第25話 ある歴史の終焉
オルスは一部の避難民がヴィットーリオ傘下になるのを防ぐ為に、仕事場を引き離して容赦なく肉体労働を命じた。
これまでは何かと理由をつけてサボり、配給の食事を減らすよう命じてもうやむやにされてきたが、オルスはエイラの診断による仮病という断定と代表者会議の決議により早速仕事を放棄していたヴィットーリオを拘束して鉱山内の隔離部屋に放り込んだ。
ヴィットーリオが七日間独房に閉じ込められている内に、若衆や元浮浪者に仕事と十分な食事、そして訓練を施した。
最初のうちはヴィットーリオの指示に従わなくてもいいのかと動揺していた男達だったが、独房で罰を受けているヴィットーリオを目の当たりにすると急速にその支配から解き放たれていった。
ヴィットーリオと強固な絆で結ばれていたのは十数年の付き合いがある部下三名ほどで、後は逃避行の道中で脅されていいように使われ、媚を売っていたのが十名ほどいただけだった。それとは別に十代前半の孤児らが道中で非行を教えられて手下にされていた。
彼らはオルスどころか14歳のドムンにもこてんぱんにのされて一度身の程を知り、それから遊牧民達に弓馬の技を教え込まれ、希望する者にはマリアから正規の剣術を習うと次第に自信と自我を取り戻していった。
オルスはエイラの助言を得て指導を行い、ヴィットーリオからの精神的支配の脱却をさせた。
「お前らが過去にどんなことをやっていようと俺の知った事じゃない。戦火で逃げ惑って来た状況じゃ略奪も強姦もよくあること。ここじゃ過去の事で誰もお前らを裁いたりしない。人生をやり直したい奴はここで俺に従って真人間として暮らせ。働いて、飯を食らい、誰かの助けになれ。悪人しか家族がいなかった奴も、まともな家族を持って幸せに暮らせる日も来るだろう。そしていつか子供達が洞窟で恐怖に怯えながら暮らさなくてもいい時代を俺達と共に目指すんだ」
もともとヴィットーリオの部下ではなかった者達は訓練に熱心に参加するようになっていった。独房から出て来たヴィットーリオは人が変わったように穏やかになり、レウケーら長老達と和やかに茶を飲んでいる姿が見られるようになると元部下達も失望して各々の道を行くようになっていった。
◇◆◇
ドムンがオルスと共にヴィットーリオの若衆と訓練するようになると必然レナートの訓練相手はスリクになった。レナートはみんなと一緒に訓練したがったのだがオルスとヴァイスラに禁じられていた。訓練中は汗を拭いたり薄着になる事もおおく、両親はそれをよそ者に見られるのを嫌った。
皆はテント広場にしていた所で訓練を行い、レナート達は監視所に勤務しているヴォーリャの側で訓練を行った。監視所には数少ない望遠鏡が置かれてヴォーリャがそれを退屈そうに眺めていると、二人が争い合う声が聞こえて来た。
どうも稽古ではなく本気で争っているらしい。
「このっ!」
涙目で木刀を振るうレナートだったが、スリクはひょいひょいと躱す。
苛立ったレナートが木刀を投げつけるも、それを払われ、レナートが殴りかかり、揉み合い始めてようやくヴォーリャが止めた。
「組み打ちってわけじゃなさそうだな。何やってんだ、レン?」
「だって、だってスリクが真面目にやってくれないから!」
引き離されたレナートはよそを向いて涙を拭っていた。
「そうなのか?」
「真面目にやってるって」
「じゃあ、今度はアタイが見ててやるからもう一度やってみろ」
そして二人の稽古は再開されたが、確かにスリクは余裕の顔でレナートの攻撃を避けていた。
「そっちからも打ち込んで来いよ!」
「女の子相手に本気で打ち込めるわけないだろ」
「マリアさんにはやってるくせに!」
「そりゃ、向こうは魔導騎士の鎧もあるし、年も腕もずっと上だし本気でやっても平気だろ」
なるほどなー、と見ていてヴォーリャは合点がいった。
稽古に熱心ではなかったスリクがいつの間にかレナートの攻撃を見切れるようになっている。
母と祖母が殺されたスリクは本気で稽古に打ち込むようになり、あっさりとレナートを抜いてしまった。レナートより四つ年上のドムンは力も技も上なのは仕方なかったが、これまで二つ上のスリクの腕はたかが知れていた。
レナートもドムン相手に負けても悔しがることは無かったが、自分より下だと思っていたスリクが上達したのを素直に認められない。
そしてスリクも調子にのってからかうような戦い方をしている。
「もう、いいもん!」
