第30話 自問自答
”最近は調子良さそうね”
(なあに急に)
ペレスヴェータからレナートに話しかける事はそう多くない。
レナートの人生を邪魔してはいけないという配慮と自分に依存するようになるのを防ぐ為だ。ヴァイスラに無視されていた子供時代に自分で食事を用意する時はあまりにも投げ槍な食事内容だったので時々介入していたくらい。
ファノが生まれてしばらくヴァイスラがかかりきりになり、今まで以上に自暴自棄になっていた。ファノが少し大きくなって村の子供達に混ざるようになるとレナートが面倒を見てやれる機会が増えてようやく健康に気を使うようになった。
カイラス山に来て馴染みの村人以外の男の子からも族長の娘として何かと気にかけられる。
”気になる子はいる?”
(まっさか。もうこの体には慣れたといってもボクは男だからね!)
”でも、服装気にしたり髪に櫛入れるようになったくせに”
(ファノにしてやるついでだって、お母さんもしてくれるし。・・・まあどうせ女の子として見られるなら綺麗に思われたいけどね。でも洗濯がな~)
約三百人分の洗濯物が毎日出るので水と干す場所がいる。
外で日に干すのを嫌がるオルスと女性陣、特に医師エイラは衛生面、健康に与える影響からマメな洗濯と日光浴を推奨して日々口論していた。
昔は家事手伝いを嫌がっていた都市部の子供も、学者先生のおぼっちゃんも今では率先して洗濯、家事を手伝っている。
炊事・洗濯は偵察・遠征班以外の人間が鉱山の外に出られる特権だった。
子供がいない年寄りの学者などはやりたがる人間に全部任せていた。
レナートの家の場合、オルスは日々忙しいし、ヴァイスラは薬草師としてカイラス山周辺に自宅から持ってきた種子を撒いて育てるべく勤しんでいる。
レナートが家事を一手に引き受けていたが、大変だろうとドムンやスリクが手伝いに来てくれた。各家庭に割り当てられた資材で洞窟暮らしを忘れさせるような補修に皆創意工夫を凝らしている。
(最初は雑だったけどマメになったよわねー)
炊事にせよ、料理にせよ、自分の為だと投げやりだったが、他人の為、特にファノの為だと真面目にやるようになり、ぎこちなかったヴァイスラとの会話の潤滑剤にもなった。
”人は結局一人じゃ生きられないってことね”
(なあに、また)
”いいのいいの。それよりスリクにちゃんと謝って仲直りしなさいな”
(えー、なんでさ)
”負けて悔しがるのはいいけど、あの態度は無いと思うわ”
(お父さんは負けず嫌いなのはいい事だっていってくれたもん)
”それが上達に繋がるのならね。貴方のは負けたからって相手に八つ当たりして投げやりになっただけ”
オルスやヴァイスラが叱らなければいけない事だったが、二人ともレナートに甘すぎた。
(むー)
レナートはふくれっ面をして返事をしなかった。
”仕方ない子ね。私の役割はもう終わったと思っていたのに”
近すぎて、親しすぎると喧嘩することもある。しかしオルスとヴァイスラとレナートが親子喧嘩することはない。こういう時、ペレスヴェータに役割が回ってくる。
(ヴェータはボクの親代わりだったけど、今は同居人でしょ。終わる事なんてないよ)
”・・・そうならいいのだけど、何事もいつかは終わる。私の目があったら恋愛も彼氏との秘め事もやりにくいだろうし?”
(彼氏なんか出来ないって。またいつ男に戻るかわからないし、その気もないし)
”別に男に戻ったっていいじゃない。男でも女でも愛してくれる相手を選べば。霊体を肉体の束縛から解き放てば気にならないわよ”
(ここはヴェータの故郷じゃないんだよ。同性愛とかないし)
”同性愛を禁じた帝国は滅んだんだからもう気にしなくていいのに”
男女合わせて五百人の愛人がいたペレスヴェータとレナートでは長年同居しててもそのあたりの価値観はまだ合わない。思春期に差し掛かり始めたばかりということもある。
(そんなことばっかいってるとまたお母さんと喧嘩するよ?)
レナートが眠っている間にペレスヴェータが体を操って、ヴァイスラと時々声を荒げて喧嘩している事がある。ヴァイスラとしては姉に娘の体でかつてのように自由奔放に振舞われてはたまらないので夜に外出など絶対許しはしなかった。
”案外ファノの方がそのへん寛容になれるかもね”
(目が見えないから?)
”相手の魂の形しか見えないから”
ペレスヴェータは少しだけ訂正を加えた。
(ファノの心にまでは干渉しないでよね)
”しないわよ、もう。レナートもヴァイスラに似てきたわね)
うんざりしている心境が伝わってきてレナートはくすくすと笑った。
”レナートはいま幸せ?”
(うん、皆には悪いけどね)
十年同居してきて、母とはようやく家族になれたばかり。ファノだけでなく避難民の人々からも頼られて毎日が充実していた。辺境の寒村に生まれて生存能力だけは十分にある。
人類を取り巻く状況は悪化しているが、レナートには気にならない事だった。




