が変わったのでペレスヴェータに切り替わったのだと察しはついたが直接会話するのは初めてだった。
「人の生き死にを背負わせる以上、貴方も責任を取りなさい」
「え?出来るだけのことはするけど責任ってどうやって?」
「自分で考えられないなら私の言う通りにしなさい」
「何をすれば?」
「私の言葉に続いて」
こいつ、自分の頭で考えようとしないな、とペレスヴェータは呆れたがそれならそれでいいとさっさと言葉を紡ぐ。
”大地が砕け、海が凍り、天地が混ざりあい、時が果てようと”
ドムンは言われた通り言葉を繰り返し始める。
「大地が砕け、海が凍り、天地が混ざりあい、時が果てようと」
”命が燃え尽き、肉体が灰になろうと”
「命が燃え尽き、肉体が灰になろうと」
”聖霊となって愛する者を守ると誓う”
「聖霊となって愛する者を守ると誓う」
”その誓約をレナートに捧げる”
「その誓約を・・・え?」
(こらぁ!何誓わせてんの!)
勝手に自分に対する誓約をさせようとしたペレスヴェータからレナートは肉体の制御を奪った。
「別にいいからね、ドムン。スリクは反対してるんだから連れ戻してもみんなを説得出来なかったらスリクに刑を執行して貰えばいい」
「おいおい」
便利に使うなとスリクが抗議する。
「出来るんでしょ?さっきそう言ったよね。それともみんなに告げ口しちゃう?」
「そんなことはしないけど」
告げ口まではする気はないが、大人達に黙って行動するのは不味いとスリクは考えていた。
「ライモンドは監視所のヴォーリャさんから見える所にいる。当然、監視所の人には話した上で連れ戻す。だから二人ともついてきてくれ」
「わかった」
「しょうがないなあ。俺は反対だってヴォーリャさんにも言うからな」
少なくとも監視所の人間の同意を得て実行するというドムンの言葉に折れてスリクもついていった。最悪の場合、ライモンドに出し抜かれて逃亡される可能性があり、そうなった場合貴族の所に逃げ込まれて蛮族の注意を引いても面倒な事になる。
どうしても実行するというのなら逃がさないよう人手が多い方がいい。
三人はサンチョやペドロをマローダ爺さんに任せて監視所へ向かった。