いじけたレナートは木刀を投げ捨てて鉱山へと戻っていった。
「あ、こら!一人で行動するな!スリク、追いかけろ!」
ヴォーリャは監視所から離れるわけにはいかないのでスリクに命じたが、レナートが来るな!と怒るのでスリクはとぼとぼと少し距離を置いてついていった。
「大きくなったようでまだまだ子供だなあ」
◇◆◇
「ねえねえ、お父さんがボクの相手してよ~」
一家団欒の夕餉の際にレナートはおねだりしてみたが、オルスは渋い顔をした。
「そうしてやりたいのはやまやまなんだが、俺も忙しくてな」
「じゃあ、ドムン貸してよ」
「あいつも俺の護衛代わりに要るんだ」
実力的にはオルスに護衛は必要ないが、気を緩めたい時もあるし、万が一という場合には備えなければならない。大人を遊ばせておく余裕はないので大人と子供の狭間くらいのドムンが護衛としてはちょうどよかった。
ドムンとしても大人の側で学ぶことが多い。
「むー」「むー」
傍でファノも真似をして抗議していた。
「ごめんな。でもお前は氷神や精霊の力も借りれるんだろ?剣術や弓術なんか別に必要ないだろ?」
「そうだけどさー」
「格闘なら俺より母ちゃんの方が上手だぞ?習ったらどうだ?」
「私はちょっと・・・」
ヴァイスラはレナートに厳しく稽古をつけられる自信が無かった。
「手持無沙汰ならちょっと頼みたいことがあるんだがいいか?」
「なに?」
「義姉さんに魔石の作り方を知らないか聞いてみてくれ」
魔石は魔導騎士の力を増幅させる事も出来るし、魔術師の保険にもなる。
レナートがペレスヴェータから精製法を聞き、それからしばらく周辺の地質調査に出かけることになった。
◇◆◇
レナートは哲学者エレンガッセン、知己のケイナン、そしてテネスとヴォーリャ夫妻に護衛されて近隣の粘土を採取し始めた。
ケイナンを連れているのはマナの濃度を調査する為で、エレンガッセンを連れているのは地学者、自然科学者、魔術師でもあるからだった。
ケイナンがだいたいの方角を調べ、エレンガッセンが地質を調べ、崖や川の近くでいくつかサンプルを入手した。
レナートがペレスヴェータと一緒にその粘土を捏ねて魔石の原型を作っている間にエレンガッセンはケイナンが持っている器具について教えて貰い、たいそう感心した。
「大したものです。在野にも優れた学者はいるものですね」
帝都の高名な学者に褒められたケイナンは満更でもなかったが、いちおう謙遜してみせる。
「いやあ、とんでもない。さっさと長老に聞けばわかったことを何十年も無駄にしてしまった間抜けですよ」
「と、いいますと?」
「この国はアウラかエミス系の人間が多いのにどうも同胞はノリッティンジェンシェーレかシレッジェンカーマの系統が多いと長年疑問だったんですが、なんのことはない我らは大神の下僕の末裔だったのです」
「ああ、あの話ですか。実に楽しみです」
こんな状況だというのにエレンガッセンは子供に返ったかのようにうきうきとしていた。
「楽しみ?」
「だってそうでしょう。長老の話が確かなら地下には数千年前の遺跡がある筈ですよ。古代帝国時代どころか神代の!」
「ああ、確かに。ですが、我々のような素人に掘り切れますかね」
ケイナンも知識としては鉱夫の寿命が著しく短い事は知っている。
古代は奴隷を使っていたが長くて三年の命だ。
事故や栄養失調がなくとも皆、肺をやられる。
「大丈夫大丈夫、この地の濃厚なマナなら魔術も使いたい放題ですし、レナート君が魔石の生産を出来るようになればさらに作業は加速するでしょう」
「まさかあの子がそんな能力を隠していたとはねえ・・・」
小さい頃に丁稚奉公させていたケイナンは色眼鏡で見てしまうが、エレンガッセンは素直にその能力を認めていた。どうもケイナンがマナの濃度を科学的に調査する前からおおよその位置を特定しているようにも見受けられた。ケイナンのプライドを傷つけないように黙っているつもりらしい。
エレンガッセンはレナートの氷神の化身としての力を見ていなかったが、冷やした水筒を渡された時に「ん?これはさっきまで温かったよね?魔術なんか使う気配なかったよね?どうやりました?」と質問攻めにして精霊の力を借りて〜とレナートが適当に誤魔化そうとしたのだが、曖昧な答えは許されず結局ペレスヴェータの精神が同居している事を喋らされてしまった。
◇◆◇
”あー、やっばいわ。まさかあいつにバレるなんて”
(知り合いだったの?)
