第26話 ヴィットーリオの子分達
「オヤジは絶対何かされたんだ。間違いねえ」
ヴィットーリオ一の子分を自認するエンツォは残った仲間二人に向かって報復を呼びかけていた。
「『何か』とは何だ。説明してみろ」
まぜっかえしたのはジュゼッペ。
長年一家の会計を担当してきた。詐欺師であり、スリの達人であり、弁護士でもある。
「『何か』は何かだよ。わかんだろ。魔術かなんか使ったんだよ」
「それが証明できないなら仲間を集めるのは無理だ。諦めて真面目に働くんだな」
「真面目にってなんだよ。ほっかむりしてクソを回収して肥溜めに運ぶことか?あんなオヤジ見たくねえ!」
「オデは必要な仕事だっていわれたぞ。みんな仕事選んじゃ駄目なんだぞ」
大柄で朴訥な話し方をするのはアスナール。
知性に欠けるが、力自慢で一味への忠誠心が強い。エンツォもジュゼッペも頭はバカにしているが、恩義があって一味の中心に加えていた。
「アスナールの言う通りだ。今は時期を待つしかない。どうせ我々の力ではここの主導権は握れない。ここじゃ金で人間を支配出来ない。食も住居も連中に握られている。あとは娯楽と性欲で人を支配するしかないが、それには時間がかかる」
ジュゼッペは賭博場と売春宿を経営して一味の資金源としてきた。
「何かアテでもあるのか?」
「皆がこんな生活に耐えられるのもいまのうちだけだ。嫁さんがいる奴はいいが、そうじゃない男はすぐに女に飢えて不満を抱える。若い連中は特にな。あとは配給されるメシを賭けにして奪って支配するんだ」
「それじゃオヤジはどうするんだ」
「オヤジの事はもういいだろ。婆さん達と茶ァしばいて幸せそうじゃないか」
「ほっとくわけにはいかねえだろうが!絶対アタマどうにかされたんだ。助けてやらねえと。オヤジへの恩を忘れたのか!?俺らがフランデアンの連中に拷問されてた時、解放してくれたのが誰か!」
彼らは遠い昔、東方圏の大国スパーニアの兵士だった。
東方の覇権を巡る争いでスパーニア軍がフランデアン軍の捕虜一万人の目をくり抜いた報復として、フランデアン側もスパーニア軍の捕虜に対して拷問を加えた。
「俺は同じ村で生まれ育ったラモンの目を繰り抜けといわれた。周りの連中は拷問されて仕方なく命令通りにしたが俺は出来なかった。逆にラモンの奴が俺の目を繰り抜けといわれてやろうとした時、オヤジに助けられた。お前らも皆、そうだったはずだ。アスナールは首輪をつけられて裸で引きずられて犬にケツを掘られそうになってる所を助けられた。ジュゼッペ、てめえも収容所で助けられて故郷まで送ってもらったのに嫁さんが浮気しててぶち殺してお尋ね者になった所を助けられた。その恩を忘れたってのか!!!!!」
エンツォは心の中で血の涙を流していた。
悪人ではあるが仲間を思う心は強い。
「忘れちゃいない。だが、オヤジを元に戻したけりゃ少なくともエイラ先生の助けがいる」
「じゃあ、先生を脅して連中の本性を暴いてもらえばいいじゃねえか」
「バカか、お前は。エイラ先生は唯一の医者だ。もし間違いがあってみろ。俺達は全滅だ。お前も俺も守らなきゃならんガキがいる。俺はオヤジの為ならいつだって死んでもいい。だが、ガキ共を巻き添えにしたいか?俺は御免だ」
悪人にも家族がいて、彼らへの愛情がある。
群れのボスへの忠誠心とは別の感情だ。
「だがよ・・・あの自称族長さえいなくなればこの組織は崩壊するだろ。ここは田舎もんとお人よしに頭でっかちの集まりだ。先生がオヤジに何かされたっていってくれれば大勢は俺らにつく」
「待て、待てって・・・あのオルスって奴を殺すのは難しい。あいつについて昔噂を聞いた事がある。腕はそこそこ程度に過ぎないが、あちこちの組織に声をかけられてどこにも属さず乗り切った。世間知らずの貴族やそこらの間抜けとは違う。俺らをこてんぱんにしたあの女騎士もあいつを支持して従ってる。もっと情報を集めてからじゃないと動くに動けない」
「お前は慎重論ばっかだ。お前のガキはともかく、うちのライモンドは育ちざかりだ。毎日もっと食べたい、ひもじいって訴えてる」
エンツォには12歳の子供がいる。
ジュゼッペの子供はまだ3歳と9歳だ。
難民としてスパーニアから帝国にやってきてから新しい家族をつくった。
「我慢させろ。俺達は収容所でどれだけ虐げられたか、惨めな思いをしたか知ってる筈だ。骨と皮だけになってもまだなお生きられる。ライモンドもまだ大丈夫だ。不安ならエイラ先生に見せろ。健康上の問題があるといってもらえりゃ、配給量を増やして貰えるかもしれないだろ」
「・・・・・・いつまでもはもたねえぞ。ほんとにどうにか出来るってのか?」
「男らはみんな疲労困憊まで働いて女たちは不満を抱えてる。ウカミ村の連中の若い女にもな。付け入るスキは必ずある」
ジュゼッペは売春宿の経営者でもあり女衒でもある。
貴族の女性達は政略結婚を強いられ、白い結婚を貫かねばならない分ある程度不倫も許容される。しかしながら罪悪感は常に付きまとう。ジュゼッペは彼女らに愛人を提供し、罪悪感を利用し、高級娼婦として利用してきた。
「若い女なんて大していないだろ。族長の娘とか長老とやらの孫とかに手を出すのは危なくねーか?」
「ああ、あそこらへんを誑かせればいいが、まず無理だろう。それよりちょっと上だが一人独身でろくに仕事もしない女がいるじゃないか。あいつをうまく利用して新しい売春婦に仕立て上げるんだ」
「本当にそんなんでうまくいくのか?」
「大丈夫だ。アスナールのマラならうまくいく」
「オデか?」
「そうだ。うまくやれ。彼女はいつも一人で寂しそうだろ?お前が彼女に愛情ってもんを教えてやるんだ。お前も俺達みたいにガキが欲しいだろ?」
「うん、欲しい。オデも家族持ちたい」
「じゃあ、やれ。なあに心配ない。彼女もお前に抱かれるのを待ってるんだ」
「おお、やるぞ。オデも家族作るんだ。サンチョやペドロやライモンドみたいにやんちゃで元気一杯な子をたくさん産んでもらうど」