大人の男性に肩をがっしりと掴まれて真剣な眼差しで次々質問されたレナートはペレスヴェータが止める間もなく答えてしまった。ペレスヴェータは怒りはしなかったが、彼女の憂鬱な気持ちがレナートの心を侵蝕してきた。
”マリアと面識はなかったけど同じ学院だったのよ”
マリアの恩師の一人はペレスヴェータの学生時代の教師でもあった。
(何かあった?)
”実は見えてるんじゃないのかってしつこかったの。ほら私って美人だし、生まれつき目が見えないし皆なにかと世話焼いてくれたじゃない?だからって甘えて怠けるなってお小言がうるさくてうるさくて”
公正な人で、疑問に思った事はイヤそうにされても構わずグイグイ来る。
ペレスヴェータが学生時代だった頃の恩師ともなるとかなりの年齢の筈だがまだ老境には達していないように見える。
”・・・いわなくても聞こえてるわよ。エレンガッセンに使えるかどうかは知らないけど優れた魔術師は寿命を延ばすような魔術の知識もあるのよ”
(へー、どうやるんだろ)
”私が知ってる範囲じゃ眠ってる間に肉体の老化を遅らせる事ね。あとは貴族の神官で神の血が強く出ると単純に老化が遅くなるとか。たまに200歳近い人もいるわ”
(へえ、ボクも長生きするのかなあ)
”そうなるか、逆に肉体に負担がかかって寿命が著しく縮むかどちらかね。ほら、アヴローラのお婆ちゃんなんか第一次市民戦争時代に既に歴史に名を残してたから少なくとも200年は生きたわね”
蛮族の大精霊を破ったアヴローラはスヴェン族、周辺氏族の大族長であり帝国の選帝候でもあった。
北方圏南部にてサウカンペリオン市民が反乱を起こした新帝国歴1358年にはまだその地位に無かったが、北部から派遣されて鎮圧に協力している。
◇◆◇
レナートが作業を終えた頃になってもまだケイナンとエレンガッセンは談笑していた。
ヴォーリャもテネスも学者の問答に口を挟みたくなかったので誰も止める者がいない。
「いやあ、帝都に敵が侵入してきた時にはこの世はもう終わりだと絶望したものですが、まだまだ皆逞しく生きているものですね」
「我々は帝国が既に滅亡しているとは気が付かずに普段の生活を送っていましたよ」
「ま、世の中そんなものでしょう。蛮族連中も大精霊が死んだところで勝手気ままに暮らすでしょうし。・・・しかし、滅亡。滅亡ね・・・確かに帝国は滅亡したんでしょうなあ」
ケイナンの何気ない一言にエレンガッセンは今さらのように事実を噛みしめた。
国家が滅んだ時、誰も滅亡宣言など出してくれない。
エレンガッセンは優れた学者であったが、彼は今、初めて五千年間続いた帝国が滅亡した事を自覚した。
新帝国歴1453年。
人知れず新ヴェーナ人類帝国は滅亡していた。
2022/2/1
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